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関連SS:【その1】 【その2】 【最終章】

413: KASA 2016/11/20(日) 20:36:11.23 ID:wvytgVrvO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ──キーンコーン……カーンコーン……



まほ(……。)

まほ(エリカ)

まほ(どうしたというんだ)

まほ(今日も)

まほ(学校にきていないそうじゃないか)

まほ(だというのに──)



 ごそっ……

 ぴ、ぴ


 『隊長へ:お願いがあります。

放課後、部活棟の屋上へ来ていただけないでしょうか』


まほ(……。)

まほ(どういう事だ)

まほ(……。)

まほ(妊娠がわかって以来)

まほ(エリカの様子がおかしい)

まほ(西住流がどうのと……)

まほ(……)

まほ(……跡継ぎ、か……)

まほ(たしかに、エリカの懸念はもっともなのかもしれない)

まほ(だが……それは、私達にどうこうできる話ではない)

まほ(それは、西住流の頭領たるお母様にゆだねるべき問題だ)

まほ(それに、エリカ……)

まほ(お前に──)

まほ(いったい何の罪がある?)


414: KASA 2016/11/20(日) 20:36:37.34 ID:wvytgVrvO

 ──ごめんなさい──


まほ「……やめてくれ」

まほ(そんな顔)

まほ(しないでくれ)

まほ(分を超えた心配は、無意味だ)

まほ(西住の教えにも反している)

まほ(お前は、お前自身の心配を、第一にすべきなんだ)

まほ(……と、言い聞かせてはいるが……)

まほ(……。)

まほ(無理もないか)

まほ(妊娠、だからな……)

まほ(動揺してあたりまえだ)

まほ(他のメンバーも)

まほ(かく言う、私も)

まほ(……。)

まほ「みほ」

まほ(みほは……)

まほ(どうしているだろう)

まほ(連盟の話では──)

まほ(大洗はまだ)

まほ(履修生徒への告知を完了していないらしい)

まほ(妊娠検査も、まだなのだろうな)

まほ(みほ)

まほ(せめてお前は、無事であってくれ)

まほ(……。)

まほ「だめだ、心が、乱れている……な」

まほ「……。」

まほ「戦車道の事だけを考えていられたころが」

まほ「今となっては懐かしい」



 つか、つか、つか……

415: KASA 2016/11/20(日) 20:37:06.13 ID:wvytgVrvO
まほ「んっ……」

まほ「まぶしいな」

まほ「もう夕焼けか」

まほ「早くなったな」

まほ「……」

まほ(赤い夕焼けだ)

まほ(なんという真っ赤な夕日だ)

まほ(夕日とは、こんなにもギラギラと、光るものだったろうか)

まほ「廊下が、燃えているようだ……」

まほ(……。)

まほ(静かだな)

まほ(放課後の廊下というものは。)

まほ(エリカめ)


まほ「……寂しいじゃないか」


まほ(お前は──)

まほ(幼いころのみほの様に)

まほ(いつも私の後をついてまわる)

まほ(気の利いた冗談も言えない)

まほ(優しい励ましの言葉もかけてやれない)

まほ(お母様に似てしまった、不器用なこの私の側に)

まほ(当たり前のように、誰かが隣にいてくれる)

まほ(それがどれだけ)

まほ(私にとって心地がよかったか)

まほ(そして、こんな時こそ)

まほ(私はお前をあてにしているんだ)

まほ「……それなのに」

まほ「……。」

まほ「突然に私を」

まほ「一人にしないでくれ」

まほ「……。」

まほ「屋上に、いるのだな」

まほ「エリカ」

まほ「待っていろ」

まほ「すぐにいくぞ」



 たったったった……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

416: KASA 2016/11/20(日) 20:37:42.04 ID:wvytgVrvO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 キィ……


  ひゅうぅぅ……



まほ(寒いな)

まほ(風が冷たい)

まほ(もう一枚、羽織ってくるのだった)

まほ(いや、それよりも──)



まほ「エリカ」

まほ「どこだ」

まほ「こんなところにいたら」

まほ「凍えてしまうぞ」



 つか、つか、つか、



まほ(広いからな、屋上は)

まほ(屋上のどのあたりにいる、とは書いていなかったが……)


まほ「──む」


まほ(いた。)

まほ(距離はあるが、あの背中は間違いない)

まほ「おい、エリカ!」

まほ「……。」

まほ(聞こえてないか)

まほ(手すりにもたれかかって)

まほ(夕日をじっと眺めているのか)

まほ「おーい、エリカっ!」

まほ「……。」

まほ(いま、行くぞ)


 たったったったった……


まほ(……。)

まほ(エリカの背中)

まほ(屋上の端の手すりにもたれ掛かって)

まほ(ただじっと、手すりの向こうを……)

まほ(赤い空を……)

まほ(まるで──)



 ……ザワッ……

417: KASA 2016/11/20(日) 20:38:21.63 ID:wvytgVrvO

まほ(……!?)

まほ(なんだ)

まほ(どうして鳥肌が、急に)

まほ(……)

まほ(……っ)

まほ(……っっ)

まほ(……なんだっ)

まほ(なんだというんだ!)

まほ(……エリカ!)


まほ「──おい、エリカッ」

まほ「エリカッ!」

まほ「聞こえないのか!!」


まほ(頼む、こっちを振り向いてくれ!!)

まほ(私がいくまで──)

まほ(絶対に)

まほ(絶対に──)

まほ(そこを動くなよ!!!)



 だだだだだだだだ!



まほ(動くな)

まほ(頼むから)

まほ(動くな!)



 だだだだだだだだ!



まほ(よし、つかまえ──た!)



 がしっ



まほ「はぁ、はぁ、……」

まほ「エリカ、聞こえているんだろう」

まほ「返事をしろ!」




 ぐぃっ 

418: KASA 2016/11/20(日) 20:38:49.11 ID:wvytgVrvO
エリカ「……あ」

エリカ「……隊長……」

まほ(な──)

まほ「なんだ、エリカ、お前……」


エリカ「……」


まほ(……ひどい顔じゃないか……)

まほ(なんだその大きなクマは)

まほ(それに頬が)

まほ(こけて、いるのか……?)

まほ(髪もぼさぼさじゃないか)


まほ「……お前……」

まほ「寝間着じゃないか」

まほ「その恰好でここまできたのか?」


まほ(……早く)


まほ「まったく、人に見られたら、物笑いの種だぞ」

まほ「お前は黒森峰の次期隊長」

まほ「それが、そんな格好で」


まほ(早くエリカを)

まほ(手すりから引き離すんだ)


まほ「こんなに寒いのに」

まほ「風邪を引いたらどうする」

まほ「……それに」

まほ「あまり、お腹を冷やすな。」

まほ「……わかるだろう?」

エリカ「……っ」

まほ「ほら、私の制服を羽織れ」


 
 ふぁさ



まほ「むぅ……お前のせいで寒くてたまらないぞ」

まほ「私こそ凍えてしまう」

まほ「早く校舎の中に入ろう」


まほ(早く……早くっ)

419: KASA 2016/11/20(日) 20:39:43.27 ID:wvytgVrvO
 ぐっ



まほ(……っ)

まほ(エリカの手)

まほ(こんなに冷たいじゃないか)

まほ(いったいいつからここにいた?)



まほ「さぁ、行くぞ──」

エリカ「──嫌っ!」



 バッ



まほ「……!?」

エリカ「あ……す、すみませ……」

まほ「……。」

まほ「……エリカ」


まほ(落ち着け)


まほ「すまない」

あほ「強く手を握りすぎたか?」


まほ(落ち着くんだ)


まほ「痛かったろう」

まほ「すまなかった」

まほ「とにかく──」


まほ(早くここから──)

まほ(エリカを──)


エリカ「……隊長」


まほ(……っ)


まほ「……なんだ?」


エリカ「隊長……」

エリカ「この通りです」

まほ「……?」

420: KASA 2016/11/20(日) 20:40:15.35 ID:wvytgVrvO
エリカ「隊長」

エリカ「本当に」


 ざっ……


エリカ「本当に……」

エリカ「申し訳」

エリカ「ありません」


 ざっ……


まほ(!?)

まほ(……!?)

まほ(土下座……!?)


まほ「や──」

まほ「止めろエリカ!」

まほ「何をしているんだ!?」


エリカ「……。」


まほ(なんだ)

まほ(なんなのだこれは)

まほ(無防備にさらしだされた)

まほ(エリカのうなじに、ぼさぼさの髪)

まほ(怯えた様にちじこまった)

まほ(情けない背中。)

まほ(だらしなく突き出された)

まほ(下着の線のすけた、尻……っ)

まほ(……っ)

まほ「立て!」

まほ「立つんだエリカ!」

まほ(どうしてお前が)

まほ(そんな惨めな姿を)

まほ(しなきゃならない!)

エリカ「立てません」

まほ「なぜだ!」

エリカ「私もう」

エリカ「駄目なんです」

まほ「何が駄目なんだ!?」

まほ「いいから立て!」

まほ「そんな姿を、私に見せるな!」

421: KASA 2016/11/20(日) 20:40:50.02 ID:wvytgVrvO
エリカ「──だって、私」

エリカ「もう」

エリカ「隊長の顔を見られません」

エリカ「……。」

エリカ「……私……」

エリカ「どうしようもなく」

エリカ「この子が──」

エリカ「憎くて、憎くて──」

エリカ「憎くてたまらなくて──」

エリカ「『ア』──」

エリカ「『アンタさえいなければ』って──」


まほ「……!?」


エリカ「隊長」

エリカ「私」

エリカ「私、は」

エリカ「人間じゃ、ないんです」

エリカ「もう」

エリカ「涙もでません」

エリカ「だから隊長」

エリカ「どうかお願いします」

エリカ「……。」



エリカ「一緒に」

エリカ「中絶をしてください」

エリカ「そうして」

エリカ「私のことはもう」

エリカ「忘れてください」

エリカ「どうか」

エリカ「お願いですから……」


まほ(……。)


 ……ゾッ……


まほ(……。)

まほ(……。)

まほ(……あ、息が、できていない、な、私いま)

まほ(だが、困ったな)

まほ(息って)

まほ(どうやって吸うのだったかな)

まほ(……まぁ、いい、今は、そんなこと──)

422: KASA 2016/11/20(日) 20:41:19.43 ID:wvytgVrvO
まほ「エリカ」


まほ(私は──)

まほ(恐ろしい過ちを──)

まほ(犯してしまったのではないか)

まほ(エリカを)

まほ(絶対に一人にしてはいけない時に)

まほ(エリカを)

まほ(一人にさせてしまったのでは──)





 ……ィィィィィィィィイイイイイイイイインッ──





まほ(……っ)

まほ(耳鳴り)

まほ(ああ、この感覚──)

まほ(みほには戦車道を止めさせると)

まほ(お母様から告げられた時の──)

まほ(懐かしいな)

まほ(辛かったな)

まほ(私の人生から)

まほ(みほがいなくなってしまうと──)





まほ(──!!!!!!)





まほ「た──」


まほ「立て!!」


まほ「エリカッ!!」


まほ「立てぇッッッ!!」


まほ「命令だ!!」


まほ「聞こえないのか!!」


エリカ「……。」


まほ「立てといっているだろうが、エリカッ!」


 グィッ

423: KASA 2016/11/20(日) 20:42:08.71 ID:wvytgVrvO
エリカ「! 痛っ……!!」

まほ「何が痛いだバカ者!!」

まほ「ほらぁッ、立てと、言ってるんだっ」

エリカ「やめてっ」

エリカ「離してくださいっ」

エリカ「……見ないでください!」

エリカ「──離せぇ!!!」



 ドンッ!



まは「ぐっ──!」

エリカ「あっ……!?」


 ぐら……


まほ(あ、ばかっ)

まほ(無理に私を押すから、エリカの足、ふらついて──)

まほ(ああ!)

まほ(駄目だ!)

まほ(手すりの方に──)

まほ(倒れるんじゃない!!)

まほ(そっちに)

まほ(いくなエリカ!!)

まほ「──おおおおお!!!!」


 だっ!


 ──がばぁっ!


エリカ「……っ!?」 

まほ「このぉっ……!」

エリカ「あ、たいちょ──」

まほ「──エリカァッ!」



 ぎゅううううう!!



エリカ「っ、ぐぇっ、隊長、苦しい……っ」



まほ「このバカ者!」

まほ「バカ者が!」

エリカ「……っ」

まほ「エリカ、聞け!」

まほ「よく聞け!」


424: KASA 2016/11/20(日) 20:43:22.54 ID:wvytgVrvO
エリカ「っ!?」

エリカ「耳元で、叫ばないでくださいっ!」

エリカ「いいから離してください!」

まほ「煩い!」

まほ「知ったことか!」


まほ(──、だめだ、もう感情が──抑えられない──)


──進む姿は──

──乱れなし──


まほ(──お母様)

まほ(申し訳ありません──)

まほ(私は、とても……)


まほ「いいか──」

まほ「これは絶対命令だ!」

まほ「今から」

まほ「絶対に」

まほ「私の側を離れるな!」

まほ「常に私の側にいろ!」

まほ「一人になることは許さん!!!」


エリカ「……!?」


まほ「トイレだろうが」

まほ「風呂だろうが」

まほ「絶対に一人は許さんッ!!」


エリカ「な……」


まほ「どうしてもという時は」

まほ「私に許可を得ろ!」

まほ「居場所はつねに連絡しろ!」

まほ「もし、もしも約束を破ったら──」

まほ「ぬぅ……ええと……」

まほ「榴弾装填100発っ」

まほ「学園艦マラソン100周っ」

まほ「地獄の特訓、黒森スペシャル100セットッ」

まほ「それだけじゃないぞ」

まほ「尻叩きも100発だッ」

まほ「わかったかッ!!」

まほ「返事は──」

まほ「どうした!?」

まほ「エリカァッ!!!!!!」

430: KASA 2016/11/20(日) 23:25:50.16 ID:wvytgVrvO
エリカ「……っ」

エリカ「……。」

エリカ「……。」

エリカ「……わかりました……」


まほ「!」

まほ(エリカ……!)


エリカ「全部──」

エリカ「やります」

まほ「!?」


エリカ「何発だろうと装填します」

エリカ「何百キロだろうが、走ります」

エリカ「お尻も、隊長の好きなだけ叩いてくれて、結構です」

エリカ「だから──」

エリカ「一緒に──」


まほ「……っ」

まほ「なぜだ!?」

まほ「お前は、そこまでして」

まほ「自分の子供を」

まほ「私達の子を──」

まほ「殺したいのか!?」


エリカ「……!!」

エリカ「そ──」

エリカ「……っ」

エリカ「……ぐぎぅっ」

エリカ「隊長は」

エリカ「隊長は!」

エリカ「ひぐっ……うぁ……どうして」

エリカ「どうして、隊長は」

エリカ「わかってくれないんですか……ぐぅ……ひぎ……」

エリカ「私にはもう」

エリカ「母親になる資格」

エリカ「ないんですよ!!」


まほ「……エリカァ!」


 ぎゅううううう!!!

エリカ「ぎぃ……止めてください」

エリカ「私なんかに」

エリカ「触れちゃダメなんです」

431: KASA 2016/11/20(日) 23:26:34.52 ID:wvytgVrvO
まほ(エリカ……!)

まほ「お前は、泣いている」

まほ「ちゃんと、泣いているんだぞ!」


 ぎゅむううううううううう!!!


エリカ「グェッ……ひぃ、ひぐぅっ」

まほ「……くそっ……」


まほ(エリカの身体が)

まほ(何でこんなに細い)

まほ(お前を抱くのは初めてだ)

まほ(だが、こんなはずはない)

まほ(お前)

まほ(ご飯、少しも食べていなかったんだろう)

まほ(風呂にも、入っていないな)

まほ(お前の髪が)

まほ(こんなにギトギトで、油の匂いがずるはずはないんだ)

まほ(そうだろう、エリカ!?)

まほ(くそっ!)

まほ(くそ……!)

まほ(くそおおおお!!!)

まほ(遅すぎた)

まほ(気づくのが、遅すぎた!)

まほ(まただ!!)

まほ(私は何をやっていたんだ!?)

まほ(エリカが一人で)

まほ(苦しんでいる時に!)

まほ(……やめろ、そうじゃないだろう!)

まほ(今は後悔をしている場合では、ないだろう!)

まほ(そうだろう、西住まほ!)

432: KASA 2016/11/20(日) 23:27:20.34 ID:wvytgVrvO
 ……ごそっ

 ぴ、ぴ、ぴ

 とぅるるるるるる、とぅるるるるる──



エリカ「……え?」

エリカ「隊長……?」


 
 とぅるるるるる、とぅるるるるる──



エリカ「隊長……!?」

エリカ「何を、」

エリカ「何をしてるんですか!?」

エリカ「ねぇ、隊長!!??」



 とぅるるる──プッ



?『──はい』

まほ「菊代っ」

まほ「お母さまは、いるか!?」



エリカ「……!?」



菊代『あいにく……。』

菊代『ですが、夜までには』

菊代『お戻りになると』

まほ「そうか」

まほ「なら、伝言を頼む」

菊代『かしこまりました』



エリカ「た、隊長!」

エリカ「隊長!?」

エリカ「何をしてるんです!」

エリカ「なぜご実家に電話をしてるんですか!?」

まほ「静かにしていろエリカ」

まほ「お前を──」

まほ「お母様のところへつれていく」

エリカ「!?」

433: KASA 2016/11/20(日) 23:30:58.82 ID:wvytgVrvO
まほ(私の言葉は届かなくても、)

まほ(西住流そのものたるお母様の言葉ならば)

まほ(エリカの不安を砕いてくれる!)

まほ「お前が」

まほ「私のいう事を聞かないのなら」

まほ「お母様に──」

まほ「言って聞かせてもらうまでだ!」



エリカ「ひ……」

エリカ「いやだ──ダメ、ダメです!」


 バタバタバタ!!


まほ「!?」

まほ「エリカ!? 暴れるな!」

菊代『お嬢様……? どうされました?』

まほ「いや、なんでも……ぐっ」



 ばたばたばた!!!



エリカ「駄目!」

エリカ「駄目ぇ!」

エリカ「会えません!」

エリカ「いやあああああ!!」

エリカ「私、師範に会う事なんか」

エリカ「できません!」

エリカ「会えるわけがない!」

エリカ「やめてください!」

エリカ「許してください!!」

エリカ「隊長っ」

エリカ「隊長!!」

エリカ「あああああああああ!!!!!」


まほ「ぐっ……」

まほ(離さないぞ……!)

まほ(絶対に離さないぞ!)

まほ(エリカ!)

まほ(私とお前はもう──)

まほ(子宮と子宮とで)

まほ(つながっているんだからな!)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

451: KASA 2016/11/27(日) 21:53:54.86 ID:3PWFwr71O
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ばばばばばばば……


まほ『赤星、聞こえるか』

赤星『ええ、ヘッドセット、感度良好です』

赤星『よく聞こえますよ』

まほ『うん』

まほ『突然呼び出したうえ』

まほ『熊本までヘリの操縦を頼んでしまった』

まほ『本当にすまないと思っている』

赤星『いいですよ、気にしないでください』

赤星『……それよりも、隊長』

赤星『あの』

赤星『副隊長、大丈夫ですか……?』

まほ『……うむ……』


エリカ「……」


まほ(なんとかヘリには乗せたが……。)

まほ(俯いて、顔をこわばらせて)

まほ(ヘッドセットをつけもせず)

まほ(口も耳も閉ざしてしまっている……)

まほ(それに体が震えているな)

まほ(怯えているのだろうか)

まほ(お母様に会う事を、それほどにまでも)

まほ(……怯える必要など、まったくないというのに……)

452: KASA 2016/11/27(日) 21:54:21.42 ID:3PWFwr71O
まほ『赤星』

赤星『はい?』

まほ『この事、他の者には黙っていてくれ』

赤星『ええ、もちろん……』

まほ『それと、すまない、あまりこちら(後部座席)を』

まほ『振り返らないでやってくれるか?』

まほ『おそらくエリカは、恥じているだろうから……』

赤星『ああ……』

赤星『……。』

赤星『あのう、やっぱり、副隊長は妊娠の事で?』

まほ『そうだな……色々と、考えすぎてしまった』

まほ『そんなところだろうか』

赤星『そうですか……』

赤星『でも、しかたないですよ』

赤星『私だって』

赤星『もしも妊娠をしていたら』

赤星『とても冷静ではいられなかったと思います』

赤星『泣いて実家に帰ってたかもしれないですよ』

まほ『ん……』

まほ『だが、それは困る、な』

赤星『え?』

まほ『エリカだけではなく、赤星までも』

まほ『そうなってしまった時──』

まほ『いったい私は、誰を頼ればいい』

まほ『私だって』

まほ『怖いし、心細いんだ』

赤星『……。』

赤星『隊長』

赤星『今の言葉も』

赤星『皆には秘密にしておきます』

まほ『ん……すまん』

赤星『隊長には、こんな時こそいつもの隊長でいてもらわなきゃ』

まほ『そう……だな』

まほ『うん、そうだった』

まほ『それが私の、責務、だな』

赤星『副隊長の肩』

赤星『しっかり抱いててあげてくださいよ』

まほ『ああ、わかっている』

まほ『……ありがとう、赤星』

赤星『いえいえっ』

赤星『では、急ぎます、スピードあげますよっ』

まほ『了解だ』

453: KASA 2016/11/27(日) 21:55:25.09 ID:3PWFwr71O
 ばばばばばばばばばばばばっ!



まほ「……。」

まほ「エリカ」


 ぎゅっ


まほ「エリカ、大丈夫か?」

まほ「ヘッドセットをしなければ」

まほ「ローターがうるさいだろう」

エリカ「……。」

まほ(……。)


まほ(なぁエリカ)

まほ(どうして)

まほ(どうしてそんな風になるまで)

まほ(私に何も言ってくれなかったんだ?)

まほ(……。)

まほ(いや……違う、そうではない)

まほ(エリカは、明確にシグナルをだしていた)

まほ(私がそれに)

まほ(気付いてやれなかったんだ……)

まほ(エリカだから)

まほ(きっと大丈夫だろうと)

まほ(そうやって理由をつけて)

まほ(自分の事にばかりかまけて……)


まほ「……。」

まほ(何か)

まほ(何か、なんでもいい)

まほ(なんでもいいから)

まほ(例え今更でっても)

まほ(何か言葉を、かけてやらなければ……)



まほ「エリカ、聞け」

まほ「聞いてくれ」

まほ「……。」

まほ「……。」

454: KASA 2016/11/27(日) 21:55:59.80 ID:3PWFwr71O
まほ(……何を言えばいい)

まほ(私は)

まほ(口が上手くないんだ)

まほ(お前も知っているだろう、エリカ)


まほ「……っ」


まほ(……甘えるな!)

まほ(わからないのなら)

まほ(浮かんだままを言うしかないだろう)

まほ(耳元で叫べば、ローターの騒音の中でも、きっと)



 ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば



まほ「エリカ!」

まほ「私も、こんな事になってしまって」

まほ「妊娠をしてしまって」

まほ「怖い!」

エリカ「……。」


 ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば


まほ「だが、それでも」

まほ「せめて相手がエリカでよかったと」

まほ「私はそう思っているんだ!」

まほ「本当だぞ!」

エリカ「……。」


 ばばばばばばばばばばばばばばばばばばば


まほ「エリカは今までも、ずっと私を助けてくれた」

まほ「これからも」

まほ「ずっと私の側に、」

まほ「いや──」

まほ「私達の側に!」

まほ「一緒にいてほしいと思っている」

まほ「心から思っている!」

まほ「4人で、一緒にいたいと、そう思っているんだ!」

エリカ「……っ」

まほ(──!)

まほ(一瞬、瞳が、揺らいだか?)

455: KASA 2016/11/27(日) 21:56:29.89 ID:3PWFwr71O
 ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば 


まほ「……頼む!」

まほ「私達を」

まほ「二人だけにしないでくれ」

まほ「私にとって」

まほ「この道は」

まほ「4人でないと進めない道なんだ」

まほ「そして私達はもう」

まほ「後戻りはできないんだ!」

まほ「だから、頼む!」

まほ「エリカ!」

エリカ「……。」


 ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば


まほ(エリカ)

まほ(聞いてくれたろうか……)

まほ(それにしても)

まほ(……はは……)

まほ(こんな歯の浮くような言葉を)

まほ(私は言えたんだな)

まほ(……。)

まほ(だったら)

まほ(だったら、どうしてもっと早く)

まほ(エリカに言葉をかけてやらなかった)

まほ(もしも──)

まほ(もしも私がもっと早くにこうしていれば)

まほ(あるいは、こんな事にならなかったのではないか)

まほ(そう思うのは)

まほ(私の思い上がりなのか?)

まほ(教えてくれ)

まほ(エリカ)


 ぎゅううううう


エリカ「……。」

456: KASA 2016/11/27(日) 21:57:44.77 ID:3PWFwr71O
まほ(……。)

まほ(エリカ)

まほ(こうしてみると)

まほ(よくわかる。)

まほ(お前の耳の穴の中)

まほ(耳アカだらけじゃあないか)

まほ(風呂にも入らず)

まほ(悶々としていたのだな)

まほ(きっと、どこもかしこも、汚れているのだろう)

まほ(お前の耳アカが)

まほ(こうしていると)

まほ(私の唇についてしまいそうだ)

まほ(だが、気にすることはないのだぞ)

まほ(口につこうが)

まほ(食べてしまおうが)
 
まほ(私はいっこうに構わん)

まほ(エリカ)

まほ(私がお前を綺麗にしてやる)

まほ(落ち着いたら)

まほ(耳かきをしてやるぞエリカ)

まほ(『百発百睡』とみほに讃えられた私の腕前)

まほ(見くびってもらっては困る!)


