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1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:05:28.90 ID:MOtOUAlZ0

2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:05:59.39 ID:MOtOUAlZ0
依田芳乃は、隠れ吉利支丹の村で過ごしていた。

行き当たりではない。狙いをすませてやってきた。

3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:06:54.53 ID:MOtOUAlZ0
 この村は、実際は見廻によってすでに発見されている。

 しかし、その日の当直の者が村の事を報告せず、秘匿していた。

 彼女達は見返りに、金品や男…時には女を要求している。

 村人達は命が惜しく、泣く泣くそれらを差し出す。

 芳乃は、ここに憎悪を見出した。

 自身の剣を伝えるためには、それが必要だった。


4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:07:21.31 ID:MOtOUAlZ0
 だが、村人達は頑なに剣を覚えようとしなかった。

 “しすたあ様”の教えに反するからだという。

 この村には、外国人の宣教師がいた。

 名前はクラリス。貧しい地方の出身で、姓はないという。

 彼女が、村人達に非暴力を訴えているらしい

5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:08:02.99 ID:MOtOUAlZ0
「隣人愛、ですかー?」

 自身を害する隣人を、なぜ愛さなければいけないのか。

 芳乃は彼女に問うた。

「そうです。

 痛みに痛みを返すだけでは、何も生まれません。

 どうしようもない悲しみが広がっていくだけです…」

 クラリスはそう答えた。

 どうしようもなく、愚か。

 芳乃は思った。しかし口には出さなかった。

 クラリスは、どことなく川島に似ていた。

 それがどこかは、この時はわからなかった。

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:08:39.98 ID:MOtOUAlZ0
村は大して裕福というわけではなかったが、皆手を取り合って、

助け合って生きていた。

余所者で、吉利支丹でもない芳乃にも親切にしてくれた。

それゆえ、芳乃は歯がゆかった。

彼女達に、自分の剣を授けられないのが。

魂を懸けられるような深い絆。

それが第三者の悪意で壊されるとき、そこに憎悪が生まれる。

その憎悪が、剣の鬼を育てる。

芳乃はその鬼を増やしたいと強く願う。

及川藩に、自身が復讐するために。

だが一方で、自分のようになってほしくないとも思う。

この二律背反が芳乃の心に、ずっと前から巣食っていた。


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:09:27.65 ID:MOtOUAlZ0
クラリスがある日、見廻に連れて行かれた。

その時初めて、村人達は抵抗の姿勢を見せたが、

クラリス自身が彼女達を制した。

貴女達の苦痛を、私も分かち合う、と。

涙を流す村人達を、芳乃は冷めた目で見ていた。

「茶番、でしてー…」

悪意のある隣人のために、貢物を差し出す村人とクラリス。

それを遠慮なく貪る見廻達。

芳乃の心のざわめきが、ますます大きくなった。

8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:10:08.76 ID:MOtOUAlZ0
後日クラリスは、ぼろぼろになって帰ってきた。

何をされたかを尋ねる者はいない。

村のほとんどの人間が、経験したことなのだ。

芳乃は、やつれたクラリスに尋ねた。

「憎い…ですかー?」

彼女は、少し黙った。

「復讐したい、ですかー?」

芳乃はまた尋ねた。

しかしクラリスは首を横に振った。

その瞳には、強い光があった。


9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:10:44.42 ID:MOtOUAlZ0

最悪の現実を直視してもなお、そこに留まろうとする覚悟。

芳乃は気づいた。

この“強さ”が、川島と似ているのだ。

10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:11:10.90 ID:MOtOUAlZ0
しかし彼女には、川島のような力がない。

だから村人達を守るのではなく、

ただ寄り添うことしかできない。

ならば、そこには刀が必要だ。

芳乃は、クラリスの頰を両手でつつんで、

おでこをくっつけた。

11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:12:39.56 ID:MOtOUAlZ0
「私は神も仏も、信じていないのでしてー」

芳乃は目を閉じた。

その分、肌の感覚が鋭敏になり、

額から、クラリスの鼓動が伝わってきた。

あたたかかった。

「きっと浮世には、地獄だけがあるのでしょうー…」

クラリスは何も言い返さない。

黙って、芳乃の言うことを聞いてくれていた。

12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:13:41.88 ID:MOtOUAlZ0
「その地獄の中で、皆がそなた達のように生きられるわけでは

 ないのですー…」

ふと、1人の弟子のことが頭をよぎった。

雫のように温かく、川島のように優しく、

芳乃のように憎悪に飲まれた女。

彼女はいま、どうしているだろう。

「私は、不器用だから…私なりに、貴女を守るのでしてー」

そう言った芳乃の頰を、クラリスの手が包んだ。

13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:14:34.66 ID:MOtOUAlZ0
「…貴女の心を、どうすれば癒す事ができますか?」

芳乃は、答えることができなかった。

答えようがなかった。

クラリスの馬鹿馬鹿しいくらいの優しさが、

胸の奥を揺らした。

14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:15:13.21 ID:MOtOUAlZ0
その夜、馬にまたがった見廻が村を訪れようとしていた。

上役に、村のことが露見したのだ。

そして、その上役は自分も一枚噛ませろと言ってきた。

だから、見廻達は彼女の所望通り、

毛色のちがった女を献上することにした。

クラリス。極東の片田舎で、隣人愛を説く女。

我らが、再び、たっぷり“愛”について教えてやろうではないか。

上役は、下卑な顔でそう言っていた。

15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:15:42.65 ID:MOtOUAlZ0
「ちっ。アタシらの分け前が減るじゃないか」

見廻りの1人が舌打ちした。

もう1人は肩をすくめた。

そんな彼女達の目の前に、剣士は現れた。

「こんばんは、でしてー」

見廻達はその剣士を知っている。

依田芳乃。

数週間ほど前から、あの村に滞在している女だ。

16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:16:30.92 ID:MOtOUAlZ0
「今日は、このまま帰っていただけないでしょうかー」

芳乃はそう言った。

見廻達はげらげら笑った。

「すまないな。

 アタシ達もそうしたいのはやまやまなんだが」

「藩主の飼っている犬が、どうしても若い異国女の

 肉を喰らいたいと、そう仰っているのでな」

芳乃はその言葉を聞いて、うっすらと笑った。

「それじゃあ、躾が必要なのでしてー」

17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:17:15.79 ID:MOtOUAlZ0
 そうだな、と言いかけた見廻の首が、地面に落ちた。

「貴様っ!!」

 残った方が抜刀した。

 芳乃は剣を力なく下げ、彼女に問うた。

「そなたは、犬? それとも、剣士…どちらですかー?」

「私は剣士、侍だ!!」

 激昂した女が馬上から、刀を振るった。

 しかし芳乃はすでに、馬を飛び越え、

 彼女の真上にいた。

18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:17:43.17 ID:MOtOUAlZ0
「剣士の足は、4本もないのでしてー」

 受けの太刀は間に合った。

 しかし、膂力と強度が足りず、その頭は柘榴のように咲いた。


 翌朝、ある藩の見廻組に所属する、

 3人の女の死体が川で発見された。

 死体は縄でくくりつけられ、

 「非人」という貼り紙がしてあった。

19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:20:51.01 ID:MOtOUAlZ0
【デレマス近代劇】速水奏「Acnes Doppel Mi 」

20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:22:06.59 ID:MOtOUAlZ0
太平が終わり、新たな混沌が生まれる少し前。


速水奏は、巴里の夏を歩いていた。

故郷とは毛色のちがった暑さ。

気温自体は涼しいが、とにかく日差しが強い。

唇に垂れた汗を、奏は舌で舐めた。

すると、町の男達が奏を見た。


21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:22:51.09 ID:MOtOUAlZ0
美しい女に、仏蘭西の男は関心を払わずにはいられない。

深い海のような髪。

しっとりと甘い色をした肌。

整った目鼻。形の良いあご。

そして唇。

薄すぎず、厚すぎすぎず。

丁度よく、ふっくらしている。

ほんのり桜味がかって、ふにふにと柔らかそうだ。

濡れるように、 つらつらと輝いている。

男達は奏に、その唇に釘付けだった。


22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:23:27.99 ID:MOtOUAlZ0
美しいって罪ね。

奏が自分でそう思っていると、カフェで

小難しげな本を読んでいる金髪娘と目があった。

「Bienvenue à Paris(巴里へようこそ)!」

彼女は陽気な声で、投げキッスをした。

23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:23:56.48 ID:MOtOUAlZ0
奏は軽く帽子を上げた。