 ばばばばばばばばばばばばば……
 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

470: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:02:35.90 ID:y0iOCsL4O
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


赤星改め小梅『隊長、ご実家が見えてきましたよ』

まほ『そうか、早いな』


 ばらららららららららららら


まほ(……変わらないな)

まほ(ここ田園風景は。)

まほ(こんな時であっても)

まほ(昔と、何一つ変わらない。)

まほ(あのあぜ道、よく駆けた。)

まほ(みほと、一緒に。手をつないで……)

まほ(……。)


まほ「……エリカ、見てみろ」

まほ「田んぼの真ん中の、大きな──」

まほ「あれが私の実家だ」

まほ「お前を連れてくるのは、初めてだったな」


エリカ「……っ」


まほ「……。」

まほ「エリカ、不安なのはわかる」

まほ「だが、お母様は、少しも怒ってなどいないんだ」

まほ「お前の事を、心配している」

まほ(……きっと、そのはずだ)

エリカ「……。」


まほ(怒るような人ではない)

まほ(お母様は、そのような人ではない)

まほ(戦車道にひたむきなエリカを)

まほ(お母様も評価していたじゃないか)

まほ(いくら家の問題があるとはいえ)

まほ(妊娠のことで)

まほ(エリカを疎んじるような人ではない)

まほ(そう、思うのだが……。)

まほ(……。)

まほ(いかん、しっかりしろ)

まほ(エリカの不安に、私までひきずられてどうする)

471: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:03:29.86 ID:y0iOCsL4O
小梅『隊長、着陸場所は──』

まほ『あぁ、敷地内の西側に、広い庭が見えているだろう。そこに直接降りてくれて構わない』

小梅『ひゃあ、お庭に、ですか。さすがは家元のお宅』

まほ『時々、下手なパイロットが、庭側の廊下の障子を吹き飛ばすんだ』

小梅『わ、わぁ』

小梅『師範のお家だけあって、プレッシャーをかけてきますねぇ……』

まほ『小梅なら大丈夫だ。私も心配はしていない』

小梅『うぅ、緊張しちゃうなぁ……』


 ばららららららららららら


まほ「エリカ、ほら」

まほ「東側の二階の、手すりのついた窓、あそこが私の部屋だ」

エリカ「……。」

まほ「その隣の、小さな塔のような。あそこは、みほの──」


まほ(──む)

まほ(お母様は、もう帰ってきているようだな)

まほ(駐車場に、お母様の車がとまっている)

まほ(……ん?)

まほ(だが、その隣に停まっている車。)

まほ(家の車ではないな……)

まほ(お客様だろうか)

まほ(あまり、間が良くないな……)


小梅『隊長』

まほ『どうした?』

小梅『降下を始めます』

小梅『手順に従って、ヘッドセットマイク、フルオープンでお願いします』

まほ『あぁ、了解した』


 ばららららららららら


エリカ「……。」

エリカ「……あれ?」

まほ『……?』

まほ『エリカ、降下中だぞ』

まほ『ちゃんと真直ぐに座っていろ』

エリカ「……。」

まほ『おい、エリカ?』

まほ(どうした? 窓に顔を寄せて、下をじっと──)

472: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:04:25.93 ID:y0iOCsL4O
エリカ「……?」

エリカ「……!?」

エリカ「え……!?」


 バンッ


まほ『!?』

まほ『おいエリカ!? 急に立ち上がるな!』

エリカ「ま──」

エリカ「いや、やっぱり」

エリカ「な……なんで!!」

エリカ「どうして!? なんで!?」

まほ『エリカ座れ! 危ないだろう!』

小梅『……!?』

小梅『隊長、問題ですか?』

小梅『降下、中止しますか?』

まほ『あ、いや──』

エリカ「……だ、め……!」

エリカ「だめ……だめっ!!!」


エリカ「──小梅ッ!!」


 だっ


まほ『な──』


エリカ「小梅!」

 
 ガシッ


小梅『きゃっ!?』

エリカ「小梅、降りないで!」

小梅『わあああ!?』

小梅『ちょっと!? 着陸作業中ですよ!?』


 グラッ!


小梅『だめ!』

小梅『操縦桿に触れないでください!!』

小梅『危険です!!!』


 グラグラッ!


まほ『わああ!?』

まほ『おいエリカ! お前何をしているんだ!?』

エリカ「いやだ!」

エリカ「降りないで!!」

473: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:05:09.24 ID:y0iOCsL4O
エリカ「お願い!」

エリカ「戻って!」

小梅『はい!?』

エリカ「艦に戻って!!」

エリカ「お願いよぉ!!!」



 グラグラグラツ!


小梅『わあああ! た、隊長ーっ! 何とかしてください!』

まほ『このっ……エリカぁー!』


 がしっ

 ぐぃーっ


エリカ「あう……!?」

まほ『この──バカもの!!』

まほ『墜落したらどうする!?』

まほ『どういうつもりだ!?』

エリカ「……っ!! 駄目!!」

エリカ「駄目、駄目!! 降りるなー!!」

まほ『……っ、エリカ!!! しっかりしろ! 私の目を見ろ!!』

 
 ぐぃっ


エリカ「あ、う……」

エリカ「隊長……」

まほ『エリカ、いったい、どうした? どうしたんだ!?』

エリカ「だって」

エリカ「私の家の、車が」

まほ『……なに?』

エリカ「下に、停まっているのは、」

エリカ「私の親の車なんですよ!?」

まほ『なに……?』

まほ(!)

まほ(……あの見覚えの無い車か!)


エリカ「私の両親が」

エリカ「ここに来てるってことじゃないですか!?」

エリカ「ど……どうしてなんですか!?」

エリカ「どうして私の親が!」

エリカ「隊長の家にいるんですか!!」

エリカ「た……隊長が呼んだんですか!?!?」

まほ『い、いや、私は──』


まほ(お母様が呼んだのか?)

まほ(お母様が連絡をしたのか?)

474: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:05:39.58 ID:y0iOCsL4O
エリカ「──とにかく、嫌です!」

エリカ「私、会えません!」

エリカ「会いたくない!」

エリカ「会っちゃいけないんです! 私はもう、お母さんやお父さんに──」


まほ(ぐっ……何がどうなってる!?)


小梅『──あ、あの! 隊長!?』

小梅『そっち、もう大丈夫ですか!?』

小梅『降りていいんですか!?』

小梅『それとも止めますか!? 待機ですか!?』


まほ「……っ」

まほ(ええいっ!)

まほ(落ち着いて考えている暇などあるか!)

まほ(とにかく、エリカを、早く!)


まほ『だ──大丈夫だ!』

まほ『降りてくれ!』


小梅『りょ、了解!!』

小梅『あぁもぉっ、お、落ち着け、落ち着けっ……しょ、障子を吹き飛ばしても怒らないでくださいよー!?』


エリカ「だめ、だめぇ……!」


まほ『……っ』

まほ『よく聞け!』

まほ『私が側にいる!!』

まほ『一緒にいる!』

まほ『だから安心しろ!』

まほ『わたしが絶対にお前を守る!』

まほ『だから、お前は心配しなくていいんだ!』


小梅『ふぇっ!?』

小梅『は、はい! ありがとうございますぅー!?』


まほ『!?』

まほ『あっ、いやっ、今のはっ──』


 ばろろろろろろろろろ……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

475: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:07:07.27 ID:y0iOCsL4O
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……きゅんきゅんきゅんきゅん……


小梅『……ぶ、無事に、着陸完了です……』

まほ『ご、ご苦労だった……』

小梅『家の障子、飛んでないですかね……』

まほ『見ていないが……多分無事だろう……』

小梅『あぁー……怖かったぁ……』

小梅『けどこれ、国交省に知れたら』

小梅『飛行禁止処分モノですよ……』

まほ『うむ……すまない。エリカは、きつく叱っておく』

まほ『だから今は、何も言わないでやってくれないか』

小梅『まぁ、隊長がそういうんでしたら……』

小梅『……』

小梅『……副隊長には、もちろん同情をしています』

小梅『でも、さっきの行動は』

小梅『お二人の命をあずかるパイロットとして』

小梅『さすがに、許容できません……』

まほ『……分かっている』

小梅『「守ってあげる」、だけではだめですよ!?』

小梅『叱る時ははちゃんと叱らないと!』

まほ『う、うむ、小梅の言う通りだ』

まほ(こんなに怒っている小梅は初めてだな……)

まほ(だがまぁ、怒って当然だ)

小梅『はぁぁぁ、まだ心臓がドキドキなってますよ……。』

まほ『そうだな、私もだ……。』

小梅『……。』

小梅『隊長の言葉にも、ちょっとだけ、ドキドキしましたよ』

まほ『……頼む、皆には黙っていてくれ。』

小梅『いいですけど、でもホント、ちゃんと副隊長を叱ってくださ……あ』

まほ『ん?』

小梅『師範が、縁側にたってます』

まほ『……ああ、本当だな』

小梅『ヘリの挙動、みられちゃったかなぁ……』

まほ『まぁ……だとしても、私からきちんと事情は……』


まほ(縁側に立っているのは、お母様と菊代と──)

まほ(それと……誰だ)

まほ(お母様の、その隣)

まほ(男性と、女性が)

まほ(……エリカのご両親、か?)

まほ「エリカ」

エリカ「……。」

エリカ「……っ!」

476: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:08:12.56 ID:y0iOCsL4O
まほ(横目で一瞬、あの二人を見たようだが)

まほ(うつむいて、両の拳を握りしめてしまった)

まほ(ご両親で間違いないようだな……)

まほ(しかし)

まほ(今すぐの対面は、無理だな……)

まほ(エリカは、己を恥じているのだろう)





 ──私にはもう、母親の資格、ないんですよ!──


まほ(だからこそ、ご両親に顔を合わせずらいのだ)

まほ(やはりまずは、私とお母様の三人で話を……)

まほ(そうすればエリカをそんな風に考えさせた思い違いも、無くなるはずだ)


まほ「……。」

まほ「よし。エリカは、ここで少し待っていろ」

エリカ「え……」

まほ「私が先に、挨拶をしてくる」

まほ「小梅も、すまない、もう少しだけヘリで待機していてくれ」

まほ「そのあとは、うちに泊って行っていくか、あるいは──」

小梅「そうですね、けれどまぁ、私の事は、今は気にしないでください、それよりも……」

まほ「ん、すまん」

まほ「……エリカ。心配をするな。」


まほ(心配をするな心配をするなと、そればかりだな)


まほ「……同じようなことしか言ってやれなくて、すまない」

エリカ「……。」

まほ「とにかく、待っていろ」

エリカ「……あ……」


 ガチャッ


 ……すたっ


まほ「ふぅ……」

まほ(地面だ)

まほ(さすがにあのあとでは、地に足がつくと安心してしまうな……)

477: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:08:43.84 ID:y0iOCsL4O
まほ(……。)

まほ(実家の、香りだ)

まほ(庭であっても、他所とはどこか、匂いが違うのだな)

まほ(……。)

まほ(さぁ、行くか)





 ざっざっざっざっ




まほ(エリカのご両親、か)

まほ(どのような人だろう)

まほ(エリカはあまり両親の事を話さない)


 ざっざっざっざっ


まほ(妊娠の件は、すでに知っているのだろうか……)

まほ(エリカが妊娠してしまった事を、どう思っているのだろう)

まほ(それに)

まほ(私のお腹の子供……)

まほ(あの人達にとっての──)

まほ(孫でもあるのか……)

まほ(……。)

まほ(私にとっても、あの人達は──)

まほ(……何なのだろうな)

まほ(お義父さん、お義母さん、というのも妙だ)

まほ(親戚、になるのかな……)



 ざっ、ざっ、ざっ……



しほ「──まほ」

まほ「お母様」

478: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:09:26.73 ID:y0iOCsL4O
まほ(久しぶり……というわけでもないが)

まほ(妊娠していらい、直接会うのは初めてか)

まほ(……。)

まほ(私、今、少し)

まほ(ほっとしているな……)


まほ「お母様。突然に申し訳ありません」

しほ「構いません」

しほ「逸見さんは?」

まほ「まだヘリの中です」

まほ「実は、その……少し、緊張してしまっていて」

しほ「……そうですか」

まほ「……。」

まほ「ところで、あの、お母様」

まほ「お客様……でしたか……?」

しほ「ええ」

しほ「──まほも、ご挨拶なさい」

しほ「こちらのお二人は」

しほ「逸見さんの、ご両親です」


まほ(……っ)


エリパパ「初めまして」

エリパパ「逸見エリカの……父です」


エリママ「……。」

エリママ「初めまして」


まほ(あぁ、そうか──エリカは、母親によく似たのだな──)

まほ(──面影だけじゃない。たたずまいや雰囲気も、どことなく──)

まほ(──いや、そんなことよりもまず──)


まほ(最敬礼を、しなければな)


 ぐぐ……


まほ「お初にお目にかかります。西住、まほです」


エリパパ「ああ、いや、そんなかしこまらずとも……」

エリママ「……。」


しほ「妊娠の件」

しほ「お二人には」

しほ「すでにお伝えしてあります」

479: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:09:52.18 ID:y0iOCsL4O
まほ「……!」

まほ「そうですか」

まほ「……。」


まほ(では──)

まほ(この人達も理解している)


まほ(私のお腹の中には)

まほ(この人達の)

まほ(『孫』が)

まほ(いる。)


まほ(そして、エリカのお腹の中には)

まほ(……私との子供が……)


エリママ「……。」


まほ(……。)

まほ(向けられる視線に、戸惑ってしまう、な)

まほ(外行きの顔を見せる以外に)

まほ(どうしたらいいのか、今はわからないな……)


まほ「お二人とも、エリカさんの事を、さぞ心配をしておられたでしょう」

まほ「今回の件」

まほ「黒森峰の隊長として──」

まほ「私も、重く受け止めています」


エリパパ「むむむ……いや、こちらが参ってしまう。なんとも、しっかりしていらっしゃる」

しほ「恐縮です」

エリパパ「うちのエリカとは、大違いだ、なぁ、母さん」

エリママ「……そうね」

まほ「いえ、とんでもありません」

まほ「私こそ、エリカさんに、いつも助けられています」

エリママ「……。」

エリママ「貴方の話は、エリカから良く聞かされていました」

エリママ「……あなたの方こそ、大変でしょうね」

まほ「ありがとうございます」

エリママ「……。」

まほ「……。」

480: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:10:21.23 ID:y0iOCsL4O
まほ(少し、トゲらしいものを感じるな……)

まほ(が、こういう時は、女親のほうが、そういうものなのかもしれないな……)


エリママ「……。」


まほ(エリカは、初対面の者に、何となく圧力感を与えるらしい)

まほ(なるほど、こういう感じなのかな)

まほ(だが……その点では、うちのお母様だって負けてはいない)

まほ(本人達に悪気はないのだ)

まほ(この人は、エリカの事が、心配なのだ)

まほ(気にすることはない……)


まほ「──それで、エリカの事なのですが」


まほ(あ、『さん』をつけ忘れた……)

まほ(……ええい、そんな細かいこと、今はどうでもいいっ)


まほ「エリカは今、とても、動揺をしていて」

まほ「その動揺の原因が、戦車道や私の家に深くかかわることで……」

エリママ「……?」

しほ「……。」


まほ「ですから……」

まほ「その、まずは──」

まほ「私と母との、3人で、お話しをさせて頂けないでしょうか」


エリママ「……。」

エリママ「……私達と会う前に──」

エリママ「貴方たち、三人で?」

まほ「……っ」

まほ「そ、そうです」

まほ「とても失礼な申し出だと、存じているのですが」


エリママ「……。」

エリママ「……。」


まほ(……お、おお……)

まほ(『不愉快』、とはこういう表情を言うんだな)

まほ(やはり、エリカによく似ている……)


エリママ「……」

エリママ「あの子が、私達に会いたくないと?」

まほ「えっ」

まほ「……ええと、お母様にというよりも」

まほ「正確にはむしろ、『誰にも』というか……」

481: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:10:49.34 ID:y0iOCsL4O
エリママ「……。」

エリママ「……ハァ」

エリママ「あの子、相変わらずね」

まほ「え?」

エリママ「やっと人見知りがマシになったと思っていたら……」

まほ「え!? い、いえ、人見知りだとかそういう話ではなくて──」


エリパパ「──いやいや、お母さん。エリカは頑張っているよ」

エリママ「お父さんは甘いのっ」

まほ「い、いや、あのっ」

エリママ「しほさん。ちょっと草履を貸していただける?」

しほ「ええ、どうぞ」


 ずちゃっ


 ……ざっ、ざっ、ざっ


まほ「ちょ、ちょ!?」

まほ「あの、ま、待ってください!」

エリママ「何でしょう」

まほ「どうかお願いですから、少しだけ!」

まほ「少しだけ待ってやってください!!」

エリママ「……。」


まほ(お母様と話をすれば、きっとエリカは落ち着くはずなんだ!)


エリママ「待たないわ」

まほ「えっ」

エリママ「私は」

エリママ「あの子の」

エリママ「母親ですっ」


 ずん、ずん、ずん!


まほ「い──いや! あの、あの!」


まほ(こ、この意地の強さ、間違いなくエリカの母親だ……!)


まほ(あっ!)

まほ(エリカが、ヘリの中からこっちを見ている)

まほ(ふ、不安そうな顔をしているな……)

まほ(き、気張るんだっ、私よ!)


まほ「──ど、どうかお願いですからっ!」

まほ「待ってください!」

まほ「お母様!」


 がしッ……!

482: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:11:15.76 ID:y0iOCsL4O
エリママ「……!?」


まほ(いきなり腕をつかんでしまった)

まほ(なんという無礼だ!)

まほ(だ、だがっ、しかしっ)


まほ「は──母親だからこそなのです!」

エリママ「……?」

まほ「相手がお母様だからこそ、エリカにとっては、素直に言えないことで──」

エリママ「……」

まほ「どうか、私達に、時間をください……」

まほ「……。」

エリママ「……まほさん」

エリママ「あの子が素直でないのは」

エリママ「貴方に言われなくても」

エリママ「この私が」

エリママ「誰よりも、理解しています」

エリママ「あの子は」

エリママ「私の」

エリママ「娘です」

まほ「……っ」


まほ(す……)

まほ(凄い目力が強い……!)


エリママ「だから──」

エリママ「この手を」

エリママ「離しなさい」


まほ「ぐ、ぬっ」

まほ「で、ですがエリカは──」


しほ「──まほっ」


まほ「っ!?」


しほ「だだをこねていないで」

しほ「いい加減にその手を離しなさい」

しほ「逸見さんに失礼でしょう」

483: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:12:15.99 ID:y0iOCsL4O
まほ「だ……駄々などではありません!」

まほ「わ、私は、」

まほ「私は、エリカを──」

エリママ「──まほさん」

エリママ「貴方は、エリカの事を本当に心配してくれているのね」

エリママ「けれど、」

エリママ「今だけは」

エリママ「私と娘の」

エリママ「邪魔をしないでちょうだい」

まほ「……!」

まほ(邪魔……)

まほ(私がエリカの、邪魔……っ!?)

まほ「……ぐ……」

まほ(エリカ……)


エリカ「……。」


まほ(……。)

まほ(私に)

まほ(お母様の邪魔をする権利があるのか──)

まほ(……。)

まほ(……無い……。)

まほ(有るわけが無い……)


 ……すっ……


まほ「……申し訳」

まほ「ありません……」


エリママ「……謝ることはないわ」

まほ「……。」


 ずんっ、ずんっ、ずんっ、ずんっ、ずんっ……


まほ「……。」

まほ(……すまん、エリカ……)

まほ(お前のための、意地を通せなかった……)


エリパパ「すみませんね、どうも昔から……言い出すと聞かなくて」

しほ「こちらこそ、娘の非礼を、お詫びいたします」

エリパパ「いやいや」


まほ「……。」

しほ「まほ」

484: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:13:09.57 ID:y0iOCsL4O

まほ「……はい」

まほ「……。」


まほ(今、叱られたら)

まほ(口答えをしてしまいそうだ……)


しほ「保険証は」

しほ「持っている?」

まほ「……。」

まほ「え?」


しほ「保険証です」

しほ「病院の、保険証」

しほ「無ければ無いで、構わないけれど」


まほ「??」

まほ「あ、えと」

まほ「財布に、携帯していますが……」

しほ「そうですか」


まほ「でも、どうして保険証が……」

しほ「これから皆で、病院へ行きます」


まほ「……は!?」

まほ「びょ、病院?」

まほ(!?)

まほ(お、お母様は、菊代から話を聞いていないのか??)


まほ「い──いやそれよりもまずっ」

まほ「お母様、とにかく一度、エリカと話をしてやってください!」

まほ「私はそのために、エリカを……!」


しほ「まほ」


まほ「は、はい」

しほ「菊代から伝言は聞いています」

まほ「で、では!」

しほ「まほ、聞きなさい」

しほ「私はカウンセラーではないわ」

まほ「そういう事ではなくて!」

まほ「エリカは西住の事で悩んでいるんです!」

まほ「お母様が、心配ないと言ってくれればエリカは──」


しほ「──本当に?」

まほ「……え?」

しほ「本当に、彼女の抱える不安は、それだけですか?」

485: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:13:54.76 ID:y0iOCsL4O
しほ「もっと、様々な問題が」

しほ「あるいは、もっと心の深い部分に巣くう不安が」

しほ「彼女を動揺させているのかもしれない」

しほ「そうではないと、貴方に言い切れる?」

まほ「……そ、」

まほ「それは、わかりませんが……」

しほ「そうでしょう」

しほ「私にも、分からないわ」

しほ「だから、病院に行くんです」

しほ「だからこそ、プロの手が必要なのです」

まほ「で、ですが」

まほ「そんな事を大げさにしなくても」

まほ「……エリカが」

まほ「エリカが怯えてしまいます……」

しほ「……。」

しほ「まほ」

しほ「冷静になりなさい」

しほ「初手でもって」

しほ「打てる手立ては全て撃つ」

しほ「一段一段、手立てを探っていられるような場合ではないの」

しほ「状況を見誤ってはなりません」

しほ「いいわね」

まほ「……。」

まほ「ですが……」

まほ「……っ」

まほ「……。」

まほ「……はい……わかりました……」

まほ「……。」

まほ「あの……エリカのご両親には」

まほ「お母様が連絡を?」

しほ「そうです」

まほ「……。」

しほ「もっとも、近況をお伝えするため、もともと、お二人とアポイントを取っていた」

しほ「ということでもあるのだけれど」

まほ「……そう、ですか」


まほ(……。)

まほ(本当に、これでいいのか──)

まほ(エリカを)

まほ(余計に追い込んでしまうのでは)

まほ(ないだろうか……)

486: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:15:40.89 ID:y0iOCsL4O

 ──わああぁああん!! ああああん!!



まほ(!?)

まほ「エ、エリカ……!?」


まほ(なんだ、どうなった!?)

まほ(まさか)

まほ(嫌がるエリカを無理やりにヘリから──)

まほ(……あっ)

まほ(……違う……)

まほ(いつの間にかエリカが、ヘリから降りて……)

まほ(……お母様の胸に、抱きついている、のか……?)



 ──お母さんっ!

 ──あああっ

 ──ごめんなさい、ごめんなさい!!

 ──私……うああああっ!



まほ(……。)

まほ(エリカ、お前……)

まほ(ご両親には、会いたくないって)

まほ(あんなに……)

まほ(嫌がっていたじゃないか……)

まほ(それなのに)

まほ(お前は今)

まほ(一生懸命にお母様にしがみついて)

まほ(赤子のように泣いているじゃないか)

まほ(……。)

まほ(本当は、お母様に会いたかったのか?)

まほ(……)

まほ(は、は……そんな事だろうと思った)

まほ(どうせまた、そんなことだろうと)

まほ(やはりお前は、素直じゃないんだ)

まほ(それ見たことか)

まほ(……。)

まほ(……。)

まほ(バカか、私は)

487: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:16:31.37 ID:y0iOCsL4O
まほ(結果だけを見て、何を知った風な事を言っている)

まほ(何を後から、分かったような口を聞いている)

まほ(私は)

まほ(エリカのお母様がエリカに会おうとするのを)

まほ(本気で邪魔しようとしていたんだぞ)

まほ(そんなお前が)

まほ(いったいどの口で言う)


まほ(そもそも)

まほ(私がもっとしっかりしていれば)

まほ(エリカはあんな風に泣かずに、すんだのではないのか?)

まほ(あるいはせめて、私が)

まほ(ああやってエリカを、泣かせてやれたのではないのか?)

まほ(……。)

まほ(つまるところ私は)

まほ(少しも、エリカを理解してやれていないのではないのか……)



 ──私が側にいる──

 ──だから安心しろ──

 ──わたしがお前を守る──



まほ(……っ)

まほ(なんという恥知らずだ、私は)

まほ(何一つわかっていないくせに)

まほ(エリカが私を必要としていた時に)

まほ(少しも気づいてやれなかったくせに!)

まほ(口先ばかり!)

まほ(自分の気持ちばかりを)

まほ(一方的にエリカに押し付けて!)

まほ(寂しいのは──)

まほ(甘えたいのは──)

まほ(私のほうではないのか!?)


まほ「……ぐ……っ」


しほ「……?」


まほ(──小梅!)

まほ(頼むから忘れてくれ!)

まほ(どうかお願いだから)

まほ(聞かなかったことにしてくれ!)