24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:24:51.39 ID:MOtOUAlZ0

巴里の路面は、日本と異なり石畳である。

なので洋靴で歩くと、こつこつと音がする。

こんな道を下駄で行ったら、さぞ愉快だろう。

「ここ…かしら」

奏は、日本人学生が集まるアパルトメントの前に立った。

呼び鈴を2回鳴らす。

ほどなくして、大柄な仏蘭西女が出てきた。

「ハヤミさん?」

少しぎこちなかったが、日本語だった。

「ええ」

「ヨうコソ、巴里へ!!」

彼女は、大きな腕で奏を抱きしめた。

この国は、いちいち距離が近いのね。

苦笑しながらも奏は抱き返した。

25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:25:34.83 ID:MOtOUAlZ0
奏が寝泊まりするのは3人部屋で、

すでに2人が入っているという。

奏がドアをノックすると、小柄な日本人の少女が出てきた。

「…どちら様、ですか?」

「大家さんから聞いてないのかしら」

「あの人適当ですから…多分寮のみんな、

 あなたのこと知りませんよ」

あの大らかさは、

仕事のストレスの低さが原因だったのね。

奏は苦笑した。

26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:26:06.99 ID:MOtOUAlZ0
「私は速水奏、今日からここでお世話になるわ」

「橘ありすです。橘と呼んでください」

「それじゃあ、ありすちゃん。

 部屋に入れてくれるかしら」

ありすは頰をふくらませながらも、ドアを大きく開けた。

こういったからかいに、

慣れているのかもしれない。

部屋は、仏蘭西の平均的なアパルトメントより狭かった。

ベッドが3つに書棚が1つ。

それらが、ぎゅうぎゅうに押し込められている。

しかし、日本よりはずっと広い。

27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:26:41.62 ID:MOtOUAlZ0
「“ぼんじゅーる”、奏」

ベッドに寝そべっていた女が、唇を突き出して

挨拶をした。

「Bonjour、塩見さん」

 奏も軽く挨拶をして、ベッドに腰掛けた。

「周子でいいよ。

 ところで奏はさー、陸路で来たの?」

 周子が唐突に尋ねてきた。

28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:27:29.52 ID:MOtOUAlZ0
 はあ、と奏は首をかしげた。

 日本から仏蘭西へ行くのには、大概みな、

 亜墨利加を経由して海路でやってくる。 

 答えあぐねていると、ありすが助け舟を出してくれた。


29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:28:59.96 ID:MOtOUAlZ0
「塩見さんは、大陸横断鉄道のことが気になっているんですよ。

 …まあ、あの車両に乗れるのは、

 一握りの富豪か政府の高官ですけど」

 大陸横断鉄道。

 中国の上海から、西班牙(スペイン)の馬徳里をつなぐ、

 前代未聞の鉄道網。

 各国政府からは反対の声が上がったが、

 道楽的でかつ辣腕の資産家達が、彼らを丸め込んで建設させた。

 そこを走る列車もとにかく手がかかっていて、

 食料と水さえ供給されれば、一生そこで暮らせるほどだという。

 乗り込めるのは、富と権力を併せ持つのみ。

 いや彼らでさえも、予約で半年以上待たされるらしい。 

 半端な名家の学生など、駅で門前払いを食らうだろう。

 「一度でいいから、乗ってみたいなー」

 ベッドの上をごろごろしながら、周子が言った。

30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:29:43.28 ID:MOtOUAlZ0
彼女はあと数週間で、日本に戻ると言う。

31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:30:10.98 ID:MOtOUAlZ0
 ある夜。

 青年将校は、自身の部屋でそわそわしていた。

 年は20。士官学校を卒業したばかりである。

 学業と訓練に熱心に打ち込み、女を寄せ付けず、真面目一筋の男。

 そのせいで、同期では唯一の童貞。

 下半身が据わってないと敵と戦えんぞ、と周りからからかわれた。

32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:31:05.33 ID:MOtOUAlZ0
 しかし、女を口説いて寝室に連れこむような度胸がなく、

 このままでは女体を知らぬまま仏印に派遣される。

 自分の目の届かないところで、息子が女を知ったらまずい。

 箍が外れて問題など起こすやも。

 そう思った父親の海軍大将は、彼に娼婦をあてがってやることにした。

 息子の晴れの舞台であるから、ただの娼婦ではない。

33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:31:39.80 ID:MOtOUAlZ0
 “東洋の椿姫”、城ヶ崎美嘉。

 幼い頃日本の両親に売られ、

 船に揺られて巴里の娼館まで運ばれてきた。

 似たような境遇の者が多かったから、虐められることもなく、

 娼婦としての教育もしっかり施された。

 だが、彼女は他の娼婦とは決定的に違うところがあった。

 東洋のエキゾチックな容貌もそうだが、

 美嘉はとにかく賢かった。

34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:32:23.39 ID:MOtOUAlZ0
 語学は日本、仏蘭西の他に、