まほ(恥ずかしくて、情けなくて)

まほ(私はもう顔から火がでそうだ……!)

まほ(泣きたい!)

488: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 22:17:50.67 ID:y0iOCsL4O
まほ(私も泣いてしまいたい!)

まほ(なのに、)

まほ(涙が蒸発して、泣くことさえできない!)

まほ(くそっ)

まほ(くそっ──)



まほ「──うぷっ!?」

まほ「ううっ!!??」


しほ「……!?」


まほ「オゲッ」

まほ「オゲエエエエエエエエっ!!」


 びしゃびしゃびしゃぁ!!


菊代「お、お嬢様!?」


まほ「か、はっ……」

まほ「はぁっ、はぁっ……」


菊代「大丈夫ですか!?」

しほ「菊代。水をお願い」

菊代「は、はい!」


 だだだだだだ……


まほ「はぁ、はぁ、うぅ……おぷっ……」

しほ「悪阻……にしては早すぎるけれど」

しほ「けれどそれでも、やはり悪阻なのでしょうね」

しほ「まほ。腰を下ろしていなさい」

まほ「はぁ、はぁ……。」

まほ「いえ、構いません」

しほ「……?」

まほ「いいんです」

まほ「私は」

まほ「いいんです……」

しほ「……。」

しほ「そうですか」

しほ「ともかく、水分はとっておきなさい」

しほ「体によくないから」

まほ「……。はい、お母様」

菊代「お、お嬢様、お水ですぅーっ」


 ……とととととっ

 
 ──わあああああああん……わああああああん……


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

498: KASA 2016/12/13(火) 20:48:30.75 ID:yldPfngnO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



しほ「では、私が病院まで車で先導します」

しほ「逸見さん方は、私の車の後を、ご家族と一緒に」

エリパパ「ええ、よろしくお願いします」

エリパパ「ただ……熊本医療センターといえばたしか、随分な大病院でしたね」

エリパパ「紹介状の類が必要なのでは……?」

しほ「ご心配はありませんよ」

エリパパ「そうなのですか?」

しほ「こんな家業をやっていると」

しほ「多少のコネはできてしまうものです。お恥ずかしながら。」

エリパパ「あぁ、なるほど……いやはや、ありがたい」

しほ「お気になさらず」



まほ(……。)

まほ(エリカは、縁側に腰をおろして)

まほ(お母様に寄り添われている)

まほ(泣きはらした顔をしているが、少しは落ち着いたろうか。)

まほ(……声をかけてやりたいが……)

まほ(私がでしゃばっても邪魔なだけ、か……)

まほ(……。)

まほ(そうだ、声をかけてやると言えば、小梅)



 ……ざっざっざっ



しほ「まほ、どこへ行くの?」

まほ「小梅──ヘリを飛ばしてくれた仲間です──に話をしてきます」

まほ「今日は、家に泊っていくようにと。」

まほ「構わないでしょう?」

しほ「ええ」

しほ「菊代に世話を言いつけなさい」

まほ「ありがとうございます」


 ……ざっざっざっ


 ……ざっ……

499: KASA 2016/12/13(火) 20:49:11.98 ID:yldPfngnO
(クルッ)


まほ「……。」

まほ「……不思議な眺めだな」


まほ(私の家の縁側で)

まほ(私のお母様と、エリカのお母様とお父様と、エリカが)

まほ(一つの景色に収まっている)

まほ(……考えもしなかった眺めだ)

まほ(……。)

まほ「本当に、何なのだろうな、私達」


 (クルッ)


 ざっざっざっ……


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ガチャンッ


小梅「あ、隊長……」

まほ「小梅、ほったらかしにしてしまってすまない」

小梅「いえいえ。気にしないでください」

小梅「それに、特等席でレアなものを見せてもらいましたし……」

まほ「? ……ああ、エリカの事か」

小梅「びっくりしました。副隊長のあんな感じ、初めてで……」

まほ「うん。私も驚いた」

まほ「それにしても……」

まほ「はい?」

まほ「本当によく似ているな、エリカと、お母様は」

小梅「あ、ですよねっ、ほんと、びっくりびっくりです」

小梅「副隊長が大人になったら」

小梅「あんな感じなのかなぁって……」

まほ「同感だ」

まほ「ところで、この後の話だが」

小梅「あ、はい」

まほ「私達はエリカを連れて病院へ行く」

まほ「そうなのですか」

まほ「小梅は」

まほ「家に泊まって、ゆっくりしていくといい」

まほ「今から帰艦するのは、骨だろう」

小梅「あー……それなのですが」

まほ「?」

小梅「お誘いは有り難いのですけど」

小梅「私は、艦に戻ろうかなぁって……」

500: KASA 2016/12/13(火) 20:49:38.70 ID:yldPfngnO
まほ「気を使う事はないんだぞ」

まほ「部屋はたくさんあるんだ」

小梅「いやぁですが」

小梅「さすがに今日は……場違いかなと」

まほ「……む……」

まほ「そうか……小梅としても、いづらいモノがあるか」

小梅「うぇっと……すみません、正直なところ、チョッピリ」

まほ「いや、謝ることは無い。私のほうこそ、鈍感だった」

小梅「い、いえそんな」

小梅「……。」

小梅「あの、隊長」

小梅「返ってくるときは、連絡をくださいね」

まほ「うん?」

小梅「私、また、」

小梅「迎えに来ます。」

小梅「隊長の事も、副隊長の事も……」

まほ「……ありがとう。そうだな、帰る時は、また小梅に操縦を頼む」

小梅「はいっ……」

小梅「……さて、と、では、一言師範に挨拶をして、艦に戻ります」

まほ「うん」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ──ばらららららららららららら……



しほ「……。あの子、離陸はしっかりしてるのね」

まほ「え?」

しほ「着陸の時、随分と危なげな操縦をしていたけれど」

まほ「あ、いえ、あれは……ちょっとしたイレギュラーで」

まほ「小梅は、良いパイロットです」

まほ「でなければ、フライトを任せはしません」

しほ「そう」

しほ「──お待たせしました、では、行きましょうか」

エリパパ「ええ、よろしくお願いします」

エリパパ「母さんは、エリカと一緒に後部座席に座ってやって」

エリママ「ええ、そうね、さぁ、乗りましょ」

エリカ「……」

501: KASA 2016/12/13(火) 20:50:07.43 ID:yldPfngnO
まほ(……。)

まほ(エリカは、家族と一緒の車、か)

まほ(まぁ……当然か。)



 ばたん



しほ「まほ、気分はどう?」

まほ「もう、平気です」

しほ「もしもの時は、ダッシュボードにビニル袋があるから。」

まほ「ありがとうございます」



まほ(……。)

まほ(エリカと、一緒に車に乗ってやりたかったな)

まほ(……。)


しほ「市内はきっと、渋滞しているわね」

まほ「そうですね、この時間は……」


まほ(……。)

まほ(乗って「やりたかった」、ではないだろう)

まほ(いいかげんに……認めたらどうだ)

まほ(私が、)

まほ(エリカと一緒に、いたいのだ)

まほ(エリカの世話を、していたいのだ)

まほ(エリカに──頼られたいのだ)

まほ(そうしていると、私は落ち着くんだ……)



しほ「……あちら様も準備できたようね」

しほ「出るわよ」

まほ「あ、はい」



まほ(……。)

まほ(私は、誰かに依存されていたいのだろうか……)

まほ(理解している、と思わせてくれる相手がほしい……?)

まほ(……)

まほ(むぅ、もしや私って、ちょっぴり歪んでいるのだろうか……)



ぶろろろろろろろろ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

502: KASA 2016/12/13(火) 20:50:39.51 ID:yldPfngnO

 ──ちっかっ、ちっかっ、ちっかっ


しほ「……交差点一つ曲がるのに、何分かかるのかしら」
 
まほ「そうですね」



まほ(考えてみれば)

まほ(エリカといる間、私は随分と気が楽なのだな)

まほ(私が何か言葉を述べれば、エリカはそれにのってくれる)

まほ(何の話をしようかなどと、意識する必要もなかった)

まほ(まぁ、話題がなければ戦車道の話をすればいいのだし)

まほ(おそらく私は、時々何かすっとんきょうな事を言っているのだろうが)

まほ(エリカはそれを咎めず聞いてくれる)

まほ(私としても、エリカが何を考えているのかは、意識せずともおおよそ検討はつく)

まほ(だから余計に、話しがしやすい……)

まほ(しかし、そういう相手を、欲しているつもりはなかったのだが)

まほ(……。)

まほ(そうか)

まほ(みほだ)

まほ(以前までは、みほがいたからだ)

まほ(たいていのことはみほが、私を満足させてくれていたのか……)

まほ(……。)

まほ(もしや私はシスコンとかいう気があるのか?)

まほ(それで今は)

まほ(エリカを……?)

まほ(……むむむ……)



しほ「本当に、戦車でくればよかった」

まほ「ええ」



まほ(ものすごい人の数で、車の数だ)

まほ(けれど)

まほ(かれらが何を考えているのかなんて、私にはさっぱりわからない)

まほ(それぞれに人生があって、それぞれに多種多様な思いがあるのだろう)

まほ(それでもやはり、私にとって、かれらは他人……)


まほ(……。)

まほ(エリカ達の車は……二台後ろ、か)

503: KASA 2016/12/13(火) 20:51:07.70 ID:yldPfngnO
しほ「そういえば、まほ」

まほ「……はい?」

しほ「これから行く熊本センター病院だけれど」

まほ「はい」

しほ「貴方とみほの、産まれた病院よ」

まほ「あ……そうでしたか……」

しほ「ええ」

まほ「……。」

まほ「……では」

まほ「私も、産むのでしょうか。そこで……」

しほ「……かもしれないわね」

まほ「そう、ですか」

まほ「……」

まほ「エリカも、一緒に産めますか?」

しほ「……。それは──」

しほ「あちらのご家族が、決めることね」

まほ「あぁ、そうか、そうですね……」

しほ「ただ、臨月以降は国の研究機関へ入る可能性もある。まぁ、今はまだなんとも──」

まほ「……。」


まほ(まぁ、どこでもかまわないが、産むときは、なるべくエリカと一緒に産みたいものだ)

まほ(……という風にい思うのも、べったりすぎだろうか……)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ぶろろろろろろろろん……



しほ「やっと病院にたどり着いたと思ったら」

しほ「なかなか駐車場の空きが無いわね……」

まほ「熊本中の車が集まっているみたいです」

しほ「いいかげん、時間がもったいないわね……」

しほ「……まほ」

まほ「はい?」

しほ「先に降りて、受付をしてきなさい」

まほ「あ、はい」

しほ「この書類を提出すれば」

しほ「とりあえず、私が到着したことが上に伝わるでしょう」

504: KASA 2016/12/13(火) 20:51:36.42 ID:yldPfngnO

まほ「わかりました」

まほ「では、後ろのエリカ達にも、同じように……」

しほ「そうね」

しほ「二台とも、車を止めるのにしばらく時間がかかるでしょうから」

しほ「あちらのお母様と、あの子と──」

しほ「一人で、大丈夫ね?」

まほ「ええ、大丈夫でしょう」

まほ「では、先に行きます」

しほ「……よろしく」


 がちゃっ


 ──ごぉぉおおぉおおぉぉお……──


まほ(む……)

まほ(都会の喧騒……というやつか)

まほ(なんの音かはわからないが、とにかくごぅごぅと、風もないのに唸っている)

まほ(それに、アスファルトの匂い、とでもいうのだろうか)

まほ(油とはまた違う、都会独特の臭いだな……)


まほ「……まぁ、そんなものはすぐに気にならなくなるんだ」

まほ「それよりも」


 た、た、た

 
 ──こんこん


エリパパ『はいはい』


 ウィーン──


まほ「運転、お疲れ様です」

エリパパ「いやぁ、これは車を止めるのに時間がかかりそうだ」

まほ「そうなんです、ですから、私だけ先に降りて、受付を済ませてしまおうかと」

エリパパ「そんな話になるのではと思っていたところだよ」

まほ「それで、エリカ達も、一緒に先に行きませんかと思って……」

エリパパ「あぁそうだね、お母さん達、先におりてようか」

エリママ「えっと、それはいいのだけれど……」

エリパパ「ん?」

エリママ「この子の着替えをもってきていなくて……失敗しちゃった」


まほ「……あ」

まほ(そうか、しまったな、寝間着のままヘリに押し込んで、そのままだった……)


エリパパ「でも病院だろう。寝間着で担ぎ込まれることなんて、珍しくもないよ」

エリママ「そういう問題じゃないのよ」

エリパパ「?」

エリママ「だってこの子、そういう所はすごく気にしぃなんだもの」

505: KASA 2016/12/13(火) 20:52:04.10 ID:yldPfngnO
エリパパ「気にしぃって……お母さんはエリカに甘いなぁ。なんだかんだで」

エリママ「だから、そういうことじゃないの」

エリママ「私が後でメンドクサイのよ、この子。あれが恥ずかしかったこれが恥ずかしかったって」

エリママ「ぶちぶちうるさいんだから」

エリカ「ちょ、、ちょっと……」

エリカ「……やめてよっ」

エリカ「それは子供のころの話でしょっ……」

エリママ「今だって子供でしょう」

エリカ「とにかく、人前ではやめてよっ」

まほ「……。」

まほ「あの、良ければ私の上着を犯ししますが。……それでいいだろう、エリカ」

エリカ「……っ……」


まほ(……ん?)

まほ(なんだろう。エリカ、私の視線から目をそらしているような……)


エリママ「だけど、それでは貴方が寒いでしょう」

まほ「大丈夫ですよ、院内に入れば、暖房も効いているでしょう」


 ごそごそ


まほ「では……これを」

エリママ「……。ありがとうね、まほさん」

まほ「いえ」

エリママ「さぁ、エリカ。お礼はどうしたの」

エリカ「あ、う、うん……」

エリカ「……ありがとうございます」

まほ「……いや……」

まほ(……。)

まほ(やはり、なんとなく、他人行儀だな)


 のそのそ

506: KASA 2016/12/13(火) 20:52:34.86 ID:yldPfngnO
エリママ「ほら、降りるわよ」

エリカ「う、うん……」


 がちゃっ


 ……とた、とた


エリカ「……。」


まほ(……。)

まほ(病院の駐車場で)

まほ(都会の眺めに囲まれながら)

まほ(そこにたたずむ半分寝間着の逸見エリカ)

まほ(……。)

まほ(写真に収めておきたい気がするな)

まほ(この先二度と見られないだろう)

まほ「……では、いきましょうか」

エリママ「ええと、受付は、普通の受付でいいのかしら……?」

まほ「母から聞いていますので、私にまかせてください」

エリママ「そうなのね、ありがとう」




 ……とた、とた、とた、とた



まほ「……。」

エリカ「……。」

エリママ「……。」


まほ(沈黙が、耳につくな)

まほ(これもまた、エリカといた時は、気にならなかったことだな……)


まほ「……。」チラ

エリカ「……っ」


まほ(……エリカめ、なんで、お母様の後ろに隠れる)

まほ(むぅ……なんだか、すごく嫌だ)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

522: KASA 2016/12/19(月) 00:44:15.53 ID:3M3SqwbEO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



まほ「受付、終わりました」

エリママ「どうもありがとう」

まほ「名前を呼ばれるまで──」

まほ「……あ」

エリママ「……?」

エリママ「まほさん? どうしたの?」

まほ「あ……いえ……」

まほ「……お隣、失礼しますね」

エリママ「ええ、どうぞ」



 ボスン……



まほ(……。)

まほ(エリカのやつ……)

まほ(これは、四人掛けの椅子だぞ)

まほ(それなのに)

まほ(お前が端っこに座ってしまったら)

まほ(必然的に並び順はこうなるだろう)


 [エリカ・お母様・私]


まほ「……。」

エリカ「……。」


まほ(……私を、隣に座らせないように?)

まほ(やはりなんだか)

まほ(避けられているような……)


エリママ「けれど、申し訳ないわね。何もかも貴方としほさんに頼り切りで」

まほ「いえ……とんでもありません」


まほ(……私の気にしすぎだろうか)

まほ(うーん)

まほ(むむ……)

まほ(ううむ……)

まほ(ええい……こういう事を気にしてしまっていること自体が、気に入らない)

まほ(女々しいぞ、西住まほっ)

523: KASA 2016/12/19(月) 00:44:59.47 ID:3M3SqwbEO
まほ「……。」

エリママ「……。」

エリカ「……。」



 ……ざわざわ……

 
 ──会計お待ちの、アンドウさま~、二番窓口へお越しくださーい……──


   ──びゃぁああああああ、お家かえるぅぅぅぁぁあぁ──


  ……ざわざわ……



エリママ「……エリカ、気分はどう?」

エリカ「え……」

エリカ「うん、まぁ……もう平気」

エリママ「そう」

エリママ「……。」

エリママ「……ふふ」

エリカ「……なによ」

エリママ「幼稚園に入れてすぐの頃の……あんたの後追いを思い出したわ」

エリママ「あの時も、あんたはワンワン泣いて、帰ろうとする私の袖を離さなくて──」

エリカ「はぁ!? だ、だからさぁ……!」


まほ(エリカ……少しづつ、調子が戻ってきているようだな)

まほ(今ならもう、私が話しかけても……)


まほ「エ……エリカ」

エリカ「っ」

エリカ「……はい」

まほ「その、ほっとしたぞ」

エリカ「え……」

まほ「元気が、でてきたみたいじゃないか」

まほ「お母様の、おかげだな」

エリカ「……。」

エリカ「……はい、そうですね……」

エリカ「……。」

まほ「うん……。」

まほ(……。)

まほ(な、なんなのだ……)

まほ(なんだというんだ)

まほ(どうしてそんなに、素っ気ないのだ)

まほ(ヘリの中でさえ、そこまでではなかった)

まほ(まるで私を、会ったこともない他人のように──)

524: KASA 2016/12/19(月) 00:45:27.15 ID:3M3SqwbEO
まほ「……っ」

まほ(嫌だ)

まほ(やっぱり、嫌だっ)

まほ(エリカにそんな態度を取られたくない!)

まほ(かといって……じゃあどうしたらいい?)

まほ(エリカに頼むのか?)

まほ(何を考えているのか、はっきり言えと?)

まほ(……今!?)

まほ(今この状況でそんなことを!?)

まほ(バカか私は!)

まほ(私は自分の事しか考えていないのか!?)

まほ(……っ)

まほ(だが、胸の奥が、どうしようもなくムカムカする……っ)


エリママ「──ほさん」

エリママ「まほさん?」

まほ「……っ!?」

まほ「は、はい」

エリママ「大丈夫?」

まほ「あ、えと……」

まほ「少し、ぼうっとしていました、すみません」

エリママ「あなたも動き詰めだものね……疲れたでしょう」

まほ「いえ、そんな事は」

エリママ「まぁ私も」

エリママ「気持ちがバタバタしてしまっていて」

エリママ「まだ貴方にきちんと伝えていなかったけれど……」

まほ「なんでしょう……?」

エリママ「……エリカを連れてきてくれて、本当にありがとう」

まほ「……! いえ、そんな」

エリママ「貴方にはとても、感謝をしているわ」

525: KASA 2016/12/19(月) 00:46:03.60 ID:3M3SqwbEO
まほ「……いえ、本当に、私は何も……」

エリママ「そんな事はない。」

エリママ「貴方は、十分すぎる事をしてくれた」

エリママ「この子は、私がいくら帰ってこいと言っても」

エリママ「帰ってくるような子ではないのだもの」

エリママ「まほさんが引きずってきてくれなかったら」

エリママ「どうせまだ今ごろ、一人でべそをかいていたのだわ」


エリカ「……っ」

エリカ「だっ……」

エリカ「だ、だからさぁっ、ホントに止めてってば、そういうのっ」


エリママ「止めてほしいのなら、貴方こそ──」

エリママ「──ハァ」

エリカ「な、なによっ」

エリママ「貴方はどうしていつも」

エリママ「自分ではどうしようもなくなるまで、誰にも……。」

エリママ「あまり、心配をさせないで……」

エリカ「……っ……」

まほ「……。」

エリママ「今回は、運よくアンタの側に、まほさんがいてくれた。」

まほ(……。)

エリママ「けれど、いつもいつも誰かが、『大丈夫?』『辛くない?』『困ってない?』って」

エリママ「根掘り葉掘り心配してくれると思っていたら、大間違いなのよ」

エリママ「それこそ、子どもじゃないんだから」

エリカ「……ぐ……」

エリママ「子どもじゃないというのなら、せめて」

エリママ「辛いときは辛いと、ちゃんとはっきり言いなさい」

エリママ「人に、迷惑をかける前に」

エリカ「う、うう……」

エリママ「わかった?」

エリママ「今度こそ、ちゃんとわかった?」

エリカ「……。」シュン


まほ(エ、エリカのやつ、ぐうの音も出ないといった感じだな……)

526: KASA 2016/12/19(月) 00:46:38.07 ID:3M3SqwbEO
まほ「お、お母様、あのもう、そのくらいで……」

まほ「こんな時なのですから……」

エリママ「……まぁ、小言はこれくらいにしておきましょう」

エリママ「とにかく、まほさん」

エリママ「本当にありがとう」

エリママ「今こうしてこの子に小言を言えるのも、あなたのおかげです」

エリママ「それなのに、あなたにお礼を言うのが遅れて、ごめんなさい」

まほ「い、いえ、本当に、いいですから……」


まほ(……。)

まほ(す……すごいものだな……)

まほ(こんな時に、こんな状態のエリカに、厳しい言葉をバシバシと……)

まほ(母親だからこそ)

まほ(肉親だからこそ、言えること、なのだろうか)

まほ(私にはとても、できないことだ……)


エリカ「……。」

エリカ「……っ」


 すっ……


まほ「……ん?」

エリママ「エリカ? どうしたの?」

まほ(急に、立ち上がって……)


エリカ「……トイレ」

エリママ「え?」

エリカ「トイレっ」

エリカ「行ってくるからっ」

エリママ「あぁ……そう」

エリママ「……だけど、一人で大丈夫?」

エリカ「っ!」

エリカ「だ、大丈夫よっ……!」



 つか、つか、つか、つか……!

527: KASA 2016/12/19(月) 00:47:17.47 ID:3M3SqwbEO
まほ「お、おい……。」

まほ「な、なんだか、急でしたね……」

エリママ「……。」

エリママ「……やれやれ、結局また、いつものあの子に、戻っちゃった、か」

まほ「え?」

エリママ「もう少しゆっくり、甘えていればいいのに。こんな時くらい……」

エリママ「……それが、できない子なのね」

エリママ「本当に、素直じゃない……まったく、誰に似たのか……」

まほ「……あ、あの……」

エリママ「……。」

エリママ「まほさん」

まほ「は、はい……?」

エリママ「できれば……あの子を追いかけてあげてくれる?」

まほ「え……」

エリママ「あの子を一人にするのはまだ……私は怖い」

エリママ「だから……」

まほ「……!」

まほ「は……はい!」

まほ「あの、私も──」

まほ「トイレに行ってきます!」

エリママ「ええ」

エリママ「いってらっしゃい」



 たたたたたたた!

528: KASA 2016/12/19(月) 00:48:41.21 ID:3M3SqwbEO
まほ(……っ)

まほ(だが、追いかけて──どうする?)

まほ(私はあらゆる過ちを犯したのだぞ)

まほ(思い上がりをし)

まほ(思い違いをし)

まほ(勘違をし)

まほ(その上、鈍感で……)

まほ(今は、エリカが何を思っているのかさえ)

まほ(よくわからないんだ……)

まほ(……だがしかしっ)

まほ(──託されたのだ)

まほ(どういうわけか、託されてしまったのだ!)

まほ(ほかならぬ、お母様に! お前を!)

まほ(……ならば、今は!)

まほ(お前を追いかけて走るしかないだろう!?)

 

 たたたたたたたたた!!!



まほ「すぐに追いつくからな、エリカ──!」

まほ「大病院だ、フロアも廊下広いのだ。お前の背中、見失いはしないぞっ──」


看護師「──あ、お客様~、院内では走らないでくださいね~」


まほ「!?」


看護師「危ないですからね~」


まほ「あっ、はい、す、すみません……」


まほ「……。」

まほ(ならば、競歩だ!)



 ツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカ──ッッ。 



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

535: KASA 2016/12/26(月) 21:12:51.28 ID:yIw06FiCO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ツカツカツカツカツカツカ



まほ(エリカ、ちらっとでもいいから、こちらを向いてくれないかな)

まほ(視界に入れば、気が付くはずの距離だ)

まほ(できれば、トイレにはいってしまう前に)

まほ(ゆっくりと話をしたいのだが)

まほ(……。何を話すのか、それが問題なのだが)



 エリカ『……』



まほ(ん!)

まほ(私の方に目を向けた!)



 エリカ『……。』

 エリカ『!?』



まほ(今、間違いなく目があったぞ!)

まほ「エリ──」



 エリカ『っ……』

 ツカツカツカツカツカツカ!



まほ「──あっ!?」

まほ(お前)

まほ(いま)

まほ(き……気づかないふりをしたな!?)

536: KASA 2016/12/26(月) 21:13:26.07 ID:yIw06FiCO
 エリカ『……っ、……っ』

 ツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカ



まほ(あっ! あっ!)

まほ(エリカ、何だその早歩きは!?)

まほ(あっ! あっ! あっ! 何でそっちに曲がる!?)

まほ(トイレの矢印は反対だぞ!?)

まほ(お、お前は)

まほ(私と話をするのがそんなに嫌なのか!?)

まほ(そんなに必死になって、逃げるくらいに)

まほ(──いや、違う)

まほ(学習しろ、西住まほ!)

まほ(あいつは天邪鬼なのだ)

まほ(とことん素直になれないのだ)

まほ(だから嫌だ嫌だと逃げつつも)

まほ(その実こころの奥底では)

まほ(真逆を欲している部分もあるのだ)

まほ(……という前提に基づいて戦術を策定すべきなのだ!)



 ……ツカツカツカツカツカツカ!



まほ「私は退かないぞ、エリカ……!」


まほ(エリカのお母様なら、きっとこうする!)

まほ(ならば、私だって)

まほ(私にとっても、エリカは特別なのだ!)

まほ(迷うなっ)

まほ(西住の名にかけて、お前を逃がさないぞエリカ!)


 
 ツカツカツカツカツカツカツカツカ



まほ(この角を曲がって──)

まほ(──いたっ!)

まほ(距離にして20m)

まほ(大病院が災いしたなエリカ)

まほ(通路もフロアもとても広いのだ)

まほ(そうそう身を隠す場所はないっ)

537: KASA 2016/12/26(月) 21:13:59.15 ID:yIw06FiCO
 ツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカ



まほ(はぁ、はぁ、)

まほ(く、競歩というのも、意外と疲れるものだな)

まほ(だが、絶対に逃がしはしないぞ)



 シカシカシカシカシカシカシカ



まほ(はぁ、はぁ)

まほ(この感じ……少し、ぞくぞくするな……)

まほ(うちの犬も──)

まほ(一緒にいる時に、私が逃げるふりをすると、あいつは喜々として後を追いかけてくるが)

まほ(少し、分かる。逃げられれば追いかけたくなるというこの感覚)

まほ(私もまた、犬か)


 ツカツカツカツカツカ


まほ(──むっ)

まほ(また角を曲がった)

まほ(いい加減に明らめろエリカ!)

まほ(お前がどうあがこうと私は──)


まほ「──っと」


まほ「む……?」

まほ(エリカの姿が消えた)

まほ(長い廊下なのに)


 ──キィ……


まほ(あ)


 [御手洗い→]


まほ「……。」

まほ(しまった、トイレに入ってしまったのか……)

まほ(……。)



まほ(そういえば、追いかけるのに夢中になってしまっていたが……)

まほ(もしかしてエリカ、本当にトイレに行きたかったのだろうか)

まほ(だとしたら悪い事をしたかな……)

まほ「……。」

まほ(とりあえず、私も入ってみよう……)



 ──キィィ……

538: KASA 2016/12/26(月) 21:14:36.88 ID:yIw06FiCO
まほ「……!」


エリカ「……はぁっ、はぁっ……」


まほ(とうとう、追いつめた)

まほ(……が……)


エリカ「はぁ、はぁ……」


まほ(洗面台に手をついて、肩を揺らしている……)


まほ「エリカ」

エリカ「……っ」

まほ「その、すまない……」

まほ「追いかけまわしてしまって」

エリカ「はぁ、はぁ……はぁ」


まほ(心なしか、視線が恨めしい)


まほ「だがどうしても、お前と──」


 
 <じょばあああ~~~~~~~



まほ「……っ!?」


 ガチャッ

 きぃぃぃぃ


看護師「……。」


まほ(あ……そうか、個室に人がいたのか……)


看護師「……何か?」

まほ「あ、いえ」

看護時「ごめんね、手を洗いたいのだけれど」

エリカ「あ、ごめんなさい……」

まほ「あ、すみません……」



 しゃ~……



まほ「……。」

エリカ「……。」

まほ(……。こういう時は確かに、何とはなしに、鏡を見ながら前髪をいじってしまうものだな……)

まほ(……。)チラ

エリカ「……。」

まほ(エリカも同じか)

まほ(しかし……そうか、個室3つとも全て埋っていたのか)

まほ(少しも周りの状況を見ていなかった。私としたことが)

539: KASA 2016/12/26(月) 21:15:12.99 ID:yIw06FiCO
看護師「ふぅ、邪魔してごめんね」

まほ「あ、いえ……」


 つか、つか、つか

 きぃ~……ぱたん(看護師がトイレを出ていった音)


まほ「……。」

エリカ「……」

まほ「えと……先に、いいぞ」

エリカ「え……」

まほ「お前の方が先に、入ったのだし」

まほ(別に私はもよおしていないのだし……)

エリカ「は、はぁ、では、お先に……」

まほ「う、うん」



 きぃぃぃぃぃ……がちゃんっ



まほ「……。」

まほ「ふぅ……」

まほ(洗面台の鏡にうつった私)

まほ(間抜けな顔をしているな……)


 <がちゃっ


まほ(ん)


 きいぃ……


看護師「ふぅ」


まほ(真ん中の個室が、開いた)


看護師「……。?


まほ(う……ここで突っ立っているのもおかしい、か)

まほ(とりあえず)

まほ(今空いた個室に入ってしまおう)


 きぃぃぃぃ……がちゃん

540: KASA 2016/12/26(月) 21:15:43.35 ID:yIw06FiCO
まほ「……。」

まほ(別に、下着をおろす必要はないか)

まほ(このまま、便座に座ってしまおう)


 ぎっ


まほ(う、おしりの違和感がすごい)

まほ(……。)

まほ(隣に、エリカがいる)

まほ(だが、反対の個室にもまだ、誰か人がいる)

まほ(この状況では、エリカに話しかけられない)

まほ(待ち、だな)

まほ(……。)

まほ(しかし、広い個室だ)

まほ(私の家のトイレの2,3倍は広い)

まほ(身体の不自由な患者さんの事を考えて……かな)

まほ(さすがは大病院)

まほ(近代的だ)

まほ(壁のボタンも、なんだか一杯だ……)

 
 ……からんからん……


まほ(む、ティッシュペーパーの音)

まほ(隣の人、もうじき出る、な)

まほ(エリカは──)

まほ(うん、まだ、大丈夫だ)

まほ「……。」


 
 じょぼあああー……がちゃん



まほ(出た)


 しゃあああああああ


まほ(手を洗っている)


 きぃぃぃぃぃ

 ……ばたん


まほ(ドアを開けて、外にでたな)

まほ(これで──)

まほ(このトイレには)

まほ(私と)

まほ(エリカと──)

まほ(二人きり)

541: KASA 2016/12/26(月) 21:16:35.57 ID:yIw06FiCO
まほ「……。」

エリカ「……。」


 ──コォォォォォォォォ──


まほ(……換気扇の音が、急に大きくなったように感じる)

まほ(いやそんな事よりも)

まほ(とにかくエリカと何か、話を)


まほ「……。」

まほ「……。」


まほ(……ぬぅ)

まほ(もどかしいな、歯がゆい)

まほ(言うべき言葉がわからない)

まほ(こんなにエリカと喋りたいのに)

まほ(エリカが)

まほ(この壁一枚の向こうに、いるというのに)


まほ「……っ」


まほ(イライラする)

まほ(こんなストーカーまがいのようなことまでして)

まほ(結局またこれか)

まほ(……なんでもいいだろう!)

まほ(思っていることを、素直にっ)

まほ(……素直、に……)

まほ(ヘリの中でも、私はそうしようとして)

まほ(……中絶をしたい、と訴えるエリカに)

まほ(一緒に産んでくれ、と一方的に……)

まほ(私は少しも、エリカの気持ちに寄り添ってやれなかった……)


まほ「……っ……」


まほ(何を言っても、間違った事しか言えないような気がする)

まほ(そもそも、正しいとは何だ)

まほ(何をもって、正しいと判断したらいいのだ)

まほ(……ぐぅ)

まほ(お母様、私はどうしたら)

まほ(西住流の教えの通り、前に進みたいのです)

まほ(だけど)

まほ(どちらが『前』なのか、わからないのです)

まほ(こんな時……どうしたらいいのですか!?)

542: KASA 2016/12/26(月) 21:17:16.24 ID:yIw06FiCO
まほ(うぅ)

まほ(ぬうぅぅうっ)

まほ(どうすれば)

まほ(どうすれば──っ)


エリカ『──あ、あの……』


まほ「……!?」


エリカ『となり、隊長、ですか?』


まほ「……!?」

まほ(話かけてくれた!?)

まほ(エリカの方から……!)

まほ(あんなに私を避けていたのに)


まほ「……あ、ああっ」

まほ「そうだぞ」

まほ「私だっ」

まほ「となりは私だっ」



まほ(嬉しい)

まほ(エリカが話しかけてくれた)

まほ(……嬉しい……!)

まほ(何なのだ)

まほ(たったそれだけのことが、どうしてこんなに嬉しいのだ)

まほ(やはり私も、犬か……!)



エリカ『……隊長』

まほ「あ、あぁ、どうした」

エリカ『……。……申し訳、ありません……』


まほ(……。)


 ぞわっ……


 ──本当に、申し訳ありません

 ──一緒に、中絶をしてください

 ──そうして、私のことはもう、忘れてください
 
 ──どうか、お願いですから……


まほ(……っ)

まほ(……息が、凍る……)

まほ(エリカ)

まほ(お前のせいで)

まほ(どうやら私は、トラウマを持ってしまったようだぞ)

まほ(だが、私がそんな事で、どうする)

まほ(落ち着くんだ)

543: KASA 2016/12/26(月) 21:17:43.08 ID:yIw06FiCO
まほ「……エリカ、何を謝る」

まほ「謝ることなんて、何もないんだ」

エリカ『……。』

エリカ『……失望、してしますか』


まほ「……何?」

エリカ『……。』

まほ「エリカ?」

エリカ『……。』

まほ「……。」


まほ(失望……どういう意味だ)

まほ(考えろ)

まほ(考えろ)

まほ(エリカの気持ちになって、考えろ)

まほ(エリカは、何を不安がっている?)

まほ(何を言ってやれば、エリカは安心する?)

まほ(考えろ、考えろ、エリカの気持ちを────)

 
 ──子どもじゃないんだから……辛いときは辛いと、ちゃんとはっきり言いなさい──


まほ(……あ……)


 ──いつもいつも誰かが……心配してくれると思っていたら、大間違いなのよ──

 ──根ほり、葉ほり── 


まほ(……。)

まほ(……お母様……)

まほ(……)


まほ「エリカ」

まほ「聞いているか」


エリカ『……、はい……』


まほ「お前のお母様が、言っていたな」

まほ「不安な事があるのなら、人にい迷惑をかける前に自分から言え」

まほ「根掘り葉掘り、人が心配してくれると思うな……と」

544: KASA 2016/12/26(月) 21:18:10.12 ID:yIw06FiCO
エリカ『……っ』

エリカ『……はい、申し訳、ありません……』


まほ「ただ、な」

まほ「私は少しだけ」

まほ「お母様とは考えが違う」


エリカ『……え?』


まほ「一般論としては、私もお母様に賛成だ」

まほ「ただ」

まほ「私にとってお前は──」

まほ「違う」

まほ「一般論とは──」

まほ「違う」


エリカ『……。』


まほ「私は」

まほ「根ほり」

まほ「葉ほり」

まほ「いや許されるのならば──」

まほ「木の皮をはいで」

まほ「幹を削って」

まほ「必要ならばウロを掘ってでも!」

まほ「お前を確かめたい」

まほ「……と、思う」

まほ「だから、聞かせてくれないか」

まほ「エリカの、考えていることを」


エリカ『……。』


まほ(……。)

まほ(少し、踏み込みすぎただろうか……)

まほ(急ぎすぎただろうか……

まほ(かえってエリカを、怯えさせてしまっただろうか……)


エリカ『……』

エリカ『……怖い、です』


まほ(……っ)

まほ「それは、私が……という意味か?」


エリカ『……え?』


まほ(また、しくじってしまったのか──)

まほ(──諦めるな!)

まほ(立て直せ、立て直すんだ──)

545: KASA 2016/12/26(月) 21:19:19.01 ID:yIw06FiCO
まほ「エリカ、聞いてくれ」

エリカ『……。』

まほ「ヘリの中でお前にいった事を、今わたしは後悔している」

エリカ『……後悔?』


まほ「子供を産みたくないと」

まほ「中絶をしてほしいと──」

まほ「お前は言った」

まほ(──胸の内がゾッとする)

まほ「それなのに私は」

まほ「『私と一緒にいてほしい』『4人でいたい』、と」

まほ「自分の気持ちだけをお前に押し付けて」

まほ「お前の気持ちには、耳を貸さず」

まほ「お前の気持ちを、少しも理解しようとしなかった」

まほ「エリカは動転しているのだと、そう決めつけて……」

まほ「私の気持ちを伝えれば、それがきっと、エリカの力になると」

まほ「そう思いあがっていた」


エリカ『……。』


まほ「なのに私は今、また、同じ失敗を」

まほ「私は間違えてばかりだ」

まほ「失望……したか」

エリカ『……え……』

まほ「お前こそ、こんな私に失望したのではないかと」

まほ「エリカが急によそよそしくなったのは、お前に呆れられたからではないかと」

まほ「私は、不安でたまらない」

まほ(……。)

まほ(……自分で言って、やっとわかった)

まほ(そうだったのだな)

まほ(だから私は、エリカに他人行儀にされるのが嫌で)

まほ(エリカを必死に追いかけて)

まほ(エリカの気持ちを確かめずには、いられなくて──)

まほ(私は本当に、犬だ……)



エリカ『……』

エリカ『怖い、です』

まほ「うん」

エリカ『妊娠の事も』

まほ「うん」

エリカ『これから先の事も』

まほ「うん」

エリカ『……隊長の事も……』

まほ(……っ)

まほ「……そうか……」

546: KASA 2016/12/26(月) 21:19:49.17 ID:yIw06FiCO
エリカ『……。』

エリカ『私は母親にはなれない、と言ったのに』

エリカ『それなのに』

エリカ『どうしてこの人は分かってくれないんだろう』

エリカ『どうして私を離してくれないんだろうって』

エリカ『ヘリの中で、ずっと隊長の事が、怖かった』


まほ「……。」

まほ「……すまなかった、本当に」


エリカ『……。』


まほ(……。)

まほ(胸の奥が)

まほ(冷たいな)

まほ(こんなに心臓)

まほ(ドクドクいっているのに)

まほ(……。)

まほ(『失望したか?』、と聞いておきながら)

まほ(きっとそんな事はないのだと)

まほ(心のどこかたかをくくっていた)

まほ(私は)

まほ(本物の馬鹿だ)

まほ(……。)

まほ(身体の震え)

まほ(止まらないな)

まほ(だが、)

まほ(聞かなければ)

まほ(逃げるな)

まほ(エリカの言葉を、ちゃんと聞け)

まほ(これこそ、私が確かめたがっていた──エリカの気持ちだろ……っ)


エリカ『今だって、隊長が、隣にいるのが──』

エリカ『怖いです』


まほ「……っ!!」

547: KASA 2016/12/26(月) 21:20:55.23 ID:yIw06FiCO
まほ(私は──)

まほ(私はもう、ここから出ていくべきではないのか!?)

まほ(だが、それは、逃げることでは?)

まほ(気持ちを聞かせてくれと、そういったのは私だぞ)

まほ(かといって、踏み止まって、何になる)

まほ(エリカを脅かすだけならば)

まほ(留まっていたところ、それはたんなる、自己満足ではないのか!?)

まほ(わからない)

まほ(私は、どうすべきなのだ?)

まほ(誰か、教えてくれ!)

まほ(……くそっ!)

まほ(くそっ……!)


エリカ『……でも』


まほ「──!!!」

まほ「なんだ」

まほ「『でも』、なんなんだ!?」


まほ(無様だ!)

まほ(愚かだ!!)

まほ(惨めだ!!!)

まほ(だが!!)

まほ(お前の『でも』に)

まほ(すがりたくてたまらないんだ!!)


エリカ『でも──』


エリカ『隊長が追いかけてきてくれて──』


エリカ『少しだけ』


エリカ『嬉しかった……』


まほ(──!!!)

まほ(……。)

まほ(……っ)

まほ(……!!!)

まほ「そ──そうか……っ」

まほ「……そうか……!!!!!」


まほ(──うれしょん、という行動が、犬にはある──)

まほ(学園艦から帰省した私に、一度あいつが、おしっこをひっかけたことがある)

まほ(こんな──気持ちだったのだろうか……!?)

548: KASA 2016/12/26(月) 21:21:30.45 ID:yIw06FiCO
エリカ『私、もう』

エリカ『どうしていいのか分かりません……』


まほ(……っ!)

まほ(浮かれるな! 思いあがるな! 今こそ……冷静になれ……!)


まほ「ああ、ああ……! 私も、分からないことだらけだ、エリカ」


エリカ『私、お母さんのこと、あまり好きじゃなかった』

エリカ『口うるさいし、意地悪だし』

エリカ『それなのに、あの時、お母さんの顔をみたら』

エリカ『どうしようもなく涙が止まらなくて』

エリカ『それに、抱きしめてくれた時の』

エリカ『お母さんの匂いが、どうしようもなく、たまらなくて……』

エリカ『だから、本当はお母さんにもっといっぱい話を聞いてほしいんですよ!』


まほ「うん、そうしたらいいぞ……!」

まほ「お母様も、もっとお前に甘えてほしがっているんだ」

まほ「本当だぞ! 私にそういったんだ!」


エリカ『……っ』

エリカ『でも……』

エリカ『その、はずなのに、私は』


まほ「どうした」


エリカ『小言を言われるたびに、すごく腹がたって、本当はお話しをしたいのに』

エリカ『全然素直に話せなくて』

エリカ『それに、隊長の前で子供ども扱いされるのも、すごく恥ずかしい』

エリカ『私は黒森峰の副隊長なのに、お母さんはどうして私を子供扱いするんだろうって』

エリカ『だけど……それが嫌なはずなのに、私、子供扱いされることが、なんだかうれしくもあって』

エリカ『私って……なんなんだろうって』

エリカ『そしたらもう、どんな顔をして隊長と話せばいいんだろうって』

エリカ『どんな顔をしてお母さんと話せばいいんだろうって!!』


まほ「……。」

まほ「エリカ……」

549: KASA 2016/12/26(月) 21:22:00.71 ID:yIw06FiCO
エリカ『もう、わからない、わからないんです!』

エリカ『自分のことも、何もかも……!!』

エリカ『自分が、どうしたいのかも!!』

エリカ『本当は、子供の事だって、嬉しかったはずなのに!!』


まほ「──!?」


エリカ『隊長の子ども! 西住流の子供! 私はこれで、身も心も本当に戦車道にささげられるって』

エリカ『産まれてきてよかった! 戦車道をやっててよかったって! 私の人生は何て素晴らしいのだろうって!!』


まほ「……エリカ……!」


エリカ『……そのはずなのに!!!』

エリカ『……同時に、すごく怖くなって……』

エリカ『色んな不安なことが、急に頭の中で一杯になって……』

エリカ『もう、わけがわからなくって、頭の中がグチャグチャで……!』

エリカ『き、気がついたら、この子の事を、憎い、だなんて!!!』

エリカ『私、もう、もう……!!!』


まほ「──っ!!」

まほ「エリカ!」

まほ「頼む!!」

まほ「ドアの鍵を、開けてくれ!!」


エリカ『!?』


まほ「そっちに行きたい!」

まほ「お前の手を、握りたい!!」

まほ「頼む!!」


エリカ『い──嫌です!』


まほ「エリカ!?」


エリカ『隊長の目、怖い!』

エリカ『ずっと』

エリカ『ヘリの時から、ずっと!』


まほ「目……!?」

550: KASA 2016/12/26(月) 21:23:13.65 ID:yIw06FiCO

エリカ『なんとかしようとしてくれる目』

エリカ『強すぎて──怖いんです!!』

 
まほ「……っ」

まほ「……!!」

まほ「……!!!」

まほ「わ──」

まほ「わけのわからないことを!! 言うな!!!」

まほ「──ふんッ!!!」



 ダン!! 


 バン!!! 


 ガタガタガタ!!!


エリカ『!?』


まほ「……うおお!!」

エリカ「!?」

エリカ「きゃあああああ!!? 隊長! 何をやってるんですか!!?」

まほ「うるさい!」

まほ「お前がカギを開けないのなら──」

まほ「壁をよじ登るだけだっ!!!」

エリカ「!!??」

まほ「絶対に、そっちに、行くからな!! エリカ!!!」

エリカ「!??!!!??」

551: KASA 2016/12/26(月) 21:24:34.20 ID:yIw06FiCO

 ガンガンガン!!


まほ「よいしょぉ!!」


 ……ダンッ!!!


エリカ「ひ……っ」

まほ「ハァ、ハァ……」


まほ(……エリカ……)

まほ(エリカ……!)

まほ(エリカだ……!!!)


エリカ「そ、それです!」

まほ「……!?」

エリカ「その目が、怖いんですよ!」

まほ「この目……!?」

エリカ「隊長は、いつも思慮深く、色々な物をみているのに」

エリカ「いろんな状況を見通そうとしているのに!」

エリカ「その目をしているときは──」

エリカ「私の事を、私の事だけを、ただ、じっと……!」

まほ「……!? いけないのか、それが」

エリカ「……わかりません……でも、今はそれが、怖いんです!」

エリカ「私のせいで」

エリカ「隊長が、隊長ではなくなってしまうんじゃないかって……!!」

まほ「……!?」

まほ「…………!?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

559: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/02(月) 14:41:25.23 ID:h45nmEpTO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

──────。



みほ(お姉ちゃんは、真剣にエリカさんの事を想って行動してる)

みほ(だから、本当はこんなこと言っちゃいけない)

みほ(いけない、けど……っ)

みほ(こんなの、あんまりにも!)

みほ「ば──」

みほ「ばか」

みほ「お姉ちゃんの、ばかっ」

まほ『……みほ……?』


みほ「お姉ちゃんは、エリカさんの事、何にもわかってない」

エリカ『……あんた……』

エリカ『私に、怒る資格ないから、だから黙ってる』

エリカ『だけど、隊長をバカ呼ばわりすることは許さない。隊長は私の事を──』

みほ「──そんなこと分かってます!」

エリカ『!?』

みほ「だけどもしも、私が」

みほ「私が一緒にいてあげていたら、エリカさんはこんな事にはならなかった」

エリカ『……はぁ!?』

みほ「エリカさんはね。エリカさんは」

みほ「猫さん、なんです」

エリカ『な、何を言って──』

まほ『聞かせてくれ、みほ』

エリカ『へっ? た、隊長?』

まほ『みほの理解しているエリカを、私にも教えてほしい』

まほ『私も、エリカの事を、もっと理解したいんだ』

みほ「……。」

エリカ『隊長……』

560: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/02(月) 14:42:54.34 ID:h45nmEpTO


みほ(『お姉ちゃんを、エリカさんに取られた』)

みほ(『エリカさんを、お姉ちゃんに取られた』)

みほ(でも、この気持ち、嫉妬……とは少し違う)

みほ(何なのかな)

みほ(……)

みほ(『あきらめ』……?)