 独逸、英語、伊太利亜、羅甸すべてに堪能である。

 芸術面では、古典文学や戯曲に対する造詣が深く、

 巴里の知識人達を唸らせている。
 
 また、最近天文学の勉強も始めて、論文を読み漁り、

 著名な学者と文通することもあるらしい。

 チェスや骨牌も非常に上手く、相手を退屈させない。

35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:33:17.91 ID:MOtOUAlZ0
 また、日本人の血のせいなのか、ちょうどよい気遣いができる。

 言われる前に煙草に火をつけ、

 ちょうど飲みたいドリンクが、頼む前に部屋に届く。

 仕事でつらいときなどは、何も尋ねず、
 
 黙って胸を貸してくれる。

 人種がどうとかではなく、美嘉は人間として素晴らしかった。

 巴里の男達だけでなく、女達も彼女のもとを訪れる。

 その城ヶ崎美嘉が、今夜自分の相手をしてくれる。

 しかも、わざわざ青年の屋敷にやってくるのだ。

 どれほど金がかかったのか分からない。

 青年は生まれて初めて、父に感謝した。

36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:34:23.63 ID:MOtOUAlZ0
ドアがノックされる。

 青年は、椅子を蹴るように立ち上がって、開けた。

「こんばんはっ☆」

 城ヶ崎美嘉だ!!

 来るのはわかっていたのに、青年は驚き、歓喜した。

 彼女は20年ものの

 スコッチウィスキーとグラス2つを抱えていた。

 青年の好みである。

 しかし周りの目もあって、

 ここのところ全く飲んでいなかった。

37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:35:05.20 ID:MOtOUAlZ0
「入っていい?」

 青年はこくこくと頷いて、美嘉を部屋に入れた。

「あはっ、緊張してる〜?」

 美嘉はテーブルにグラスを1つだけ置いた。

自分は飲まないつもりだろうか。

「それじゃあ、お酒の力を借りて解しちゃおっか☆」

 美嘉がウィスキーを注ぐ。

 黄金色の液体が、グラスに満たされる。

「2人の夜に…」

 美嘉がグラスの縁に口づけをした。

 そして、青年に差し出す。

 女性にまったく免疫のない彼にとっては、

 すでに卒倒しかねないほど官能的な仕草だった。


38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:35:51.89 ID:MOtOUAlZ0
1週間後。昼。

 池袋晶葉は、大学の研究室で親友と語らっていた。

 相手は一ノ瀬志希。

 晶葉は阿蘭陀の工科大学から、彼女を訪ねてきた。

「このまえ発表した本、うまくいってるじゃないか」

「暇つぶしに書いただけなのにね〜♪」

「私達の暇つぶしで天文学史が変わるのか…」

39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:37:04.79 ID:MOtOUAlZ0
 2人は数ヶ月ほど前、講義のために伊太利亜の大学に行った。

 そしてその夜、学生らと共に天体観測をした。

 星などに一切興味がない2人であったが、横の関係を広げておくのは、

 学会で生き残っていくために必要であった。
 
 集まった学生達も、特に天文学の専門というわけではないようで、

 各々勝手な道具で星を見ていた。

40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:37:44.76 ID:MOtOUAlZ0
 晶葉と志希は、望遠鏡も天文図も持っていなかったので、

 草むらに寝そべって、ただ夜空を見上げていた。

 宇宙には無数の星々があって、

 中には地球と同じような惑星もあるという。

 そこにも、自分達のような人間がいるのだろうか。

 社会や学会のしきたりを鬱陶しく思って、

 たまに馬鹿をやるような…。


41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:38:14.63 ID:MOtOUAlZ0
 2人がそんなことを思っていると、ある学生が騒ぎ出した。

 天文図の星が見つからないという。

 彼の天文図を皆が見ると、それは紀元前に記された

 ものであった。ギリシャの実家から持ってきたのだという。
 
 それじゃあ、図の方が間違っている。

 学生達は大笑いした。

 しかし、晶葉と志希は興味を持った。

42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:39:05.88 ID:MOtOUAlZ0
 星には寿命があり、やがて消える。

 この仮説を証明するために、2人は膨大な量の天文図を、

 古文書から最新のものまでかき集めた。

 さらに晶葉は、天体望遠鏡と観測手法に暇つぶしで工夫をした。

 志希は天体の運行軌道の予測を、仕事の片手間に行った。

 その結果、いくつかの星が人類の観測史の中で

 消滅していることが確認できた。 

43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:40:33.54 ID:MOtOUAlZ0
 この結果は、『星の見る夢』と題された論文として出版された。
 
 超新星自体は既に発見されていたので、新しい発見とは言えなかった。

 注目されたのは過程だった。

 運行を予測するために志希が作った数式。

 精緻な天体観測を行うために晶葉が作り出した道具と、その運用法。

 天文学会に衝撃が走った。

 しかも2人は部外者だった。

 一ノ瀬志希の専門は薬化学。

 池袋晶葉は機械工学。

 年老いた天文学者などは、がっくりと項垂れたという。

44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:41:40.36 ID:MOtOUAlZ0
「まあ、お金で自分の研究が進むならいっか〜♪」

 志希はフラスコにコーヒーを注ぎながら、けらけら笑った。

 皮肉なことに、彼女の専門の研究はまったく反響がない。

 東洋の天才児として、鳴り物入りで大学に招かれはしたが、

作っているのは珍妙な薬品ばかり。

 「長時間日光に当てると発火する液体、
 
  無味無臭の睡眠薬…誰かに恨みでもあるのか?」

 手紙に記されていた薬品について、晶葉が苦笑しながら尋ねた。

 志希は他人を恨むような、人間的な倫理を持っていない。

 それを晶葉は嫌というほど知っている。

45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:42:09.50 ID:MOtOUAlZ0
「にゃーっはっは! 趣味だよ、趣味!」

「趣味で危険物を作らないでもらいたいな…」

晶葉がそう言うと、志希はまたけらけら笑った。

「薬品を危険にするのは、人間の扱い方だよ〜?」


46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:43:55.52 ID:MOtOUAlZ0
研究室の外で、数人の学生達が耳を立てていた。

東洋を、いや今や世界を牽引する2人の天才。

関心を払わずにはいられない。

「日本語…でございますか、ありすさん?」

そのうちの、浅黒い肌の女が言った。

「橘です…ちがいます」

「それじゃあ一体…」

研究室の中で聞こえるのは、奇妙な単語の羅列だった。

日本、仏蘭西どころか、

どこにも存在しない言語のようだった。

47: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:44:24.85 ID:MOtOUAlZ0
「羅甸語のアナグラムみたいですね…」

ありすが言った。

「じゃあ、ただその入れ替え方がわかれば…」

英国からの留学生がさっと紙とペンを取り出して、

言葉をいくつかメモした。

しかし、会話を聞いていると、一回も同じ単語が出てこなかった。

これでは並び替えができない。

48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:45:09.55 ID:MOtOUAlZ0
「どうやらお2人は、

 各単語のアナグラムを数十パターン作って、

 それを一定時間で切り替えているみたいですね…

 私の予想では、60パターンを一分きっかりに…」

 ありすがそう説明すると、周りは絶句した。

「なんでそんなこと…」

「さあ、天才の考えることはわかりませんね」

ありすが肩をすくめると、その姿を見て皆が苦笑した。

49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:46:08.52 ID:MOtOUAlZ0
一ノ瀬志希が昼食のためにテラスへ出ると、

人だかりができた。

仏蘭西の学生達だけでない。

余所の大学からも研究者が、連日詰めかけているし、

論文を読んだ一般人もサインを求めてやってくる。

その様子を、速水奏は呆れながら見ていた。

大学に入って5日ほどだが、すでに慣れた光景である。

一ノ瀬志希は、サインを絶対にしない。

作った薬品や数式が、自身の筆跡のようなものだから。

彼女はいつだか、講義の時にそう言っていた。

本当に尊敬しているなら、彼女の邪魔をしなければいいのに。

50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:47:34.04 ID:MOtOUAlZ0
奏が人だかりを横目にサンドイッチをかじっていると、

その集団がぐんぐん自分に近づいてきた。

「ねーねー奏ちゃん、お星様は好き?」

「名前を覚えていただいて、光栄ですね。

 貴女のことも、星のことも全く興味ありません」

奏は相手の方をまったく見ずに、そう言った。

人に注目されたくなかった。

「それじゃあ好きになるよう努力して♪」

志希は話をまったく聞かずに、そう言った。

そして懐から本を取り出し、表紙に口づけをした。

『星の見る夢』。タイトルにはそう書いてある。

志希はそれを、奏に差し出した。

51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:48:11.58 ID:MOtOUAlZ0
「感激しちゃうわね…」

奏はそれをざっと流し読みすると、後ろの草むらに放り投げた。

すると、捨てられた本に人が群がった。

「にゃーはっは! それが正解!