みほ(ただの子供でいられたころとはもう、決定的に何かが変わってしまったんだって……)


みほ「……。」

みほ「エリカさんは、あんまりべたべたされるのは好きじゃないんです」

まほ『うん』

みほ「こちらから近づこうとしても、すぐにどこかへ行ってしまうんです」

みほ「だけど、遊んでほしい時、甘えたい時、そんなときは、エリカさんは自分から近づいてきてくれます」

みほ「あれういは、そういう時は、こちらから話しかけた時の反応が少しだけ違うから、分かるんです」

エリカ『気持ちの悪い分析してんじゃないわよ!』

まほ『エリカ、私は最後まで聞きたい』

エリカ『隊長ぉ!』

みほ「だけど、甘えたい時でも、あんまりべたべたされるのは嫌な性格だから──」

みほ「側にいて、時々頭を撫でてあげたりしながら、一緒にいてあげれば、それでいいんです」

みほ「何もしなくていいんです」

みほ「そういう距離感がエリカさんにとって一番落ち着くんです……」

みほ「それなのに、お姉ちゃんは……!」

みほ「一緒にいても上げず、あげく、追いかけまわして……」

まほ「……。」

みほ「私、辛いです」

みほ「画面の向こうで、エリカさんがこんなに痩せてしまっている」

みほ「……私が黒森峰にいたら……」

エリカ『……! 自惚れもいい加減にしてよ!』

みほ「わかってますよ!」

みほ「でも」

みほ「そう思わずにはいられないんです」

みほ「だって、エリカさんが、お姉ちゃんが、こんな事になってたなんて!」

エリカ『……ッ』

まほ『……。』

まほ『エリカの、お母様がなお前の事を、話していたよ』

みほ「え?」

561: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/02(月) 14:43:36.56 ID:h45nmEpTO
まほ『あの子は──みほの事だな──エリカととても上手に付き合ってくれていた、と』

エリカ『……そんな事を言ったんですか、母が』

まほ『親というものは、私達が思っている以上に、私達を良く見ているようだな?』

エリカ『……。誰もかれも、勝手な思い込みです』

まほ『本当に、そうなのか?』

エリカ『……。』



みほ(……もっと悔しい気持ちになるのかと思ってた)

みほ(嫉妬だとか、お姉ちゃんをとられて寂しいだとか、そういう風に考えるのかなって)

みほ(だけど、そんな事なかった)

みほ(そんなこと、もう、どうでもいい)

みほ(ただただ、二人に元気であってほしい……)



まほ『みほ』

みほ「……ん」

みほ「何? お姉ちゃん」

まほ『エリカの事を教えてくれて、ありがとう』

まほ『またみほに、教えられたな』

みほ「……。」

まほ『実はな』

みほ「?」

まほ『カウンセリングの先生にも、それに近い内容で、怒られてしまったんだ』

みほ「え……そうなの?」

まほ『何度目の時だったかな……あの日から、私もエリカも、何度かカウンセリングを受けたんだ』

みほ「一度だけじゃ、なかったんだ」

まほ『一度話した程度で、どうにかなる状況ではなかったという事だよ』

まほ『特に、エリカはな』

エリカ『……。』

まほ『まぁ、とにかく、何度目かのお話しの時に、先生にこういわれた』

まほ『貴方はは、エリカさんに依存しすぎている、な』

みほ「え……」

みほ「お姉ちゃんが、エリカさんに、依存?」

みほ「ど、どういうこと……?」

562: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/02(月) 14:44:26.10 ID:h45nmEpTO
まほ『少し難しい話だったから、うまく説明できないかもしれないが──』

まほ『そもそも、妊娠した者はその染色体共有に対して──』

まほ『何らかの精神的依存を抱くらしい』

まほ『各国の医療機関がまとめた統計データ上でも、そういう傾向がみられるそうだ』

みほ「う、うん……」

まほ『それで、少し急な質問になるが──』

まほ『みほ』

まほ『堕胎という選択肢を、真剣に検討したことはあるか?』

みほ「……!?」

みほ「な、何、急に」

まほ『すまない』

まほ『唐突だとは思っている』

みほ「え、えと……そういう洗濯があることは、聞いたよ」

みほ「だけど、今のところは、まだ……できれば、避けたいかなって」

まほ『ん……そうか』

みほ(お姉ちゃん、少しほっとしたのかな、今……)

まほ『だが先生によると──それも奇妙なことらしいんだ』

みほ『奇妙……?』

まほ『そうだ。心理学的に考えると、平均的な選択とは言えないらしい』

みほ「??」

まほ『私達は──』

まほ『突然に、原因不明の妊娠をした』

みほ「うん……」

まほ『何の準備もなく、覚悟もなく』

まほ『妊娠という重大な現実を、背負ってしまった』

まほ『それゆえ、大半の女子は、早い段階では最終的な決断をするはずだ……』

まほ『その心のケアが、重要なミッションになるだろうと、大勢の大人が考えていたらしい』

まほ『しかし、だ』

まほ『現時点でもっとも対象者数の多いアメリカでさえ』

まほ『堕胎希望者は、今のところほんの数名らしい』

みほ(……。)

みほ(何人かの女の子は、それを選んだんだ……私と同じように、戦車道をしている女の子が……)

まほ『……みほ、今何を考えた?』

みほ「え……?」

まほ『数名でも、その選択をした者がいることが、悲しいか』

みほ「……!」

まほ「やはり、私と同じことを考えたのだな」

563: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/02(月) 14:46:21.50 ID:h45nmEpTO
みほ「……お姉ちゃん……」

まほ『ただな先生にいわせると、私やみほがそういう風に感じた事も──大体数の生徒が出産を意識しはじめていることも──』

まほ『状況から考えれば、特異なことらしい』

まほ『むしろ、「堕胎という選択肢対して感じる後ろめたさ」が軽減されて」

まほ『その選択を選ぶ対象者の割合が増加していくはず……それが本来の合理的な反応であるはずだそうだ』

まほ『で、あれば──』

まほ『なぜ彼女達は出産を選ぶのか』

まほ『カウンセリングをしてくれた先生も、その点に興味をもっておられた』

みほ「……だけど……」

みほ「どうして、って、言われても──」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

575: KASA 2017/01/08(日) 21:01:59.29 ID:etnK+hRjO
まほ『産んでしまえば、もう後戻りはできない』

まほ『私達は親となり、子供に対しての責任を負い、これまでのような自由は失われる』

まほ『人生の見通しもある程度固まってしまうし──いや、固めなければならない。子供のために』


みほ「う、うん……」

みほ(何となくは、そうなんだろうなって思ってるけど)

みほ(あんまり、しっかり考えた事、ないよ)

みほ(だって、目の前のことに、精一杯だもん……)


まほ『で、あればこそ』

まほ『産まないという選択肢を周りが許容してくれるのに』

まほ『どうして、私達は出産を選ぶのか──』


みほ「だけど、どうしてって、言われても……」

みほ「そんな事、簡単には説明できない……」

まほ『……。』

まほ『同感だ』

みほ「え……?」

まほ『私だって、答えにたどり着くまで、ずいぶん苦労した。何日も何日も、考えなければならなかった』

みほ「……。」

みほ(でも、時間がかかったとしても、お姉ちゃんはちゃんと、答えをみつけられたんだ)

みほ(やっぱりすごい、お姉ちゃんは……)

まほ『それにな、病院の先生もおっしゃっていたのだが』

みほ「?」

まほ『今言ったような見方は、どちらかといえば男性的、というか──少々、理屈に偏った見方だそうだ』

みほ「理屈に偏った……?」

まほ『そうだ。まぁ、大勢の人間に受け入れられやすい共通見解というものは、えてして理屈っぽくて、そのくせにどこか大雑把な意見になる──らしい』

みほ「はぁ」

まほ『そういう認識と反省もまた、賢い人達はしっかりと共有していて』

まほ『今は少しづつ、いろんな意見を取り入れて、考え方やモデルを洗練させようとしているだそうだ』

まほ『苦労しているのは、大人達も、同じみたいだよ』

みほ「そう、なんだ」

まほ『うん、今度の事は、戦車道とは違って、理論も技法も伝統も、まだ何も確率されていない』

まほ『考え方や、現象の理解も、これからもどんどん変化していくだろう、と、そんな風な話も、聞かされたよ』

みほ「……難しくて、全部はよく分からないけど……」

みほ「お姉ちゃんは、先生に、どんな風に答えたの?」

まほ『私の、か』

みほ「最初に言っていたみたいに、『どうせいつかは産むのだから』って……?」

まほ『まぁ……そうだな、それもある。けれど、それだけではないよ』

まほ『もう一つ、大切な理由がある』

みほ「……その理由を聞いても、いい?」

まほ『みほ』

まほ『もちろんだよ』

576: KASA 2017/01/08(日) 21:02:45.30 ID:etnK+hRjO
まほ『なぜ……私は産むのか』

まほ『どうして産もうと思うのか』

まほ『何日も考え続けた』

まほ『そうして、やっと気づいたのは』

まほ『……むぅ、改めて言葉にするのは、少々気恥ずかしいが──』

まほ『結局のところはつまり』

まほ『この子が、エリカの子どもだから──だな』

エリカ『……。』

みほ「エリカさんの子供、だから……?」

まほ『うん。もしもこの子が、見ず知らずの相手の子供だったなら──』

まほ『この子を産もうか産むまいか、今でも私は、悩んでいたかもしれない』

みほ「……。」

まほ『だが、この子は、そうではない』

まほ『エリカと、私の子だ』

みほ「……。」

まほ『もちろん、『産みたくない』という意志は、それ単体でも、充分産まない理由として成立するだろう。他のあらゆる要素を押しのけて、な』

まほ『だが──』

まほ『大人達があらゆる面での援助を行うと、明確に意志を表明してくれている』

まほ『それに、お母様も』

まほ『色んな人達が、私を助けてくれるという』

まほ『で、あれば』

まほ『私にはもう』

まほ『産まない理由はない』

まほ『この上でなお私がこの子を産みたくないというのなら──』

まほ『それは、エリカを否定する事になる……私にはそう感じられるんだ』

エリカ『……。』

まほ『エリカを否定するとう事は──ともに戦車道を歩んできた仲間を、否定するということだ』

まほ『もっと突き詰めれば──それは結局、今までの自分の戦車道が、嘘になってしまうような気がするんだ』

みほ『自分の戦車道が、嘘』

まほ『論理が飛躍していると──自分自身でも思う』

まほ『だが私には……そうとしか感じられないし、そうとしか──言いようがないんだ』

まほ『……みほ』

577: KASA 2017/01/08(日) 21:03:53.21 ID:etnK+hRjO
まほ『伝わっただろうか。私の気持ちは。』

みほ「……え、と……」

エリカ『……。』

まほ『……みほ』

まほ『私は、この子に会ってみたい』

みほ「え……?」

まほ『私と、私が信頼するエリカとの間に生まれるこの子』

まほ『いったい、どんな子なのだろうか……?』

まほ『男の子か、女の子か……どちらにせよ、きっと、手の掛かる子になる』

まほ『生意気で、素直じゃなくて、そのくせ変に考え込む性格で──』

まほ『だから私がしっかりと、気をつけてやれなければ』

まほ『……ふふ、まったく、先が思いやられる……』

みほ(……お姉ちゃん……)

まほ『何のかんのと、唾を飛ばしたが』

まほ『結局私は──』

まほ『ただただ、産みたいのだ』

まほ『私とエリカの間に生まれる、この子を、な』

みほ「……そっか……」

みほ「……そうなんだね」

まほ『ああ』

まほ『そうだ』

まほ『そうなんだよ』

みほ「……。」

みほ(お姉ちゃん……)

みほ(すごく、幸せそう……)

みほ(……。)

みほ(羨ましい……)

まほ『まぁ……というような答えを、先生に言ったんだ。そうして、さっきの話に戻るわけだが──』

みほ「え?」

まほ『私はエリカに寄りかかりすぎているのではないか、と。』

みほ「そう、かなぁ……」

まほ『エリカを大切に思うのはいいが、あまり依存しすぎると、かえってエリカの重荷になってしまうと……そういう事だ』

まほ『とくに──』

まほ『お互いの想いのバランスが、とれていない間は、な』

みほ「じゃあ、それで……先生はどうしろって……?」

まほ『薬を飲んでちちんぷいぷい、とはいかないからな』

まほ『そういった理解を踏まえた上で、面談面談また面談、その繰り返しだよ』

みほ「そうなんだ……大変だね、カウンセリングって」

まほ『そうだな。手軽な事ではない。認識という階段を少しづつ積み上げて、ゆっくりゆっくりより良い場所を探していく──』

まほ『「最善」にはこだわらず、目指すのは、あくまで実現可能な範囲での「より良い選択」を、な』

まほ『カウンセリングというものは、そういうものらしい』

まほ『もどかしいものだ』

578: KASA 2017/01/08(日) 21:04:32.42 ID:etnK+hRjO
みほ「それで……より良い選択……見つけられた?」

まほ『……ん……』

まほ『各々の現状を理解しあったうえで、どうしていくのか──どうしていきたいのか──』

まほ『先生やエリカと三人で──時にはお母様達も交えて、何度も話し合った』

まほ『そしてたどり着いた、ひとまずの結論』

みほ「うん」

まほ『私は、エリカへの依存を自覚し、なるべくそれを自制する』

まほ『エリカは、できるだけ自分の気持ちを言葉にして、私や家族に伝える』

まほ『──という所だ』

みほ「……」

みほ「えと、なんだか普通……だね」

みほ「目新しいことも、特に……」

まほ『まぁ、な』

みほ「あ……ご、ごめんなさい、偉そうに……」

まほ『いや、いいんだよ』

まほ『そんな当たり前の結論にたどり着くことすら……私達はもう、自力ではできなくなっていたんだ』

まほ『色々なことがねじれてしまって……』

みほ「……。」

まほ『そうなってしまった時のための、カウンセリング……なのだな』

まほ『……』

まほ『お母様、聞いていますか?』

しほ「ええ」

まほ『私とエリカを病院につれていってくれたこと』

まほ『今は、本当に……感謝をしています』


しほ「……大変なのは、まだまだこれからです」

しほ「今後も、油断をしないように」

まほ『はいっ』

エリカ『は、はい』


みほ(……。)

みほ(本当に大変になるのは、まあまだこれから……)

みほ(お母さんの言う通りだ)

みほ(まだ何も、始まってすらいないんだ)

みほ(これから何か月もかけて、だんだんお腹が大きくなって──)

みほ(そして、もし本当に子供がうまれたら、それからまた何十年も──)

みほ(ううん、何十年どころじゃない、もう、私達の一生の話なんだ──)

みほ(……果てしない、なぁ……)


みほ「……ふはぁぁぁ……」

579: KASA 2017/01/08(日) 21:06:19.24 ID:etnK+hRjO
みほ(……あ……)

みほ(だめ、まだまだ今日のお話は終わりじゃないのに)

みほ(だけど、ずっと緊張してたから、どうしてもひと段落すると気が抜けちゃう……)


しほ「ん……もうこんな時間ですか。思ったりよりも、時間が経ってしまったわね」

まほ『みほ、疲れしてしまったか?』

みほ「あ、えと、う、うん、ちょっぴり……」

まほ『エリカはどうだ、疲れていないか?』

エリカ『私は──あの、すみません、実は少し……』

まほ『無理もない。私も少し、気疲れをしてしまったよ』

まほ『自分の気持ちを、こうも明け透けに述べることなど、そうそうあるものではないしな』

みほ「あ……だ、だけど、エリカさんの養子の事、ちゃんとお話しを聞きたいです……」

まほ『うん、わかっているよ、みほ』

しほ「──ですが、養子の件、改めて言うまでもなく重要な話です」

しほ「話をする以上は、きちんと理解をしてもらいます」

みほ「う、うん、わかってます」

みほ(……けど……)

みほ(うぅ、お姉ちゃんのお話しが、頭の中でぐるぐる回ってる)

みほ(一度……時間を置いた方がいいのかなぁ)

みほ(どうしよ……)

しほ「……。」

しほ「……まぁ、しかたがないわね」

しほ「貴方達が良ければ、今日はいったんここまでとして──」

しほ「また後日、同じように場を設けても、かまわないけれど」


まほ『そうですね、そのほうが、いいかもしれません。みんな、疲れている』

みほ「だ、だけど……」

みほ「お母さんは」

みほ「明日の朝に、もう帰っちゃうんだよね」

みほ「お母さんのパソコンがないと、こうやって顔を見ながら話せないんじゃ」


しほ「パソコンならこの家にもあるでしょう。そのパソコンに、『すかいぷ』を設定すればいい」


みほ「あ、そっか……」

みほ「そうすればもう、お母さんがわざわざこの家に来る必要は……」

みほ(……。)

みほ(だけど、じゃあ、その時は)

みほ(私はこの部屋に一人で、皆は画面の向こうで)

みほ(そんな状態で……養子のお話しを……?)

みほ(……。)

みほ(一人じゃ)

みほ(やだな……)

みほ(そんな事をいったら、情けないって、またお母さんに怒られるかな……)

みほ「……。」

580: KASA 2017/01/08(日) 21:07:47.07 ID:etnK+hRjO
しほ「……。」

しほ「まぁ」

しほ「私が関東に出てくることは、これからも度々あるでしょう」


みほ「……!」


しほ「それに、養子の件は、まだ半年以上先の話でもある」

しほ「いっそ熊本で、みなで直接に顔を合わせて話をするというのでも、いいでしょう」

まほ『そうですね。大事な話ですから』

まほ『ではもう、今日のところはこれで──?』


エリカ『……っ』

エリカ『あ、あの』


しほ「?」

まほ『どうした、エリカ』


エリカ『割り込んで、すみません』

エリカ『あの、いったん日を改めるというお話には、私も賛成です』

エリカ『ただ……』

エリカ『どうしても、今』

エリカ『あなたに、聞いておきたいことが、あって……』

みほ「私……ですか?」

エリカ『……ええ』


まほ「……。」


しほ「……遠慮はいりません」

しほ「気のすむまで話せばいい」


エリカ『あ、ありがとうございます』

みほ「……。」


みほ(エリカさんが、私に聞きたい事……)


みほ「えと、何、でしょう……」

エリカ『……。』

みほ「……。」

みほ「……?」


みほ(エリカさん、ずっと黙ったまま)


みほ「あのぅ、エリカさん……?」

エリカ『……。』

みほ「あの──」

まほ「──みほ」

みほ「お姉ちゃん?」

まほ「少しだけ、待ってやってくれないか」

みほ「え……」

581: KASA 2017/01/08(日) 21:08:37.19 ID:etnK+hRjO
まほ「エリカは、なかなか足が重たくてな、前に進むのに苦労をしているんだ」

まほ「ポルシェ・ティーガーや、ティーガーⅡと……同じだよ」

みほ「……うん、わかった」

エリカ『……。』


みほ(エリカさんが、私に聞きたい事──)

みほ(やっぱり、養子のこと、かな)

みほ(……。)

みほ(エリカさんが、私達の家族になる……)

みほ(……)

みほ(反対はしない)

みほ(エリカさんのためでもあるって、お姉ちゃん言ってたもん)

みほ(それに、エリカさんがいっぱい悩んだんだってことも、今日、よくわかった)

みほ(……だけど……)

みほ(上手くやっていけるのかなって、やっぱり少し、私は不安……)


エリカ『……。』


みほ「……」


エリカ『あのさ』


みほ(……!)

みほ「はい」


エリカ『あんたの子どもってさ』


みほ「……はい」


エリカ『相手が誰なのか、わからないって、聞いた』

みほ「……。そう、です」

みほ「すごく、珍しい事で。世界中でも、ほんの数人だけだって」

エリカ『……。』

エリカ『あんた、それ、平気なの』

みほ「平気、て……?」

エリカ『だっ……大丈夫なのかって、聞いてんのよっ』

みほ「え……えと、今のところは、なんとか……」

エリカ『……。』

エリカ『……なんで?』

みほ「へ?」

エリカ『どうして、平気なの』

みほ「どうしてって……」


みほ(どういう意味だろう……)


582: KASA 2017/01/08(日) 21:09:31.03 ID:etnK+hRjO
エリカ『……私、この子を産みたいって、今はまた、思えるようになった』

みほ「……よかった」

エリカ『でもそれは』

エリカ『隊長が、一緒にいてくれるからよ』

みほ「うん」

エリカ『私も隊長と同じで、隊長にすごく依存してる』

エリカ『カウンセラーの先生にも、そう言われた』

エリカ『自分でも、その通りだと思う』

エリカ『もしも隊長がいてくれなかったら、私、やっぱり、産もうとは思えなかった、たぶん』

エリカ『良い母親になってあげられる自信……まだ、無いし……』


まほ『……エリカ』

 ぽん、ぽん

エリカ『ぁ……。』


みほ(……。)

みほ(お姉ちゃん)

みほ(さっきは、バカだなんて言ってごめんなさい)

みほ(お姉ちゃんはもう、とっても上手に、エリカさんをよしよし出来るんだ)

みほ(……。)

みほ(だけど今、エリカさんが言おうとしてることって、つまり──)

みほ(こうやって側で支えてくれる人が、私にはいない)

みほ(それでも平気なのかって、それを私に聞こうとしてる?)

みほ(……。)

みほ(それって、つまり)


みほ「エリカさん」

みほ「私の事を」

みほ「心配……」

みほ「してくれてるんですか……?」

エリカ『……。』

みほ「もしもそうだったなら」

みほ「……嬉しい」

みほ「……です」

エリカ『……っ』

エリカ『私』

エリカ『あんたの事は、まだ許してない』

みほ「……。」

みほ「それって」

みほ「私のせいで去年、黒森峰が優勝できなかったことを、ですか?」


エリカ『……っ!』

エリカ『違うわよっ!!』

583: KASA 2017/01/08(日) 21:11:01.82 ID:etnK+hRjO
みほ「っ、ご、ごめんなさい……」

みほ(……。)

みほ(本当に、ごめんなさい)

みほ(私、今)

みほ(わざと、間違えたんです)

みほ(エリカさんに、「違う」って言ってほしくて)

みほ(でもこれではっきり、分かった)

みほ(エリカさんが、今でも怒っているのは──)

みほ(……。)

みほ(私が黒森峰を止めた事)


エリカ『──。』

みほ「──。」


みほ(私がちゃんそれを分かってるって、画面の向こうで、エリカさんも気付いてる)

みほ(お互いの目を見れば、画面越しであっても、そうやって理解しあえる)

みほ(それが)

みほ(私とエリカさんの三年間)

みほ(私が黒森峰に置きざりにした……三年間……)

みほ「……」

みほ(だけど、エリカさんがこれから何を言おうとしてるのか)

みほ(今の私には、もう、わからない)

みほ(それを理解してるのは、もう、私じゃなくて──)


まほ「──。」


みほ(……それが少し、今は悔しい……)


エリカ『……。』

エリカ『あんたがちゃんと、謝ったなら』

エリカ『黒森峰に戻ってきたなら』

エリカ『一発ビンタして、それでまた』

エリカ『前みたいに戻れたらって』

エリカ『私、そう思ってた』

みほ「……!」

エリカ『あんたもいろいろ大変なんだって、私なりに理解してたつもり』

エリカ『……それなのに……』

エリカ『あんたは別の学校で』

エリカ『別の連中と』

エリカ『戦車道を始めた』

エリカ『すごく楽しそうに』


みほ(……。)

みほ(楽しかったことばかりじゃ、ないもん)

みほ(辛いこともいっぱいあった)

みほ(……エリカさん、何も、知らないくせに……)

584: KASA 2017/01/08(日) 21:12:13.53 ID:etnK+hRjO
エリカ『黒森峰からいなくなったくせに』

エリカ『あんたは、あんたのまま、ちゃんと、強いままで』

エリカ『私はすごく腹が立って』

エリカ『二度と許してやるもんかって』

エリカ『来年は絶対に私があんたをたたきつぶしてやるって』

エリカ『そう、思ってた……』

みほ「……。」

エリカ『だけど──もう、馬鹿らしくなった』


みほ「……え?」

みほ「どうして……」


エリカ『だって、私達』

エリカ『妊娠、してるのよ』

エリカ『妊娠よ、妊娠……』

エリカ『なんなのよこれ……』

エリカ『ありえないわよ……』

エリカ『隊長と一緒に、何度も何度もカウンセリングを受けて』

エリカ『やっと少しづつ、気持が落ち着いてきて』

エリカ『だけどその後も、ご飯はあんまり食べられないし、体重はどんどんへっていくし』

エリカ『そのうちに養子の話があったり、もう、これまでの日常が何もかもめちゃくちゃになって──』

エリカ『……気が付いたら、なんだかもう、色々な事が、どうでもよくなってた』

みほ「エリカさん、自暴自棄になっちゃ、だめ……」

エリカ『ばかっ、そーいうんじゃないわよっ。なんていうか……妊娠にくらべたら、大したことじゃないって、いうか』

エリカ『いや、違う、今の無し。そういうのとも、少し違う』

エリカ『……ああもぅ……なんでもっとうまく言えないよの……』

みほ「……。」

エリカ『あぁ、ええと、だから……』

エリカ『あんたも妊娠してるって聞いて』

エリカ『しかも、子供の父親が誰かさえ分からないって、今日、聞いて』

エリカ『あんたが今どれだけ辛いかは、少しだけ想像できる』

エリカ『隊長から聞いた通り、私もめちゃくちゃだったから』

エリカ『だから、そうやって、あんたの事色々考えて、結局頭に残ったのは……あんたへの怒りとか恨みとかじゃなくて……』


みほ「……エリカ、さん……?」


エリカ『……。』

エリカ『……。』

エリカ『……みほ、大丈夫かな、って……』



585: KASA 2017/01/08(日) 21:16:04.33 ID:etnK+hRjO
みほ「!」

みほ「……!」

みほ「エ──」

みほ「エリカさ──」


みほ(今)

みほ(私のこと)

みほ(『みほ』って……!!)


みほ(……っ)

みほ(どうして──)

みほ(どうしてだろう!?)

みほ(一体、いつから)

みほ(いつのまに私達は)

みほ(たったこれだけのことを、簡単に言えなくなっちゃったんだろう!?)

みほ(お互いを、心配する、そんな当たり前のことを、どうして素直に言えないんだろう!?)

みほ(私が、黒森峰を止めたから、なのかな……)

みほ(……。)

みほ(……っ)

みほ(……!!!)


みほ「エ……エリカさんの──」

みほ「ばかっ」

エリカ『!?』

みほ「ばかばかばか!!」

エリカ『な……なによっ!?』

みほ「あの時エリカさんが」

みほ「エリカさんがちゃんと私の事を引き留めてくれたら──」

みほ「私」

みほ「私──」

みほ「黒森峰を止めたりしなかった!!」



まほ『!?』

しほ「!?」




エリカ『なっ──』

エリカ『は、』

エリカ『はあああああああ!?』

エリカ『あんた、それ』

エリカ『い、今!?』

エリカ『今それを言うの!?』

エリカ『ば──ばっかじゃないの!?』

エリカ『いっ……』

エリカ『一年、遅いわよ!!』

587: KASA 2017/01/08(日) 21:22:14.76 ID:etnK+hRjO
みほ「っ、知らないもん! エリカさんが悪いんだもん!」


みほ(エリカさんが名前で呼んでくれた)

みほ(──嬉しいっ)

みほ(お姉ちゃん、これが、うれしょんな気持ちなのかなぁっ!?)

みほ(今、こんなことを言っても仕方がないのに!)

みほ(あぁ、私って本当に)

みほ(どうしてこうなんだろう)

みほ(どうしてもっと、積極的になれないんだろう)

みほ(今だって、エリカさんが名前を読んでくれたから)

みほ(手を引いてくれたから、それでようやく……!)

みほ(私、こんなので本当に、お母さんになれるの……!?)


エリカ『がっ……し、師範の顔、見てみなさい!』

エリカ『すっごい呆れてるじゃない!?』

みほ「!? ぁう……お、お母さん……?」


しほ「……。」


みほ(わぁぁ、す、すっごく渋い顔してる)

みほ(……あっ)

みほ(お姉ちゃんも──)


まほ「……。」


みほ(すごく困ったような、なんだか複雑そうな表情……)

みほ(うぅ)

みほ(でも、でもっ)

みほ(今じゃないと言えなかったんだもん!)