 その本に価値なんてないんだから!!」

 志希は大笑いして、奏の前から去った。

52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:50:21.23 ID:MOtOUAlZ0
 夕刻。
 
 大学から戻ると、寮の前に軍人が数人立っていた。

 奏が踵を返すと、その背後には警官がいた。

「カナデ・ハヤミ君だね?」

 警官が手帳を見ながら、奏に言った。

「君を国際スパイ容疑で逮捕する」

「スパイ…?

 一体なんのことだか…」

 しらを切ろうとした奏に、軍人がある名を言った。

 速水奏の“本名”だった。

「日本の外交官(いろぼけ)が、ベッドで女に漏らしたんだ。

 実は、日本にもスパイがいる。

 そのスパイが留学生を偽って、近日中に入国してくると」
 
 奏は大笑いした。

 いくらなんでも、間抜けすぎる。

53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:50:48.23 ID:MOtOUAlZ0
留置所で、奏は尋問を受けた。

 と言っても、あちら側がほとんど事情を知っていたので、

 奏は首を動かすだけでよかったのだが。

「極東の小国にスパイとはな…ひょっとして、ニンジャの末裔か」

 奏は頷いた。

 それがおかしかったのか、相手の軍人は笑った。

「お前が狙っていたのは、『亜細亜戦略大綱』に間違いないな」

 奏は首を縦に振った。

54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:52:03.38 ID:MOtOUAlZ0
 亜細亜戦略大綱。

 仏蘭西政府と海軍が草案した、対露戦のための軍事計画書。

 その中には、英米と協調して日本を占領すべし、という内容が

 記されたという噂がある。

 日本政府および軍部としては、

 喉から手が出るほど欲しい情報の塊であった。

「着任して早々、

 外交官(どあほう)のせいで捕まるとは思わなかったな」

 奏は苦笑して、また頷いた。

55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:52:48.14 ID:MOtOUAlZ0
「覚悟はできているな」 
 
 軍人の男が言った。

 スパイが露見した場合、情報を吐かされた後、

 適当な罪状で銃殺される。

 捕虜とはちがい、情けはかけられない。

「逃げようと思っても無駄だ。

 この留置所には何人も警備がいる。

 裏の森でも、巡回の者が脱走を警戒しているからな。」 

 それを聞いて、奏は弱々しく首を横に振った。

56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:53:39.53 ID:MOtOUAlZ0
 また1週間後。昼前。

 陽気な金髪娘が、図書館で本を読んでいた。

「フンフンフフーンフンフフー♪」

 タイトルは『星の見る夢』。

 彼女は、ページをペラペラめくって、

 ノートにペンを走らせていた。

 その速度は凄まじく、周りの者の目を引いた。

 そして小一時間すると、彼女はある発見をした。

「私、羅甸語読めないみた〜い♪」

 そしてページを開きっぱなしにして、陽の当たる席に放置して帰った。

 割に奥まった席だったので、司書もその本に気づかず、

 しばらくそのままになった。

57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:54:29.57 ID:MOtOUAlZ0
 その夜。

 橘ありすは、塩見周子に不安げな顔で言った。

「速水さんが、偽の渡航書(ビザ)で入国なんて…」

 スパイだと公表するされることはなく、

 表向きの罪状は、そのようになっていた。

 他の日本人留学生にいらぬ不安を与えるし、

 他のスパイを逃してしまうかもしれないからだ。

「まあ、人生いろいろあるからね。

 菓子屋の娘が、財産争いで海外に飛ばされることもあるし」

 周子はからりとした声で言った。

 同室の友人に対する感傷など、まったく感じさせなかった。

58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:55:04.04 ID:MOtOUAlZ0
「ひょっとしたら、軍人に口説かれたのに

 無理に抵抗したから捕まったのかも」

「そんな…」

 ありすは悲しげな表情になった。

 権力を傘にきて、関係を迫る軍人。

 断れば渡航許可を取り消すと迫る。

 異国からきた、後ろ盾のない女にとっては、

 ありえない話ではない。

「奏さんを助けないと…」

 ありすは周子の言葉を信じ込んで、拳を握った。

「こらこら、可能性の話だって。

 それに…留学生の私達でどうにかできる問題じゃない」

 周子は、どこか遠くを見るような目をして言った。

59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:56:42.02 ID:MOtOUAlZ0

 1週間後、また夜。

 留置所の裏の森は、いつもより明るかった。

「これだけ明るきゃあ、吸血鬼も灰になるかな」

 中年の警備員が言った。

 この森には吸血鬼が潜んでいるという噂があった。

 それは女の吸血鬼で、男を誘惑して血を奪うのだと言う。

「やめてくださいよ…不謹慎です」

 若手の純情そうな警備員が諌めた。

 森が明るいのは、巴里で最も大きな図書館が炎上しているからであった。

 貴重な資料文献を運び出すために、司書や知識人たちは

 逃げずに中にいるらしい。

 そのせいで、消火だけでなく

 人命の救助のために更に人手が必要になった。

 留置所の人間も駆り出された。

 燃え広がれば、巴里中が火の海になってしまうからだ。

 よって、現在の巡回は非常に手薄である。

60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:57:34.16 ID:MOtOUAlZ0
「そういえば、あの話聞いたか、例の童貞将校」

 「ああ…知ってますよ」
 
20まで童貞を貫いた青年将校が、親の金で高級娼婦を呼んだ。

城ヶ崎美嘉。巴里が恋する東洋の椿姫。

しかし青年は勧められた酒に酔って、

結局朝まで眠ってしまったという。

美嘉に指一本触れることなく。

「いくらなんでも、勿体無いよなぁ」

61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:58:21.45 ID:MOtOUAlZ0
 そう中年男が言った時、草むらがガサガサ音を立てた。

 2人がそこに注目すると、年若い金髪娘が出てきた。

「フンフンフフーンフンフフー♪」

「君、ここで何を…」

 そういう若年警備の口を、中年警備が塞いだ。

 この森は、実は恋人達が逢瀬を

 重ねる場所としても非常に有名だった。 

 そこで、“なにを”は無粋で、下品でもあった。

 しかし中年男は、あえて下卑な顔で尋ねた。

「“お楽しみ”だったかい?」

「ううん。これから〜♪」

 娘のほうは、あっけんらんと陽気に答えた。

 それに肩透かしを食らったのか、中年男は肩をすくめた。

62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:58:58.75 ID:MOtOUAlZ0
そして、行ってよろしいというように手を振った。

「ほな、さいなら〜♪」

 娘が警備の2人とは反対方向へ歩んで行った。

「巴里が燃え、恋人達の愛も燃え上がる…」

「不謹慎ですって!!」

 冗談に、若年警備がむきになって注意をする。

 しかし、そのあと2人で、いい女だったなと

 同時に後ろを振り返った。

 その首が地面に落ちるのも、ほぼ同時だった。

63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 10:59:37.22 ID:MOtOUAlZ0
 宮本フレデリカは、日本人と仏蘭西人のハーフだった。

 名家に生まれた母が、日本人の父と駆け下ちする形で結婚した。

 そして、フレデリカが生まれた。

 絹のようになめらかな金髪。

 白く、ミルクのような肌。

 そして翡翠のように輝く瞳。

 彼女に日本人的な特徴はまったくなかった。


64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:00:26.93 ID:MOtOUAlZ0
 しかし、フレデリカが名前を名乗ると、皆彼女を差別する。

 仏蘭西で大きくなった。仏蘭西語は完璧だ。

 性格だって社交的な方だと、自分で思う。 

 なのに、半分日本人の血が入っていると言うだけで、

 フレデリカは仲間外れにされる。

 彼女は仏蘭西社会のなかで孤立する

 内部の部外者(インサイドアウトサイダー)だった。


65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:00:53.70 ID:MOtOUAlZ0
 自分も娼婦だったら、みんなに愛されたのかな。

 時々フレデリカは思う。

 娼館という特殊な世界であれば、異種の血はむしろ武器になる。

 城ヶ崎美嘉の成功の一因は、東洋のエキゾチックな魅力だった。

 しかし、娼婦など両親が許さない。

66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:01:34.19 ID:MOtOUAlZ0
フレデリカには、物事をまっすぐに見ない癖がついた。