エリカ『……ありえない……ありえないわ……』

エリカ『……。』

エリカ『だ、だいたい……』

エリカ『私がそういうの苦手なの、知ってるでしょっ。私だって、ホントはちゃんと──』

みほ「……。」

みほ「そ──」

みほ「そんなの、ズルいです!」

エリカ『何がよ!?』

みほ「苦手だったら、エリカさんは何も言わなくていいんですか!?』

みほ「いつもいつも私やお姉ちゃんが、エリカさんの気持ちをさっしてあげなきゃだめなんですか!?」

エリカ『……う……』

みほ「エリカさんのお母さんだって、そーいう事を怒ってたんじゃないんですか……!?」

エリカ『ぐっ……!』

まほ『こ、こら! みほ、なんで今そんな話になるんだ!?』

みほ「エリカさんが悪いんだもんっ」

まほ『悪いんだもんって、み、みほ……』

588: KASA 2017/01/08(日) 21:24:04.10 ID:etnK+hRjO
しほ「……ハァ……」

しほ「……まほ」

まほ『は、はい?』

しほ「後は、貴方にまかせます」

まほ『へ?』

しほ「私は、シャワーを浴びてきます」


 すっく


まほ『あの、お、お母様……?』

しほ「……。」

しほ「私は、子ども同士の茶番にいつまでも付き合っていられるほど、暇な親ではありません」


 すたすたすた……


みほ「……。」

まほ『……。』

エリカ『……。』

まほ『ハァ、知らないぞ、私は』

エリカ『……うぅ、師範に呆れられた……』

みほ「……っ」

みほ(わ、私)

みほ(悪くないもんっ)

みほ(……。)

みほ(うぅ、後が怖い……)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

589: KASA 2017/01/08(日) 21:25:37.41 ID:etnK+hRjO
 ──ぴぽっ


>[接続 終了]


みほ「……。」


みほ(なんだか、いろんな事がうやむやになって)

みほ(すごくあっけなく、会話が終わっちゃった)

みほ「……ふぅ」

みほ(でも……あんまり寂しくないや)

みほ(だって)

みほ(『じゃあ、またね』って)

みほ(『どうせ近々また会うんだから』って)

みほ(そんな雰囲気で、お姉ちゃんも、エリカさんも)

みほ(そして……私も……)

みほ(……。)

みほ(こんな風にエリカさんとお話しできたの、いつぶりだろう)

みほ(それに、たった一回だけかもしれないけど、私のこと──)

みほ(『みほ』って)

みほ(~~~っ!)


みほ「……ハァ」

みほ「もう頭、ぐちゃぐちゃだよぉ」

みほ「……だけど……」

みほ(……よかったぁ……)

みほ「はふぅ……」

みほ「……。」


 <……ガチャッ


みほ「……!」

みほ(お母さんが、お風呂から戻ってくる)

みほ(うぅ、何か言われるのかなぁ)

みほ(心臓がバクバクいってるよう……)


 ……すた、すた、すた、すた


しほ「……。」

みほ(あ、寝間着やヘアバンドもちゃんと準備してたんだ。さすが、準備がいいなぁ……)

590: KASA 2017/01/08(日) 21:27:19.99 ID:etnK+hRjO
みほ「お、お帰りなさい。バ、バスタオルの場所、分かった?」

しほ「ええ」

みほ「そ、そう、よかった」

しほ「……もう、通信は切ったの?」

みほ「あ、はい。えと、エリカさんが、お母さんに」

みほ「今日は本当にありがとうございました、って……」

しほ「そうですか」

しほ「……。ふぅ……」


 ぺたんっ


みほ(う……お母さんが、テーブルの対面に正座した……)

みほ(これって)

みほ(お説教の雰囲気、っぽい……?)


しほ「……。」

みほ「……。」


しほ「……みほ」

みほ「っ! は、はい……」


みほ(……っ)


しほ「……。」

しほ「貴方の目から見てあの二人──おかしなところはなかった?」

みほ「……へ?」

しほ「何か、違和感のようなものは、あった?」

みほ「い、違和感?」

しほ「二人の距離が、以前よりも妙に近しいだとか、雰囲気がおかしいだとか、そういった事です」

みほ「……?」

みほ「……??」

みほ「そ、それはもちろん、こんな事があったんだし、以前よりも仲良くなると思うけど……」


みほ(華さんも沙織さんも、そど子さんも麻子さんも、皆そうだもん)

みほ(お互いに、支えあおうって……)


しほ「いえ、そういう事ではありません」

みほ「? ……???」

みほ「あの、ごめんなさい、良く分からない、です」

みほ「お母さん、何かお姉ちゃんとエリカさんの事で、心配していることがあるの……?」

しほ「……。」

みほ「だったら、教えてほしいです。そうでないと、ちゃんとした返事も、きちんとできません……」

しほ「……。」

みほ「お母さん……?」


みほ(あ……お母さんが考えてこんでいるときの、無表情だ……)

591: KASA 2017/01/08(日) 21:28:43.66 ID:etnK+hRjO
しほ「……。」

しほ「……あの二人にはまだ、伝えてはいないのだけれど……」

みほ「う、うん」

しほ「染色体共有者と被共有者の間で──」

しほ「ある特別な感情の発生が、あくまで稀に、ではあるけれど、認められる、と。」

しほ「そうした例が、これまでに十数件、国内外で報告されていて」

しほ「その情動は、被共有者から共有者に対して向けられる場合が多く──」

しほ「ハァ……頭が痛いわね……」

みほ「?」

みほ「???」

みほ「えと、特別な感情って……?」

しほ「……つまり」

しほ「いわゆる」

しほ「疑似的な恋愛感情」

しほ「とでも言うべきものです」

みほ「……へ?」

しほ「あの子達は、お互いが被共有者でもあるから」

しほ「なおのこと、発現の可能性は否定できないと、お医者様が私に説明を……」

みほ(え?)

みほ(れんあ──?)

みほ(へ?)

みほ「へぇぇぇ!?」


しほ「……。」

みほ「……」


みほ「お、」

みほ「お母さん」

しほ「何です」

みほ「もう……これで……全部ですか……?」

しほ「……何が?」

みほ「ま、まだ私に話ていない事があるのなら、今、全部言ってください」

みほ「も……もう、小出しはいや!」

みほ「でないと私、もう、頭がおかしくなっちゃいそうです」

みほ「まだ何かあるのかなって、私、びくびくすることになっちゃう……」

592: KASA 2017/01/08(日) 21:29:20.30 ID:etnK+hRjO
しほ「……。」

しほ「そうね、私が、悪かったわ」

みほ「え」

しほ「これで、全て」

しほ「もう、伝え残したことは無い」

しほ「約束をする」

みほ「そ、そう……。」

みほ「……。」

みほ「ハ……ハァァァァ」

みほ「よかった……」

みほ(……。)

みほ(違う、全然よくない……)

みほ(お姉ちゃんと)

みほ(エ、エリカさんが)

みほ(……。)

みほ(うそぉ……)

みほ(そりゃ、お互いに妊娠してるんだから)

みほ(お互いを大切に思う気持ちは当然だと思う)

みほ(だけど)

みほ(れ、恋愛感情って……)

みほ(それは、全然別問題だよぅ……)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

598: KASA 2017/01/12(木) 21:28:37.21 ID:KKMngF2OO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


みほ(お姉ちゃんと、エリカさんが、お互いに恋愛感情を……)

みほ「ほ、本当に、そんな事になっちゃうの……?」

しほ「現段階ではまだ、『その可能性がある』というだけです」

しほ「彼女達が、必ずそうなるというわけではありません」

しほ「ただし」

しほ「同性愛志向がどのようにして発現するのか、今は解明されていない以上は──」

みほ(ど、同性愛……)

しほ「それをどう防げばいいのかもまた、分からない」

しほ「つまり結局は、なるかならないかはほとんど運任せ、という事になるわね」

みほ「そんな……」

しほ「精神的なストレスが要因の一つではないか、というような仮説は一応あるようだから」

しほ「なるべく、彼女達の心に負担がかから無いよう、私も心がけてはいます」

みほ「……あの、こんな時にエリカさんを養子って、大丈夫なのかな……近くにいたら、よけいにそういう気持ちになっちゃうんじゃ……」

しほ「それについては、お医者様とも相談を重ねているわ」

しほ「心理学的な観点からみれば、むしろ遠ざけておくほうが返って余計な求心作用を煽るだろうと──」

みほ「そ、そう……」

しほ「ともかく」

しほ「今のところはどうにも対処のしようがない、というのが実状」

しほ「『そうはならない』という前提で、予定をたてていくしかないわね」

みほ「……。」

みほ「じゃあ、もし……」

みほ「もしも本当に」

みほ「お姉ちゃんとエリカさんが、そういうことになったら」

みほ「お母さんは、どうするの……?」


しほ「……。」


みほ(まさか)

みほ(勘当……)

みほ(う、ううん、いくらなんでもそこまでは)

みほ(だってお姉ちゃんは、何も悪くないのに……)


しほ「……。」

しほ「もし、本当にあの子がそうなってしまった時は──」


みほ(……。)


しほ「あの子に西住流を継がせる事は、難しくなるわね」


みほ「!!」

みほ「お母さん……!?」


しほ「落ち着きなさい、あの子を家から追い出すという事ではありません」

みほ「じゃあ、どうして」

599: KASA 2017/01/12(木) 21:30:06.65 ID:KKMngF2OO
しほ「王道から外れた者に──王者たる資格はありません」

みほ「……資格……」

しほ「仮に私が認めたとしても」

しほ「他の者は、まほを『家元』とは認めないでしょう」

しほ「私とて、簡単に『家元』の立場を勝ち取ったわけではないわ」

しほ「伝統というものは、大勢の人間に受け入れられ、共有され、初めて成り立つものなのです」


みほ(……。)

みほ(伝統なんか、どうだっていい)

みほ(そんなことよりも、お姉ちゃんを心配してあげてよ)

みほ(──って思うのは、私だから、なんだろうな……)

みほ(お家の問題は、お姉ちゃんにとっても、きっと重要な問題なんだ)


みほ「西住流を告げなくなったら、お姉ちゃん、きっと、辛いよね……」


しほ「ん。」

しほ「まぁ、そうね。」

しほ「……。」

しほ「……?」


みほ「あっ」

みほ「そ、それに、エリカさんも!」

みほ「そんな事になったら、それこそ『自分のせいで……』って」

みほ「どうしよう……」

みほ「エリカさん、やっと、元気になれたのに……」


しほ「……あぁ、そうね」


みほ「それにもちろん、お母さんだって、困るよね……」


しほ「……。」

しほ「……。」

しほ「……みほ」

みほ「ん、なに……?」

しほ「貴方のことだから」

しほ「西住流のことなんてどうでもいい、と」

しほ「きっとそんな風に言うのだろうと、そう思っていたけれど」


みほ「えっ……あー……」


みほ(み、見透かされてる……けど、黙っていよう……)


みほ「お母さんたちにとって西住流がどれだけ大切か──」

みほ「私だって今は、ちょっとだけ想像できます」

みほ「私にとっても、戦車道は大切、だから……」


みほ(私を、色々な人達と、結び付けてくれる……)

600: KASA 2017/01/12(木) 21:32:16.90 ID:KKMngF2OO
しほ「……。」

しほ「そうですか。」


しほ「……。」

しほ「……。」

しほ「………………………………。」


みほ(? ??)

みほ(ど、どうしたんだろう)

みほ(お母さん、黙り込んじゃった……)


しほ「……。」

しほ「……みほ。」

みほ「は、はい?」

しほ「もしもあなたが望むのなら──」

しほ「今一度、黒森峰女学園の門をくぐること──」

みほ(え──)

しほ「許可、しないこともないけれど」


みほ「へ……」

みほ「……へぇ!?」

みほ「!?」

みほ「!? !??」

みほ「な……どうして?」

みほ「なんで急に、そんな話を……」


しほ「……。」


 ──ドクン、ドクン、ドクン


みほ(何、これ、心臓が、顔が、身体が──すごく熱いよ……っ)

みほ(でも、でも──!)


みほ「お……お母さんがそういってくれるのは嬉しいです……」

みほ「でも」

みほ「だけど」

みほ「私の戦車道は──ここに……大洗にあります」

みほ「だから」

みほ「ごめんなさい……」

しほ「……そう」

しほ「あの子が引き留めていたら、黒森峰を止めなかったとかどうのと言っていたけれど──」

しほ「あれは?」

みほ「……っ」

みほ「でも、仮にあのまま黒森峰にいたとしたら」

みほ「多分、今ほど戦車道を好きには、なっていなかったと、思います……」

みほ「……だから、ごめんなさい……。」

601: KASA 2017/01/12(木) 21:37:04.13 ID:KKMngF2OO
しほ「……。」

しほ「……。」

しほ「……そうですか」

しほ「わかりました」


みほ「……はい……」

みほ(……。)

みほ(沙織さん、華さん、麻子さん、優花里さん、皆……)

みほ(ごめんなさい)

みほ(私、今、少しだけ……揺れちゃったんです……)

みほ(お母さんが、黒森峰に帰ってくるかって、それが、嬉しかった……)


しほ「……まぁ、しかたがありません」

しほ「今からでももう一人」

しほ「頑張って産んでおくべきかしらね」

みほ「」

みほ「……へっ!?」

みほ「じ、冗談……だよね?」

しほ「……。」

しほ「まほもダメ」

しほ「あなたもダメ」

しほ「となった場合」

しほ「私に取りうる、現実的な打開策の一つです」


みほ「」

みほ「」

みほ「お……おかあさんっ!!!」

しほ「……夜中に大声を出さないで。お隣さんに迷惑でしょう」

みほ「私達はお母さんの道具じゃないんだよ!!??」

しほ「……まったく……」

しほ「結局、そんな話になるのね」

みほ「何が!?」

しほ「貴方も少しは親の苦労を──家元というものを理解できるようになったのかと思たけれど」

しほ「またしても、買いかぶりだったようね」

みほ「も」

みほ「も」

みほ「もうヤダ! 頭がおかしくなっちゃうよぉ!!」

602: KASA 2017/01/12(木) 21:39:45.63 ID:KKMngF2OO
みほ(うぅ、うぅ、うぅ)

みほ(私、お母さんにすごく腹が立つのに)

みほ(そのはずなのに!)

みほ(私)

みほ(少しだけ喜んじゃってる……)

みほ(お母さんが、ほんの少しでも私の事……あてにしてくれた!)

みほ(そんなの全然、嬉しくないはずなのに)

みほ(そのはずなのに!)

みほ(私、私……おねえちゃあん! 私、自分がよくわかんないよぅ……!)


しほ「みほ、落ち着きなさい」

しほ「ともかく、まほやエリカには、この件はまだ黙っていなさい」

みほ「い、言えるわけないよっ!」

しほ「まほやエリカには、二人がもう少しおついてから──」

しほ「それと、わかっていますか、みほ」

みほ「うう……なんですか……」

しほ「これは、まほやエリカだけの話ではないのよ」

しほ「可能性は薄いと思うけれど、あなたにも可能性はある」

みほ「え……?」

しほ「もし──もしも、同性の子に、何らかの感情を抱いてしまったら──」

しほ「その時は、ちゃんと、母に打ち明けなさい」

みほ「うちあ……ええ!?」

しほ「その事であなたを邪見にしたりはしません」

しほ「ただ、家元として──知っておく必要がある」

しほ「分かるわね?」

みほ「いや、え、ええ……?」

みほ(わ、私が、友達の事を好きに……)

みほ(そ、それはたしかに)

みほ(エリカさんや)

みほ(それに……優花里さん……)

みほ(私にとって、特別な友達)

みほ(だ、だけど)

みほ(れ、恋愛感情って……)

しほ「……みほ」

みほ「! は、はい」

603: KASA 2017/01/12(木) 21:40:27.09 ID:KKMngF2OO
しほ「理解できなくてもいい、ただ、お願いだから、約束して頂戴」

しほ「もしもの時は」

しほ「私に」

しほ「隠さずにちゃんと打ち明けると……いい?」

みほ「う、うう……」

みほ(なんだか、おかあさん、すごく真剣……)

みほ「わ、わかりました……」

しほ「……。」

みほ「……。」

しほ「いいわ。あなたもお風呂してきなさい」

しほ「今日はもう、寝ましょう」

みほ「……は、はい」


 すっ……

 フラッ……


みほ「わ、とと……」

しほ「気をつけなさい。大丈夫?」

みほ「うう、ちょっと頭が混乱して……」

しほ「ゆっくりと、湯につかってきなさい」

みほ「はぁい……」


みほ(……うぅ)

みほ(おねえちゃぁん……)

みほ(エリカさぁん……)

みほ(みんなぁ……)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

607: KASA 2017/01/15(日) 09:48:34.53 ID:jlrFLxUBO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 カッチ、コッチ、カッチ……


みほ(眠れない。時計の音が、すごくハッキリと聞こえる)

みほ(あと少しで、明日になる)


みほ(……長い一日だったなぁ……)



 ……しゅる……



しほ「ん、ふ……。」


みほ(……。)

みほ(お母さんが、私の家で、寝てる)

みほ(カーペットの上に寝転がって、寝てる)

みほ(『あの』、お母さんが)

みほ(……変な感じ……)


しほ「……。」


みほ(……。)

みほ(この人は私の、お母さん)

みほ(私はこの人の、娘)

みほ(それでね)

みほ(あなたは私の、子供で──)

みほ(私はあなたの、お母さんです)


 カッチ、コッチ、カッチ……


みほ(お母さん)


みほ「……ありがとう……」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

608: KASA 2017/01/15(日) 09:51:52.63 ID:jlrFLxUBO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


みほ(──。)


 トントントントントン……。


みほ(ん)

みほ(もう、朝?)

 
 トントントントントン……。


みほ(?)

みほ(何の音だろう)

みほ(あ)

みほ(お母さんが、キッチンで、料理)

みほ(朝ご飯作ってくれてるのかな)

みほ(……。)

みほ(お母さん、本当に、お母さんみたい)

みほ(……。)

みほ(なんだか別人になったみたい)

みほ(急に優しくなったよね)

みほ(……。)

みほ(なんでだろう?)

みほ(聞いたら、教えてくれるかなぁ)

みほ(後で、聞いてみようかなぁ)

みほ(もう少し、お母さんの音を聞ききながら、寝ていたい……)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

609: KASA 2017/01/15(日) 09:53:13.52 ID:jlrFLxUBO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
 ……かちゃ、かちゃ……


みほ「……お土産の明太子、おいしい、です」

しほ「そう」


 ……かちゃ、かちゃ……


みほ「……。」

しほ「……。」

みほ(どうしてだろう)

みほ(昨日はあんなに何でもお母さんに言えたのに)

みほ(今朝は……。)

みほ(うーん……。)

みほ(お母さん、もう、帰っちゃうのに)

みほ(聞いておきたいことも言いたい事も、まだまだたくさん、あるのに)

みほ「……。」

みほ「……っ」

みほ「あ、あの……っ」

しほ「?」

みほ「も、もし本当にお母さんも赤ちゃんを産むのなら、その時はちゃんと──」

みほ「改めて、教えて欲しいです」

しほ「……なんですって?」

みほ「こ、この年で妹が……弟かも?……が、できるかもっていうのは、すごく変な気持ちで」

みほ「だけどっ」

みほ「お母さんの考えも、ちょっとだけ、理解はできる、かもしれない」

みほ「だから」

みほ「せめて、前もって教えてください……」

しほ「……。」

しほ「……みほ」

みほ「は、はい」

しほ「……ハァ、あなたね……」

しほ「今の私に、子どもをこさえている余裕など──」

しほ「あるはずがないでしょう?」

みほ「……へ?」

しほ「まほが妊娠、あなたも妊娠、あの子の養子の件だって。それに輪をかけて、戦車道全体の問題も──」

しほ「そのうえさらに自分も妊娠だなんて、許容できるわけがないでしょう」

610: KASA 2017/01/15(日) 09:53:42.45 ID:jlrFLxUBO
みほ「え……じ、じゃあ、昨日の話は……冗談……?」

しほ「当たり前です」

みほ「で、でも! 西住流の家元の問題で──」

みほ「お母さんは本当に困ってるんだって……」

しほ「……。」

しほ「そんなに家の心配をしてくれるのなら──」


しほ「いいから、黒森峰へ戻ってきなさい」


みほ「……!」

みほ(……っ)


 ──ドクン、ドクン、ドクン──


みほ(だ)

みほ(だめだめだめ……!!)

みほ「そ、それは、その……」


しほ「……。」

しほ「……。」

しほ「……冗談よ」

611: KASA 2017/01/15(日) 09:54:13.46 ID:jlrFLxUBO
みほ「……。」

みほ「お、お母さんの、冗談は……わかりにくいです……」

しほ「……。」

しほ「ともかく、言っておきますが──」

しほ「家の問題を、貴方に考えてもらう必要はありません」

みほ「……。」

みほ(そんな風に、言わなくたって……)

しほ「まほがあの子に言ったいる事でもありますが──」

しほ「そういう事は西住の棟梁たる私が考えるべき問題です」

しほ「貴方は今、自分の事をまず第一に考えていればいいの。……余計な心配をされては、かえって迷惑です」

みほ(……。)

みほ(……お母さん……)

みほ「……わかりました。」

みほ「……ありがとう、お母さん」

しほ「……。」

しほ「わかったら、早く食べなさい」

しほ「食べたらもう、私は出るわよ」

みほ「……ん」

みほ(……。)

みほ(お母さん、本当に優しくなった)

みほ(やっぱり少し、不思議)

みほ(でも……どうして?って聞くのは、また今度にしよう)

みほ(今は……一緒にご飯を食べられれば、それでいいや……)



 かちゃ、かちゃ、かちゃ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

612: KASA 2017/01/15(日) 09:54:52.09 ID:jlrFLxUBO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


みほ「お母さん、靴ベラ」

しほ「ん、ありがとう」


 こっ、こっ、こっ……
 

しほ「病院の先生のいう事を、良く聞くように」

みほ「うん」

しほ「検査入院が終わったら、とりあえず一度連絡をなさい」

みほ「はい」

しほ「それじゃ、しっかり頑張るように」

みほ「うん、頑張る」


 ──がちゃっ


みほ「あの……また」

しほ「ええ、また……じゃあね」

みほ「うん……」


 ──ガチャン


みほ「……。」

みほ「……。」

みほ(行っちゃった)

みほ(お姉ちゃんもお母さんも──)

みほ(ほんと、あっさりだなぁ……)


 ……ぴとっ


みほ(ドア、冷たい)


『……こっ、こっ、こっ、こっ……』


みほ(お母さんの足音が、遠のいてく)

みほ(……。)


 ……とたとたとたとた

 ……ガラガラガラッ


みほ「わー、今日もいい天気」

みほ「……。」

みほ「……。」

みほ(あ、お母さんでてきた)

613: KASA 2017/01/15(日) 09:56:30.28 ID:jlrFLxUBO
 ……かっ、かっ、かっ、かっ……


みほ(……。)

みほ(お母さんて、歩く時も、背筋が真直ぐなんだなぁ)


  ……かっ、かっ、かっ、かっ……


みほ(……。)

みほ(振り向きもせず、真直ぐに真直ぐに、ただ前へ)

みほ(私はあんな風には、なれないだろうなぁ。お姉ちゃんはきっと、なれるんだろうけど──)


  ……かっ、かっ、かっ、か……



  ……こっ


みほ(?)

みほ(立ち止まった──)


しほ『……。』

しほ『……。』クルッ


みほ(わ!? 振り向いた!?)

614: KASA 2017/01/15(日) 09:57:21.75 ID:jlrFLxUBO
しほ『……。』

しほ『!』


みほ(ふやっ!)


しほ『……。』

みほ「……。」


みほ「い──」

みほ「いってらっしゃい! お母さん!!」


しほ『……。』


しほ『……。』ノシ


しほ『……。』クルッ


……かっ、かっ、かっ、かっ……

みほ「……。」

みほ(……なんか、変な事言っちゃった)

みほ「……。」

みほ「……。」

みほ「よしっ」

みほ「私も顔を洗って」

みほ「歯を磨いて──」

みほ「学校に行こ~」




 ──やーってやーるやーってやーる~♪──



──や~ってやーるぜっ♪──



みほ(あ、電話、誰だろう)

みほ「いーやな、あーいつっを、フーンフフンフンフーン♪」



 トタタタタ



  ──け~んかはうーるもの、ど~うどうと~~~♪──



  ──かーたでかーぜきり~……




>着信[愛里寿ちゃん]

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

622: KASA 2017/01/16(月) 22:08:34.22 ID:X3Pl5bqnO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


──やってやーる──


 >着信『ありすちゃん』



みほ「……。」

みほ(早く、電話にでなきゃ)

みほ(だけど)

みほ(電話にでるのが……怖い……っ)


みほ「でも、そんなはず、ない」

みほ「そうだよ」

みほ「そんなこと、あるはずない……」

みほ「だって愛里寿まだ、十三歳なんだよ!?」



 ──十代の少女が妊娠──


みほ「……っ」


みほ(私の初潮は、11歳のときだった)

みほ(生理が始まれば、女の子の身体はもう赤ちゃんを産める──)

みほ(それは、そうかもしれないけどっ)

みほ(……。)

みほ(……ニュースで見たいことがある」


みほ(世界には10才で結婚させられて、子供も産まなきゃいけない、可愛そうな子がいるって……)

みほ「……いやっ!」

みほ「やめて!」

みほ「そんなのは遠い遠い国の話で──」

みほ「私の友達のお話とは違うもん!」


みほ「あぁ……お母さん!」

みほ(帰ってきて! 一人で電話にでるの、怖いよ!)

みほ(お母さんに、隣にいてほしい……!)

623: KASA 2017/01/16(月) 22:10:11.03 ID:X3Pl5bqnO
 ──やってやる~やってや~る……──

 ──……。


みほ「……あっ」

みほ「……。」

みほ(『携帯を、忘れて学校にいっちゃった』)

みほ(『ごめんね、歩いてて気が付かなかった』)

みほ「……だめ、一時逃げて、先送りしても、何も変わらない」


みほ(……愛里寿ちゃん……)

みほ(……。)

みほ(……っ)

みほ(そうだよ、もしも、愛里寿ちゃんが電話の向こうで泣いてたら……」

みほ(どうしても誰かに慰めてほしくて、電話をしてたなら)

みほ(だったら! それこそ電話に出てあげなきゃダメだよ!)



 ──ぴっ、ぴっ、ぴっ


 ──とぅるるるるるる、とぅるるるるるるる──



みほ(お母さん、怖いよ、お母さん……)

みほ(……でも、甘えちゃだめっ、お母さんを頼ってばかりじゃ)

みほ(私が、ママに、なるんだもんっ)

みほ(・・・・・・っ!!!!)

626: KASA 2017/01/17(火) 20:24:03.81 ID:nmBJYm48O
 ──とぅるるるるる、とぅるるるるるる──



みほ「……。」

 どきどきどき



 ──とぅるるる……ぴぽっ



みほ(つながったっ)

みほ「も、もしも──」


愛里寿『もしもしみほさんっ!?』


みほ(……!)

みほ「う、うん、私だよ」

みほ「ご、ごめんね、すぐに電話に出れなくて」


愛里寿『ううん! 私のほうこそごめんなさい。朝早くに電話して』

みほ「い、いいよ、全然気にしないで?」


みほ(あれ……?)

みほ(愛里寿ちゃんの声、すごく元気だし、とっても明るくて可愛い……)

みほ(もしも妊娠してたら、こんな風におしゃべりできるはずが──)

みほ(──じゃあ! やっぱり妊娠なんかしてない!?)

みほ(……そうだよ! そうにきまってる!)

みほ(だって、13歳の女の子が、妊娠なんかしていいはずないもん!)

みほ(……よかった! 本当によかった……!)


みほ「う、ううん! 全然大丈夫だよ。電話してくれてありがとう」

みほ「愛里寿ちゃん、元気にしてる?」

愛里寿『うん! すごく元気だよ!』

みほ「そっか……よかった……!」

愛里寿『みほさんは? 元気?』

みほ「私は……う、うん、私も、元気だよ」

愛里寿『そっか、よかったぁ』




愛里寿『赤ちゃんのためにも、お母さんは元気でいなきゃだもんっ、えへへ』




みほ「──────え?」



みほ「……『赤ちゃんのためにも』……?」


みほ(……何?)

みほ(……何を言ってるの……)

627: KASA 2017/01/17(火) 20:24:56.60 ID:nmBJYm48O

愛里寿『?』

愛里寿『みほさん?』


みほ(……。)

 ──キン、キン、キン──

みほ(あ──頭が──)

みほ(チカチカして)

みほ(『言葉』がわからない──)


愛里寿『? ?? あ……そっか、何で知ってるのって、驚かせちゃったかな……』

愛里寿『実はね、お母様がみほさんの事を教えてくれたの』

愛里寿『ホントは機密事項だけど、特別にって……』

愛里寿『秘密だから、みほさんにも、勝手に連絡しちゃいけないよって言われてたんだけど……』

愛里寿『だけど私、どうしてもみほさんとお話ししたくて!』

愛里寿『みほさんも明後日から、つくばの病院にお泊りするんだよね?』


みほ「……!?」

みほ(『みほさん、も』……)


愛里寿『その時みほさんに会えるんだって、赤ちゃんのお話し、みほさんといっぱいしたいなぁって!』

愛里寿『考えてたらすごくワクワクして』

愛里寿『どうしてもみほさんの声を聴きたくなって……』


みほ「……。」

みほ「……。」


愛里寿『……みほさん……えと……やっぱりこんな朝に電話しちゃ、迷惑だったの、かな……』

628: KASA 2017/01/17(火) 20:25:59.09 ID:nmBJYm48O
みほ(……すぅ、はぁ……)

みほ「……愛里寿ちゃん、ごめんね、一つだけ、まず、教えて、くれるかな……」

愛里寿『う、うん?』

みほ「愛里寿ちゃんは──」


みほ(おねがいです──)

みほ(間違いで──)


みほ「妊娠」

みほ「してるの?」


みほ(何かの勘違いであってください──)



愛里寿『うん!』

愛里寿『私もママになるんだよっ!』




みほ(──。)

みほ(ああ……)

みほ(ああああ……)

みほ(ああああああ……)


 ……くらっ……


みほ(……っ)

みほ(ダメ!!)

みほ(踏ん張れ……!)

みほ(倒れちゃだめ!!)

みほ(踏ん張れ、私!!!)

みほ(踏ん張らなきゃダメ……!!!)

みほ(神様を、恨んでもしかたない……!)

みほ(憎むための何かを探してもしかたがない……!)

みほ(受け止めなきゃ……!)

みほ(愛里寿ちゃんの言葉を──)

みほ(まっすぐに、現実を!)

みほ(お母さんみたいに、会長みたいに!)

みほ(そうじゃないと──)

みほ(私は一生ママになんかなれない……!)

632: KASA 2017/01/18(水) 21:46:42.60 ID:E4nSIg+JO
みほ「愛里寿ちゃん」

愛里寿『うん?』

みほ「元気そうで安心したけど……本当に大丈夫?」

愛里寿『……?』

みほ「妊娠してるんだもん。不安な事や心配な事、いっぱいあるんじゃないのかな……」

愛里寿『ん……もちろん、ちょっとだけ不安だけど……』

愛里寿『でも私ね、ずっと赤ちゃんがほしかったんだ!』

みほ「え……。」

愛里寿『だって赤ちゃんって、とってもかわいいもの!』

愛里寿『軽くて、柔らかくて、小さくて、いい匂いがして……』

愛里寿『私も早くお母さんになりたいなぁって、ずっとずっと思ってた……!』

みほ「……。」

みほ「そう、なんだね……」

愛里寿『それでね、赤ちゃんが少しだけ大きくなったら、一緒にボコミュージアムにいくんだよっ』

愛里寿『スペース・ボコンテンはまだ早いかもしれないけど……』

愛里寿『イッツ・ア・ボコワールドになら、きっと一緒に乗れるよね!』

みほ「う、うん、そうだね、きっと一緒にのれる……」


みほ「……。」


みほ(あぁ……この感じが、そうなんだ。)

みほ(本当にまるで──)

みほ(『胸の奥が締め付けられてるみたい』。)

みほ(……っ。)

みほ(愛里寿ちゃんの無邪気な声が、とっても辛い。)

みほ(エリカさんみたいに苦しむよりは、ずっといい──)

みほ(そのはずなのに……。)

みほ(どうしても、愛里寿ちゃんの嬉しそうな声が声が、悲しい……っ)


みほ「ね、ねぇ、愛里寿ちゃん……」

愛里寿『うん?』

みほ「愛里寿ちゃんのお母さんは、もちろん、赤ちゃんの事、知ってるんだよね……?」

愛里寿『うん、知ってるよ。お母さんと一緒に、連盟の人やお医者様に説明をしてもらったんだよ』

みほ「愛里寿ちゃんのお母さん、えと、びっくりしてたよね……?」

633: KASA 2017/01/18(水) 21:47:17.13 ID:E4nSIg+JO
みほ(愛里寿ちゃんのお母さんも、平気でいられるはずがない……)


愛里寿『お母さんはね……おめでとうって!』

みほ「……え!?」

愛里寿『よかったね! えらいねって──褒めてくれたよ!』

みほ「!? !??」

愛里寿『私が一生懸命に頑張ってるから、神様がきっと、贈り物をしてくれたんだって……!』

愛里寿『皆で一緒に、新しい家族をお祝いしようねって……!』

みほ「そ、そう、なんだ……」


みほ(……!?)

みほ(『おめでとう』……!?)

みほ(自分の娘が、13歳の娘が、原因不明の妊娠──)

みほ(命に関わることかもしれないし、一生がおかしくなってしまうかもしれないのに……。)

みほ(……。)

みほ(……あ……)

みほ(もしかして……)

みほ(……愛里寿ちゃんの、ため……?)

みほ(愛里寿ちゃんを怖がらせないために、不安にさせないために)

みほ(『これは素晴らしいことなんだよって』……。)

みほ(愛里寿ちゃんの無垢な気持ちを気付つけないように──)

みほ(愛里寿ちゃんの心を守るために……!?)


みほ(もしもそうなら──)

みほ(それを、私が台無しにしちゃいけない)

みほ(その思いやりと頑張りを、私が壊すわけにはいいかない……)


みほ「──わ」

みほ「私や、私の赤ちゃんも一緒に」

みほ「皆でボコミュージアムにいけたら、いいね……っ」


みほ(──っ、辛いっ)

みほ(辛いよぉ……!!!)

みほ(お母さん……!!!)

634: KASA 2017/01/18(水) 21:48:26.57 ID:E4nSIg+JO
愛里寿『そうだね! すごく楽しいと思う!』

みほ「う、うん……うん……っ」

みほ「……。」

みほ「あの、それでももしも心配な事があったら……何でも言ってね!」

みほ「私、いつでもお話しを聞くから!」

愛里寿『うん、ありがとう』

愛里寿『でも、きっと大丈夫だよ』

みほ「そ、そうかな」

愛里寿『うん。妊娠は確かに大変……でも、お母さんが一緒にがんばろって言ってくれるし。それにお医者様もとても優しくしてくれるんだ』

みほ「……そっか……」


みほ(でも、たしかに、そうだよ、愛里寿ちゃんの気持ちが一番大事なんだ……)

みほ(いくら私が辛くても)

みほ(いくら愛里寿ちゃんの笑顔がけな気で悲しくても)

みほ(そんなの、関係ない)

みほ(愛里寿ちゃんが元気で、未来に希望をもっていられることが、絶対っ、一番重要だよ……っ!)


みほ「っ……よかったね! お母さんたちが、祝福してくれて!」

みほ「きっと、愛里寿ちゃんのあかちゃんなら、とってもかわいいよ!」


愛里寿『うん!』

愛里寿『だから私も、頑張らなきゃ!』

みほ「私達も、ボコみたいに頑張ろうね」


愛里寿『……っ!』


愛里寿『……ボ……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『……。』

みほ(……?)

みほ「愛里寿ちゃん……?」

愛里寿『……。』

愛里寿『う、うん、頑張るね……』

みほ「……? えと……ああ、そうだ、それと愛里寿ちゃんのパパは──」

愛里寿『──っ、ごめんね、もう切るねっ、……ありがとう!』



みほ(──え!?)

635: KASA 2017/01/18(水) 21:49:39.22 ID:E4nSIg+JO
みほ「待って!、まだ──」

愛里寿『ごめんなさい、ばいばいっ』



 ──ぷっ   ツー、ツー、ツー



みほ(ど……どうして……)

みほ「……。」

みほ「……。」

みほ「……あ……」


みほ(……一緒だ)

みほ(あの時の私の電話の切り方と、一緒だ)

みほ(早く電話をきりたくて)

みほ(急に話をやめる)

みほ(だって)


 ──どくんっ……──


みほ(早く電話を切らないと──)


 ──どくんっ、どくんっ──


みほ(涙があふれてしまうから──!!)


 ──キィィィィィィィィィィィィィィィン!!!──


みほ「愛里寿ちゃんっ!!」


 ──ぴっ、ぴっ、ぴっ

 ──とぅるるるるうる どぅるるるるるるる


みほ(電話にでて、お願い!)


 ──とぅるるるるるるる とぅるるるるるる


みほ(愛里寿ちゃんは、何かを黙ってる! 本当の気持ちを、何かを隠してるっ)

 
 ──とぅるるるるるる どぅるるるるるる とぅる……


みほ「あ……!?」

みほ(愛里寿ちゃん……)

みほ(……。)

みほ(……っ)

みほ(……!!)

みほ(あきらめちゃだめだ!)

みほ(今、絶対に、愛里寿ちゃんを一人にしちゃいけないときだ!!)

みほ「そうだよねっ、エリカさん! お姉ちゃん!」

636: KASA 2017/01/18(水) 21:53:22.28 ID:E4nSIg+JO
 ──ぴっ! ぴっ! ぴっ!

 ──とぅるるるるるる どぅるるるるる


みほ(もし、愛里寿ちゃんが電話にでてくれなかったら)

みほ(お母さんに連絡をとって、島田のお家に電話をする)

みほ(ううん、それか──お家を教えてもらって、会いに行く!)

みほ(絶対に、絶対に愛里寿ちゃんに連絡を取らなきゃ!!)


 ──とぅるるるるうるる


みほ(絶対に──)


 ──とぅるるる ──ぴぽっ



みほ(!)

みほ(つながった!?)



みほ「も、もしもし?」

みほ「愛里寿ちゃん……?」


愛里寿『……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『……っ、……っ』


みほ(──。)

みほ(この、)

みほ(小刻みに息を吸うような音)

みほ(……っ)

みほ(やっぱり……っ)


愛里寿『……みほ、ざぁん……ひっ、えぐっ……』


みほ「あ──」

みほ「愛里寿ちゃん!!!」

639: KASA 2017/01/21(土) 11:56:54.93 ID:92Ft49gOO
みほ「──。」


みほ(声を乱しちゃ、ダメ……っ)

みほ(こういう時こそ、落ち着いていないと)

みほ(……ふぅー……)

みほ(ゆっくり、ゆっくり、優しくしゃべる……)


みほ「愛里寿ちゃん、泣いてるの?」

愛里寿『……みほさ……ふぇっ……っひぃ……』

みほ「妊娠が、怖い?」

愛里寿『ひん……。』

愛里寿『私、ボコにたいになりたかったのに』

愛里寿『でも、なれないもん……』

みほ(??)

みほ「そんなことないよ? 愛里寿ちゃんも、きっとボコになれるよ」

愛里寿『でも、頑張らなきゃって思ってるのに』

愛里寿『赤ちゃん産んであげなきゃって』

愛里寿『だけど怖いけど、それでも頑張らなきゃって』


みほ(……こんなのって、むごすぎる……)


みほ「怖い、よね。そうだよね、怖くてあたりまえだよ」

みほ「私だって、怖いもん……」

みほ「ねぇ、愛里寿ちゃんの気持ち、お母さんは知ってるのかな……?」

愛里寿『……。』

愛里寿『お母様には、言ってない……』

みほ「そっか……」

みほ「ちゃんと、伝えたほうがいいと思う……」

愛里寿『……。』

愛里寿『……でも……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『お母様、泣いてた』

みほ「え……?」

愛里寿『病院からお家に帰ったと、お母様、自分の部屋で、泣いてた……』


みほ(……!)

640: KASA 2017/01/21(土) 11:57:27.19 ID:92Ft49gOO
愛里寿『お母様は、私を励ますために、頑張ってくれてる』

愛里寿『だから私も、しっかりしなきゃって……』


みほ(……愛里寿ちゃん……!)

みほ「愛里寿ちゃんは、偉いよ……私なんかよりも、ずっとずっと、大人だよ……」


愛里寿『だけどやっぱり、私、怖い……』

愛里寿『赤ちゃんは欲しかったけど』

愛里寿『こんな早くにだなんて、思ってなかった』

愛里寿『今日も、一人で目が覚めで、なんだかすごく怖くて』

愛里寿『それで、みほさんの声をきいたら、元気がでるかなって思ったの……』

みほ「……っ」

愛里寿『みほさんも妊娠してるって、お母様に来たから……一緒にがんばろって、勇気づけてくれるって思って……』


みほ(……聞いてられないよっ)


みほ「愛里寿ちゃん」

みほ「ね、お母さんに、言お?」

みほ「本当は怖いんだって……ちゃんと言おう?」

みほ「そんなに頑張らなくたって、いいんだよ……!?」


みほ(早すぎる──)

みほ(愛里寿ちゃんのお母さんだって、それを分かってる)

みほ(だったら!)

みほ(悲しくても、辛くても)

みほ(その先にある選択肢を──)

みほ(真剣に、一緒に考えてあげたほうがいいんじゃ……!?)

みほ(だって愛里寿ちゃんはまだ、13歳なんだよ……!?)


愛里寿『……。』

愛里寿『……それは、やだ……』


みほ「どうして……!?」

みほ「お母さんのことが、心配なの……?」


愛里寿『……。』

愛里寿『だって、そんな事をしたら』

愛里寿『……もしかしたら……』

愛里寿『この子は──』


みほ(……!!!!)

みほ(愛里寿ちゃんは──)

みほ(本当にすごく賢いんだ……!)

みほ(勉強ができるだけじゃない、心も体も、ちゃんと飛び級してる!)

みほ(それは良いことのはずなのに、そのせいで今、愛里寿ちゃんは……っ)

641: KASA 2017/01/21(土) 11:58:27.33 ID:92Ft49gOO
みほ「赤ちゃん、産んであげたいんだね……」

愛里寿『……うん……』

愛里寿『それなのに、どうしても、怖い……情けない……』

愛里寿『……。』

愛里寿『みほさん』

愛里寿『私……』

愛里寿『……ボコに、なりたい……』

みほ「……愛里寿ちゃん……っ」

みほ「ね、やっぱり、お母さんに言おう……?」

愛里寿『え……』

みほ「妊娠は怖い、だけどそれでもやっぱり産みたいって、ちゃんとお話ししよ……!?」

愛里寿『……。』

愛里寿『私が、私さえ頑張れば』

愛里寿『お母さんんい今以上に心配をかけなくてすむ。』

愛里寿『この子だって、産んであげられるんだ』

愛里寿『だから、やっぱり』

愛里寿『言うわけにはいかない。』


みほ(……!)

みほ(愛里寿ちゃんの声、もう、さっきまでの鳴き声じゃない)

みほ(私とお姉ちゃんを、たった一両で迎え撃つ、あの時のような──)

みほ(……数秒前の愛里寿ちゃんとは、まるで別人みたい)

みほ(……子供と大人、その間で、ふあん亭に揺れてる、のかな……)

みほ(ならせめて、落ち込んだ時に、側で支えてくれる誰かがいてくれたら……)

みほ(……あっ)



みほ「愛里寿ちゃん」

愛里寿『?』

みほ「子供の、パパは誰……?」

愛里寿『え?』

みほ「赤ちゃんのパパは、誰なのかな……?」

愛里寿『えと、ルミ、だよ』

みほ(「ルミ」さん……?)

みほ(ああ、連盟の広報新聞で、顔写真を見たような──)

愛里寿『みほさん達とも、一緒に戦った』

みほ「やっぱり、戦車道の人なんだね。それで、その人と愛里寿ちゃんとは……仲良し?」

愛里寿『えと……う、うん。ルミは、私の事を可愛いっていってくれるし、それに眼鏡をかけてるから、とっても頭がいいの……』

愛里寿『赤ちゃんの事、もちろんびっくりしてたけど、『責任とらなきゃいけませんね』って、笑ってくれたよ』

愛里寿『ルミは、優しいから……』


みほ(ちゃんと信頼してる人なんだ、よかった……!)

みほ「ルミさんには、私に聞かせてくれたようなこと、お話ししてるのかな……?」

642: KASA 2017/01/21(土) 11:59:00.28 ID:92Ft49gOO
愛里寿『それは……』

愛里寿『してない……』

愛里寿『心配、かけたくなくて』

愛里寿『ホントは、みほさんにも言っちゃいけなかったんだって、少し、思ってる……』


みほ「そ、そんなことないよ! 愛里寿ちゃんが悩みを打ち明けてくれて、私、すごく嬉しかった!」

愛里寿『……ほんとに?』

みほ「愛里寿ちゃんのパパになって、ぎゅーって抱きしめてあげたいよ!」

愛里寿『みほさん……』

みほ「でも悔しいけど、愛里寿ちゃんのパパは、ちゃんと他の人がいる……」

みほ「ねぇ愛里寿ちゃん、ルミさんにだけは、本当の気持ちを打ち明けても、いいんじゃないかなぁ」

愛里寿『……。』

みほ「私がパパだったら……自分の子供を産んでくれる人の悩みは、全部知りたいって、思う……」

みほ「嬉しいことも、心配なことも、一緒に全部感じていた言って、そう思うよ……」

みほ「だって、愛里寿ちゃんが産もうとしてる赤ちゃんは、二人の子供なんだもん」

愛里寿『……。』

愛里寿『……そう、なのかな……』

愛里寿『ルミになら……打ち明けても、いいのかな……』

みほ「きっと、ルミさんも、言ってくれないほうが、悲しいんじゃないかな」

愛里寿『……。』

愛里寿『……少し、考えてみる……』

みほ「うん」

みほ(絶対に言わなきゃダメって、念を押したいけど)

みほ(自分の中で考えて、納得することが、大事、きっと……)

みほ「……。」

みほ「愛里寿ちゃん」

愛里寿『なに?』

みほ「ボコミュージアム……みんなで一緒に、絶対に行こ」

愛里寿『……!』

愛里寿『うん……っ』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

643: KASA 2017/01/21(土) 12:00:32.12 ID:92Ft49gOO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ──ぴっ……ツー ツー ツー


みほ「……。」

みほ「……。」

みほ「……。」


 からからから……


みほ(……お母さん、とっくに見えなくなっちゃってた)

みほ「……。」

みほ「私もそろそろ、学校へ行かなきゃ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


桂利奈「たいちょ~、おはようございまーす!!」 たたたたたたたた!

みほ「わっ、桂利奈ちゃん!? そんなに急いでどうしたの!? まだ全然遅刻じゃないよ?」

紗季「……。」タタタタタタタ

みほ「ふぇ!? 紗希ちゃんまで!?」

桂利奈「妊婦さんには運動が大事だって──あわわ、あんまり大声で言っちゃいけないんだった──本に書いてあったんです~~~!」

みほ「ええええ? 走るのは違うんじゃ……む、無理しちゃだめだよ~~~!?」

桂利奈「はぁ~~~い!」シュタタタタタタ

紗季「……。」シュタタタタタタ

みほ「行っちゃった……あはは、元気だなぁ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

644: KASA 2017/01/21(土) 12:01:09.52 ID:92Ft49gOO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ぶろろろろろろろ……


みほ(あ、後ろから車だ、避けなきゃ──)


 ──ぷっぷー!


みほ「!?」

ホシノ「やー、西住隊長、おはよ~。ごめんねびっくりさせて」

みほ「ホシノさん!……と、ツチヤさんも」

ツチヤ「おはようございます……すみません」

みほ「えと、一緒に車で登校ですか……?」

ツチヤ「まぁ、はい……」

みほ「……?」

ホシノ「いや~、ツチヤが転んでお腹を売ったりしないか、心配になっちゃってさぁ」

みほ「へ……?」

ツチヤ「っ……だからぁ! ほんともう止めてよ! そーいうのはさぁ!」

みほ「えと……?」

ツチヤ「昨日からこの人おかしいんですよ! 歩いてて段差がある度に気を付けろ気を付けろってうるさいし、私の鞄も持とうとするし……!」

ホシノ「だってなぁ」

ツチヤ「だってじゃない!」

みほ「ふふふ……いいなぁ、ツチヤさん、すごく大事にしてもらってるんですね」

ツチヤ「そうじゃないんだよぅ!」

みほ「ふぇ?」

ツチヤ「この人は、私をからかって喜んでるだけなのー!」

ホシノ「おいおい心外だなぁ。私はツチヤの事を心から大切におもうからこそ──」

ツチヤ「だから、そういうのやめてって、言ってるでしょー!」

ホシノ「へへへ~……そうだ、隊長も、乗ってくかい?」

みほ「あ、えと~……ありがとうございます、でも、歩きます」

みほ「お二人の邪魔をしちゃ悪いですから」

ツチヤ「うぁーっ、隊長までぇ!」

みほ「あはは」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

645: KASA 2017/01/21(土) 12:01:52.12 ID:92Ft49gOO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そど子「あら、おはよう西住さん、いつも通り、ちゃんと遅刻せずに来たわね」

みほ「おはようございます、そど子さんもいつも通りですね──って」

みほ「ふぇ? ……ま、麻子さん……?」

麻子「……おぉ、西住さんか……おはよ、う……。」

麻子「……うう、眠い……」

みほ「どうして麻子さんが、校門で」

みほ「それに、あ、あれ? その腕章、『風紀委員』……?』」

みほ「麻子さん、風紀委員になったんですか……!???」

麻子「非常勤だがな。……うぅ、朝日が辛い」

みほ「だけど、どうして……?」

そど子「なんだか知らないけどさ、これからは一緒に遅刻の取り締まりをしてくれるんだって」

みほ「そ、そうなんですか」

そど子「……ふん……」

そど子「私はべつに、そんな事頼んでないのに……」

麻子「……うるさいぞ。ちゃんと遅刻を取り締まれ、そど子」

そど子「……っ、何よ偉そうにっ」

みほ「……ふふ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


沙織「みっぽり~ん、おはよー!」

華「おはようございます、みほさん」

みほ「沙織さん、華さん!」

沙織「ねぇ聞いてよみぽりん! 私、華道を始めることになったんだよー!」

みほ「ふぇ!? そ、そうなの……!?」

沙織「うん! 五十鈴流に入門するのー。お父さんが着物を買ってくれるって! あ、でも戦車道もちゃんと続けるから安心してね?」

みほ「え!? え!? あの、あのあの」

華「もう沙織さんったら、ちゃんと一つ一つお話しをしないと、みほさんがびっくりしていますよ……?」

沙織「あははは、ごめんね~! 話したい事がいっぱいあってさぁ! 困っちゃう!」

みほ「う、うん、ゆっくり全部聞くから、大丈夫だよ……?」

杏「──おいーっす、やー、ちゃんとみんな学校に来てくれて、嬉しいねぇ~」

華「会長、おはようございます」

沙織「あれ? 会長、今日はゆっくりですね?」

杏「昨日久々に家に帰ったんだけどさ、やっぱ自分の布団は落ち着くよね~。寝坊しちゃった」

華「なるほどです」

杏「じゃ、仕事があるから、先にいくよ~、またねー」


 すたすたすたすた……


沙織「会長……いつも通りだねぇ……」

華「えぇ、本当に」


みほ(……。)

みほ(会長は本当に……すごいです……)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

646: KASA 2017/01/21(土) 12:03:59.18 ID:92Ft49gOO
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

きーんこーんかーんこーん……



教師「では、昨日の続きから、89ペーシを──」

みほ「……。」

みほ(青空、いい天気……窓際の席でよかった)


 ──さぁぁぁぁぁぁ


みほ(ん……風もなんだか、今日は暖かいなぁ……)

教師「──が、──というわけで──」

みほ(……。)

みほ(昨日と何も変わらない、いつも通りの授業)

みほ(……。)

みほ(私に何があろうと、青空は青空だし、学校は学校)

みほ(だけど)

みほ(この空の下で、間違いなく──)

みほ(皆、頑張ってる)

みほ(お母さん、お姉ちゃん、エリカさん、愛里寿ちゃん、ダージリンさん、それに……)

みほ(……。)

みほ(……。)

みほ(頑張ろう)

みほ(私と出会ってくれた、皆のために)

みほ(その人達が困っている時、力になれるように、私も、頑張ろう)

みほ(そうしたら──)

みほ(皆に私を、支えてもらえるかな……)

みほ(……。)

みほ(子宮って、このあたりだったかな?)