 なにごとにもとらわれず、馬鹿みたいに陽気に生きる。

 だから彼女は、図書館が、巴里の街が燃えようとも気にしない。

 人を殺すことにも、なんの躊躇もない。

 「フンフンフフーンフンフフー♪」

 フレデリカは、若い男の死体に近づいた。

 そして、首の断面に近づいて、血をちゅるちゅる吸った。

 その横を、速水奏がぎょっとした顔で通り過ぎた。


67: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:02:03.39 ID:MOtOUAlZ0
 速水奏が脱走した。

 それを知った軍部は、巴里中を血眼になって探した。

 無論脱走を防ぐべく、港にも軍が駐留し、

 乗員や荷物がくまなく調べられた。

 しかし、奏は見つからなかった。


68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:02:31.05 ID:MOtOUAlZ0
 池袋晶葉は、親友からの手紙を受け取った。

 しばらく日本へ帰るという。

 一ノ瀬志希にもホームシックがあるのか。

 晶葉は肩をすくめて、手紙を焼き払った。

69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:03:29.42 ID:MOtOUAlZ0
 城ヶ崎莉嘉は、巴里の娼館の前で呆然としていた。

 生き別れた姉を探しにやってきたが、ごく最近

 莫大な手切れ金を払って娼館を出たのだと言う。

「おねえちゃん…」

 姉を呼ぶ声は、焼け焦げた巴里の街へ吸い込まれていった。

70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:03:57.01 ID:MOtOUAlZ0
橘ありすは、部屋の中で1人うずくまっていた。

塩見周子は帰国してしまった。

そして、速水奏は留置所から帰っていない。

ひどい孤独に耐えかねて、隣の部屋のドアを叩いた。

安部菜々は、ありすをよく可愛がってくれる。

塩見周子とも親しい間柄だった。

71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:04:36.79 ID:MOtOUAlZ0
「ハーイっ!」

人参色の髪をして、給仕のような服をきた女が出てきた。

「あら、ありすさん。

 どうしたんですか?」

「えっと…その…」

寂しかったから来た、とは口が裂けても言えない。

ありすはまごついた。

その様子を見た菜々は、何も言わずありすを部屋に入れてくれた。

そして、カチリと鍵の閉まる音がした。

72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:05:04.66 ID:MOtOUAlZ0
宮本フレデリカの両親は、

娘の部屋で書き置きを発見した。

『ちょっと世界をまわって、お星様を見てきます』

意味はわからなかったが、

どうせすぐに帰ってくるだろうと、

その時は母親も父親も、深く考えなかった。

しかし、これが永遠の別れになった。


73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:05:47.99 ID:MOtOUAlZ0
速水奏は、大陸横断鉄道の車両に乗り込んでいた。

ここが捜査の死角だった。

豪華な客室列車は権力者達の圧力で調べることができない。

さらに、半年前から予約が必要なら、

突然逃げ出したスパイが使えるはずがない。

そう考えられていた。

74: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:06:52.63 ID:MOtOUAlZ0
奏は自身の個室のドアを開いた。

すると、中には4人の女がぎゅうぎゅうに押し込められていた。

「一等客室にようこそ!!」

金髪娘が、陽気な声でいった。



75: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:08:01.08 ID:MOtOUAlZ0
日本の軍部では、以前からスパイの重要性が訴えられていた。

しかし、「大和の武人には、卑劣で陰険な諜報活動はそぐわぬ」

という主張が、陸軍上部から出された。

これを聞いて、海軍の将校らは苦笑した。

戦国時代には忍がおり、合戦の大局を左右したとされている。

幕末期には倒幕側護国側問わず、

ひっきりなしに間諜が出入りし、情報が交錯した。

言うなれば、“卑劣で陰険な行為”こそが、国を作り、また守ってきたのだ。

大和の武人など、徴兵を円滑にすすめるための方便に過ぎない。

しかし、いまや軍部がその方便に呑まれてしまっている。

76: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:08:31.87 ID:MOtOUAlZ0
もはや会議の体をなさない、罵倒の応酬の中で、

ある者が言った。

「男子がだめなら、女にやらせてみては…」

 大日本帝国に初めて、国家による諜報組織が誕生したのは、

 間も無くのことであった。

77: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:09:01.03 ID:MOtOUAlZ0
おしまい

79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:15:24.62 ID:MOtOUAlZ0
あとがき
人権団体からの抗議を震えながら待つ。

78: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:14:42.21 ID:5g/0rsJCO
男女入れ替わり設定消えた?

80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 11:33:21.28 ID:MOtOUAlZ0
うん。少なくとも、二つ目の短編の中では、通常世界。

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