 ……さすり、さすり……。


みほ(……。)

みほ(パパがわからないのは寂しいけど──)

みほ(あなたのためにも、頑張る……)


 ──────。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

674: KASA 2017/02/09(木) 20:11:21.16 ID:8gTs/nb4O
ちょいちょい挿入される日数は、
「この粗筋の最初の場面(検査入院初日)から何日経過したか」
を示しています。



■1日目
検査入院初日。

午前6時半:学園艦、大洗へ着港
午前8時:学園艦タラップにて、入院組と残留組でお別れ挨拶。
バス、つくばへ向けて出発。
51号線を南下。
遠ざかっていくマリンタワーと学園艦の姿に寂しさを覚える。
緊張からか、みな口数は少ない。車内は静か。
目的地は、『つくば霊長類医科学研究センター』

----------------
沙織「びょ、病院とかじゃなかったの……?」

桂利奈「紗季ぃ、私たち研究されちゃうのかな……」

紗季「……。」
----------------

つくば駅、研究学園駅付近はそこそこ都会。
みな、はしゃぐ。
が、すぐに景色は田んぼや畑ばかりに。
みな、再び口数が減る。

午前11時頃、一行をのせたバスがセンターに到着。
雑木林に囲まれた、一見すると辺鄙な場所。
ドナドナ気分。みんなの顔が曇る。杏だけはいつもどおり。
正門守衛所をぬけ、バスは施設内に。
バス、正面広場に停止。
すると、正面広場に、みほ達を出迎える集団が待っていた。

→聖グロと知破単の面々。
バスに向かって手を振る者も。

車内の空気が明るくなる。
バスを降りて、皆でご対面。

[ママ:パパ]の組み合わせ
オレンジペコ:ダージリン
ローズヒップ:アッサム
福田:西
他、各校10名ほど


ローズヒップ、もじもじ系女子と化している。
→尊敬するアッサムの子を身ごもった。これで母子ともども真なる淑女になれる、という独特の理論。
もじもじしているのは、「アッサム様の子を身ごもった」事に喜びと照れを感じているから。
ローズヒップの感じ方にみほは驚く。
が、さおりん曰く、「ちょっとだけ分かるかも」。
みほ「ふぇぇ……」

----------------
ローズヒップ「わたくし、とっても幸せですございますの」

アッサム「それはいいけど、ローズヒップ、お願いだから、元気でお転婆なもとの貴方に戻って頂戴」

ローズヒップ「いいえ! この子の為にも、素敵な母親にならなくちゃでございますわぁ」

アッサム「うぅ……」
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675: KASA 2017/02/09(木) 20:11:58.04 ID:8gTs/nb4O
ダージリンはそんな二人の様子を可笑しむ。
しかし一方で、ダージリンは彼女達の妊娠にある種の「申し訳なさ」を抱いてもいる。
知葉単の西さんもまた、福田達の妊娠に対して似たような負い目を感じている。
→性格は違うけれど、感性の根っこおいて、二人は似た者同士。
ダージリンと西、お互いの抱える複雑な心情を分かちあい、意気投合している。
その二人の様子に、オレンジペコと福田がちょっぴりヤキモチ。

------------------
福田「ぐぬぬぬ……」

オレンジペコ「……。」

福田「……ぺ、ペコ殿っ!」

オレンジペコ「はい?」

福田「ペコ殿は、もっとしっかり、ダージリン殿と一緒にいてあげるべきだと思うであります!

オレンジペコ「福田さんこそ、西さんに浮気をさせないでくださいね」

福田「なっ!」
------------------

みほも、ダージリンと西の関係がちょっぴりウラヤマシイ。
→自分とダージリンは「隊長としての責任感」を共有できた。けれども西さんは、もう一歩深いレベルで、ダージリンと気持ちを共有できてる。少し嫉妬してしまう。
みほ、自分の子宮に手をあてて、自分を叱る。そんなことじゃだめなんだ。

ともあれ、みんなでワイワイ、みほ、ちょっぴり幸せ。

ほどなくしてセンター長(モブ)が現れる。
センター長に案内されて、大洗の面々はひとまずは居住棟へ。

居住棟は、病棟というよりもむしろ合宿所。国民宿舎みたいな。外装はあまりきれいではないけれど、中はそこそこ清潔。

→戦車道連盟理事長や西住流家元の提案で、合宿の雰囲気を装った。「入院」ではなく「戦車道の合宿訓練」をイメージ。

センター長「当センターはこれ以後も、関東における検査拠点となります。また、国内の全妊娠者を対象とした統合一斉検査入院も、いずれ、当センターで実施される予定です」
みほ、姉やエリカの事を思う。

その後、アンツィオ高校も到着。
ゆっくり話をするまもなく、合同オリエンテーションが始まる。
みほが島田愛里寿とルミについて尋ねると、二人は後日到着との回答。

大ホールにて、合同オリエンテーション(昼食をはさみつつ)
検査入院の目的説明。
・多種多様な生体データの取得→コンピューター上で各個人の生体反応をシミュレート可能なレベルを目指す。
・各個人の心のケア、及び、心の強化
・今回の件について、あらゆる意味での共通認識の構築、質の高い情報共有(各個人の心の強化を主目的として)

事件の原因についての調査経過報告も行われる予定であったけれど、
ミーティングはすでに長時間にわたっている。
疲れた顔をしている者もちらほら。
センター長の判断で、調査経過報告は後日に回される。
杏は、センター長の対応を評価。
----------------------
杏「検査スケジュールは相当綿密に組み立てられてるはずだよ。調整し直すのは相当大変奈だろうに。それでも、あたしらの体調を第一に考えて、柔軟に対応してくれるんだ。ありがたいねぇ」
----------------------
ダージリン、西、アンチョビ、大きく同意。

夕刻、自由時間。みほ、一人で敷地内を散策。
家族の事、仲間の事などなど、自分の中で今だ処理しきれていない事柄たちを、徒然と思う。
敷地の中心部には広い中庭があって、大きめの池が設けられてる。池を囲む外周路には沢山のイチョウの木が黄色い葉を広げてる。ベンチやテーブルもまた、そこかしこに設置さる。
背の高い建物の並ぶこの敷地内において、この場所はだけは空がよく開けてる。そらきれい。

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みほ「わぁ、すごく綺麗な所~」
---------------------

池の周りをぶらついていると、アンチョビとペパロニを発見。並んでベンチに腰掛けてる。
みほ、二人に声かける。
妊娠しているのはアンチョビで、パパはペパロニ。

676: KASA 2017/02/09(木) 20:12:49.09 ID:8gTs/nb4O
-----------------------
ペパロニ「お金の心配をしなくていいなんて、最高じゃないっすか!」

ペパロニ「姉さんの子供ならアタシは大歓迎っす! 親子で戦車道、やるっすよ!」
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アンチョビ→能天気なペパロニに飽きれつつも、こんな状況でも変わらず前向きなところがなんだか頼りに思えてくる。二人の立場はいくらか逆転しつつあるみたい。ペパロニがアンチョビの前を歩き、アンチョビの手を引っ張っていく。みほ、幼いころの自分と姉を思い出す。

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みほ(ペパロニさんって、アンチョビさんの事が好きなのかな……)
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母親から聞いた「同性愛志向」の話がちらりと頭をよぎる。
仲睦まじいアンチョビとペパロニに微笑みつつも、内心では少し複雑。
手をつなぐ二人の姿に、姉とエリカの姿が重なるった。

夜、晩御飯。
大食堂で全員一斉に。
すっごい賑やか。
みほ楽しい。



■2日目
早朝、目が覚めるみほ。
各校ごと、皆で一緒に一つの大部屋で寝ている。
大洗の面々はみんなまだ眠ってる。

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みほ(目が覚めて一人じゃないのって、なんだか幸せ)

みほ(愛里寿ちゃん寂しがってないかな。ルミさんにちゃんとお話しできたかな)
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今日の昼すぎに愛里寿とルミががこのセンターに到着する

午前中、各種検査の連続。
指示されるままに検査を受けるだけとはいえ、やっぱり皆疲れてくるし、
お昼が近づけばお腹もすいてくる。
午前中最後の検査を受けている華さん。超音波検査。検査室の静まり返ったその中で、丁度胃の辺りに機械を当てられているまさにそのタイミングで、華さんのお腹がなる。
モニターの中で胃が激しく収縮。
同席していたさおりん、映像と音のコンボがツボにはまり爆笑。
一緒にいたみほ、ツチヤ、ホシノ、くわえてお医者様も笑いを堪える。
初めはただただ顔を真っ赤にしていた華さん。けれども、さおりんがあんまりにも笑いころげるもんだから、だんだんと不機嫌に。沙織、華の腕に抱き着きつつ半笑いで謝り続ける。その状態でお昼ご飯。
みほ、なんだか幸せ。
多少タイミングはばらけているけれど、お昼の食堂もやっぱり賑やか。そこかしこに見知った顔が。
なんとなく心強いみほ。
一斉検査、好きかも……。

午後一、愛里寿からメール
『あと少し』
みほ、正門で二人の到着を待つ。
(他のメンバーは午後も検査続行。島田愛里寿がどんな心持にあるかもわからないし、まずは、一番仲良しなみほに、任せよう。そのあとで、みんなで静かにそっと出迎えよう、という気づかいも有り)
ほどなくして、一台のタクシーが到着。
後部座席にはルミと愛里寿の姿。
みほ、緊張。
タクシーのドアが開く。
ルミに手をつながれて、愛里寿が下りてくる。
見たところ、愛里寿の外見に特に変化は無い。
それでもやっぱり、みほにとっては何かしら感極まるものがある。
駆け寄って、愛里寿を抱きしめる。

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みほ(愛里寿ちゃんの身体、こんなに小さい、こんなに柔らかい)

みほ(それなのに……それなのに……っ!)

愛里寿「ぷはっ、みほさん、苦しいよ」

みほ「あぅ、ごめんね愛里寿ちゃん、大丈夫? 身体、大丈夫?」

愛里寿「うん」

愛里寿「えっと、あのね、みほさん」

みほ「何?」

愛里寿「ルミに、お話し、したよ」

みほ「……!」

ルミ「あ~……久しぶりね、西住流」


677: KASA 2017/02/09(木) 20:13:19.06 ID:8gTs/nb4O
みほ「はい、あの、選抜戦以来でしょうか」

ルミ「まぁ、そうなるわね、ん~、負け戦以来っていうのは、なんだかちょっとシャクねぇ」

みほ「す、すみません」

ルミ「……あはは、たしかに『隊長』っぽくない。愛里寿隊長の言ってた通りね」

みほ「あの、よく言われます……うぅ」

みほ(……この人が、ルミさん……)

みほ(愛里寿ちゃんの言ってた通り、賢そうな人。それに、きりっとしてて、眼鏡の似合う綺麗な人)

みほ(……。)

みほ(河嶋先輩の上位換装、なんちゃって……)

ルミ「貴方が、愛里寿隊長にアドバイスをしてくれたのね」

みほ「え?」

ルミ「ありがとう、感謝してるのよ」

みほ「え……わっ」

ルミ「ほんと、恩人だわー」

みほ(あ、握手)

愛里寿「えへへ……あのね、みほさん、私、ルミにいっぱい怒られたんだ」

みほ「え?」

ルミ「いや別に、怒ったわけじゃないですよ」

愛里寿「ううん、怒ってた。ルミは静かに起こるタイプなんだ」

みほ「えっと、そうなんですか」

ルミ「いや、べつに……」

愛里寿「あのね、私が打ち明けた後ね、ルミは、私のことをぎゅーっ抱きしめてくれて──」

ルミ「っ……ちょ、ちょっと、隊長」

愛里寿「苦しいから離してって私がお願いしてるのに、すごい力で全然離してくれないんだ」

ルミ「あのぅ、あんまり人には話さないでほしいかな~って……」

愛里寿「ダメ。みほさんには、言う」

ルミ「うう、まぁ、この子だけになら……」

愛里寿「それでね、ルミはね、私の耳元で、すっごく低~い声で、『どうして一人で頑張ろうとするんですか』って」

みほ(……愛里寿ちゃん、なんだかうれしそう……)

愛里寿「ルミ、すっごく怒ってた」

愛里寿「だけど私、自分がいけない事を考えてるって思ってたから……ルミがそういってくれたことが、すごく嬉しかった……」

ルミ「……。」

ルミ「お義母様にも──」

ルミ「早く、伝えるべきです」

みほ(……!)

愛里寿「……むぅ。」

ルミ「私も一緒に行きますから、ね? ちゃんと伝えましょ?」

愛里寿「……。」

ルミ「隊長。聞いてますか? 隊長?」

愛里寿「き、聞いている!わかった、わかってる……だから、もうちょっと待って、ちゃんとお母様にもお話しするから……」

ルミ「必ずですよ~?」

678: KASA 2017/02/09(木) 20:14:14.89 ID:8gTs/nb4O
愛里寿「ルミが聞いてくれたから、私はもう平気なのに……」

ルミ「そーいう問題じゃないですよね~?」

愛里寿「ううう……」

みほ(ルミさんって)

みほ(素敵な人なんだ……)

みほ(ルミさんが、赤ちゃんのパパで……よかったね、愛里寿ちゃん)

みほ(……。)

みほ(でも、ルミさん自身は、平気なのかな)

みほ(大学生だから、大丈夫なのかなぁ……)

みほ(もう少し仲良くなったら、お話ししてみたいな)
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みほ、検査に戻る。
ルミと愛里寿、一緒にオリエンテーションを受けにいく。

夜、晩御飯。
大食堂で、愛里寿達も一緒に食べる。
選抜戦の話だのなんだので盛り上がり、愛里寿もみんなの輪に溶け込む。
西さんとダー様、みほと同じような感じ方で、愛里寿の妊娠に胸をうたれる。
二人で仲良く愛里寿を励ます。
そんなダー西の連帯感に、ペコと福田はやっぱりちょっぴり嫉妬。
しかしながら「自分のことだけを一番に心配してほしい!」という欲求は浅ましいと自覚をしてもいるので、
二人とも口には出せず。
結局、そういう内心を理解しあえるのはペコと福田もまたお互いだけであった。
ゆえに、不満をぶつける相手もまたお互いしかいないのだった。


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福田「もぉー、ペコ殿ー! だからダージリン殿をでありますねぇー!」

ペコ「福田さんこそですー!」

みほ(二人とも、あんまり仲が良くないのかなぁ……)オロオロ
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■3日目
朝から皆で検査漬け。つかれる。
午後、初日にカットされた今回の事件についての調査報告会が行われる。
検査から解放されてほっとする一同。

大ホールにて報告説明会。
→解明したことはまだナニもない。けれども、非常に気になる点も。

曰く、「ある日を境に、戦車の質量が数kg減少していた可能性がある」


「戦車」とは特殊カーボンを施された、アメリカの「戦車」。
当時、たまたまメンテナンスに入っていた車両数台から、この疑惑が浮かび上がった。
「当時」とは、搭乗者が妊娠したであろう時期。
日本国内の戦車においてもこれから精密な検査が行われるとのこと。精密なチェックは相当に困難だろうけれど……。

とうような話があったけれど、ほとんどの参加者の頭には「?」マーク。みほも。
それでも、若干名は、食いつく。

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ローズヒップ「車体が軽くなったのはわかりましたけれど、それが何か重要ですの???」

桃「さっぱりわからん」

みほ(私も……)

ペパロニ「軽量化できたんだからOKじゃないっすか?」



麻子「いや、もっと詳しく話を聞きたい」

アッサム「データを直接確認したいのですが」

愛里寿「減った質量はいったい何に変わったの?」


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しかしながら今のところはこれ以上の情報は確認できず、話題は次へ。

679: KASA 2017/02/09(木) 20:14:52.93 ID:8gTs/nb4O
・妊娠者についての統計情報、動態報告
→流産「4名」
これに会場がざわつく。
統計データ上の割合としては、妊娠初期に起こり得る自然流産率からそれほど逸脱はしていない。
場所や時間に不自然な偏りも見られない。
と説明を受けるも、多くのメンバーは動揺。
流産は自然にも起こり得る、ということを、あんまりちゃんと理解していない者が多かった。
各々、自分の中に落とし込むためには少しばかり時間が必要なようだった。

その後、産中産後の社会保障体制について補足的なレクチャーが行われるけれども、大多数の者は上の空だった。
流産のほうに頭がいっちゃった。
もしも自分が流産した場合、悲しむべきなのか?喜ぶべきなのか? どう理解したらいいんだろう。

晩御飯。
自分達の母は「(自然)流産」を経験したことはあるのだろうか?
そんな話で盛り上がった。
有ったみたいだよ、とうっかり口を滑らせた子のもとに全員集合。みんなで話を聞いた。

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みほ(私のお母さんは、どうなんだろう……)
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しぽりんに電話をしてみたくなるけれど、気恥ずかしさが勝って思いとどまった。



■4日目
今日も今日とて朝から晩まで検査。
しんどいけれど、皆と一緒なので心強い。
励ましあえる。

///////////////////////////////////////晩御飯の大食堂。
麻子は食堂の隅で何やら分厚い本を読んでいる。
みほが声をかけようとするが、そど子に先を越された。

麻子の読書の邪魔をするそど子。
:ご飯の時間なんだから、本ばかり読んでないでご飯を食べましょう。
:一人で食べるのはつまらないから一緒に食べてよ。
:私のこと気遣ってくれるって、言ったのにー
と麻子にちょっかい出すそど子。
麻子、うっとおしそうにしつつも、なんだかんだで嫌ではなさそう。
みほ、そんな二人に興奮する。

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みほ(わぁ~、そど子さん、甘えてる! かわいい!)
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同性愛の話が頭にちらつくけれども、それ以上に、そど子のギャップが可愛いみほ。
(これがツンデレなのかなぁ?)

食堂に華と沙織が入ってくる。
麻子とそど子の事を二人に話そうとするみほだが、そこで違和感に気付く。
華と沙織が、どことなくよそよそしい。
ケンカしたのかと思うけれど、ケンカとは何かが違う。お互いの様子をうかがいあっているというか。言葉一つ一つの間に、妙な距離感。
どうしたの、とみほが心配するが、二人は濁す。なんでもないの、と。
そうは言われても、みほの感じている違和感はやはり本物。
みほはその原因をさぐるが、結局二人には最後まではぐらかされた。
二人が話てくれないことが、ちょっぴり……いや自分で思っているよりも、ショックだった。
夜、孤独を感じつつ、己の子宮を撫でる。

680: KASA 2017/02/09(木) 20:15:23.46 ID:8gTs/nb4O

■5日目
朝食時・食堂
みほは、華と沙織の様子を伺う。
ところが二人は、昨日の様子が嘘みたいにいつも通り。
けれどもみほには分かる。
「二人は自然を装ってる」(私でなけりゃみのがしちゃうね)
しかし、聞いても答えてくれないだろうという確かな予感。
二人と自分の間に距離を感じてまたちょっぴり寂しくなる。
寂しさから愛里寿にちょっかいをかけつつ、ボコ談義。


////////////////////////////夕方・中庭
検査は一通り終わった。明日の午前中、それぞれの学校へ帰る。
みほは一人で物思い。
すると池の対岸をスーツ姿の男の人があるいてた。
研究所の所員さんかなーと思っていたら、
実は役人。
みほ、ぎょっとする。どうしてここに役人さん!?
みほの視線がよほどするどかったのか、役人もみほにきづく。役人も硬直。
しばし風の音が吹いたあと、池をはさんで、お互いにぎこちない会釈。
役人、再び歩き出す。
そのまま帰るのかと思いきや、池を回り込んでみほのところへ近づいてくる。
みほ、心臓バクバク。あと、胃がむかむかする。
役人、丁寧にみほに挨拶。
「検査は大変だったでしょう」
「体調はどうです」
「何か不自由はありませんか?」
みほ、ぎこちなく受け答えをした後、問いかける。
「どうしてここにいるんですか?
役人、
「仕事で──」
と、言葉をきり、しばし口を閉じる役人。
それから、ゆっくりとした口調で、みほに問いかけた。
「戦車道が、嫌になりましたか」
質問の意味がわからないみほ。
「戦車道のせいで、こんな目にあっている。もう、戦車道が嫌になりましたか」
みほ戸惑いつつも返答。
そんな事はありません。
「どうして嫌にならないんですか?」
しばしのやりとりの後、みほ、改めて問う。
「どうしてそんな事を聞くんですか」
役人曰く。
-戦車道そのものの処遇について、一定以上のレベルで協議がすすんでいる。
-伝統ある行事ではあるが、こんな事になってしまった以上、存続させることは不可能ではないか。
みほ、母や姉の事を思いつつ、また自分自身の想いもありつつ、ぎくりとする。
自分としては戦車道を続けたい。あれは自分にとって大切なもの。と訴える。
「戦車道受講者はほとんど皆がそう訴える。部外者にとっては不思議な事なのですが──」
みほの口調が鋭くなる。
「私達の学校だけじゃ足りなくて、今度は戦車道そのものを廃止にするんですか」
役人苦笑い。
-そんな風に考えないでほしい。
-最大公約数の幸福を考えている。
-廃止ありきではない。どうあるべきなのかを検討している。当事者たる君個人の意見にも興味があった。
-そもそもここにきたのも、君たちの状態を視察するため
みほ、まだ煮え切らない。
役人、それを感じとって、再び苦笑しつつ、言い方を変える。
-戦車道の世界大会誘致は、私のキャリアにとっても重要なステップ。戦車道の存続は、私個人の利益にも適っている──こんな風に言った方が、あなたに納得してもらいやすいですか?
みほ、自分が嫌な人間になっているように感じられて複雑な気持ちになる。
これ以上気分を悪くするのは申し訳ないので、と言って、役人、さる。
「お母様にも、よろしくとお伝えください」
「えと……はい……」
夕焼け空を一人見上げるみほ。
漠然とした不安とともに将来を考える。
子供、戦車道、これからの人生、etc...

681: KASA 2017/02/09(木) 20:16:11.74 ID:8gTs/nb4O
////////////////////最後の夕食
通常のメニューに加えてアンツィオ組がパスタをふるまう。
グロリアーナ組は食後の紅茶をふるまう。
西隊長と杏は、次回入院の折はすき焼きとアンコウ鍋をふるまうと確約。
命名、明日の別れを惜しみつつ、食らう。
ペコと福田も一緒のテーブルで。

みほはご飯を食べつつ、華と沙織の様子をうかがう。
やっぱりどこか、何かが変。なんとなく、お互いに気をつかいあってる感。
沙織、みほの探るような視線に気づく。
数瞬、二人は見つめあう。
けれども結局沙織は何も言ってくれなかった。
みほ落胆。

////////////////////深夜・大部屋
みほ、沙織に起こされる。
沙織曰く、「二人だけで話をしたい」
戸惑いと喜びと不安を一緒くたに感じつつ、二人で中庭の池へ移動する。
並んでベンチに腰掛ける。雲の少ない月明りのまぶしい夜。それほど寒くはない。

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沙織「みぽりん、ごめんね。昨日か」

沙織「私、みほにひどいことしてるって……どうしても辛くて」

みほ「……。」

みほ「すごく寂しかった」

みほ「どうして、何もいてくれないんだろうって」

沙織「ごめんね」

みほ「でも、今は、とっても嬉しい」

沙織「え?」

みほ「沙織さんが、私の事を、こうやってこっそり連れ出してくれたから」

沙織「~~~っ」

沙織「みほ! ほんとにごめんねぇ……!」

みほ「ううん、もう、大丈夫」

みほ「だから……『やっぱりこれは二人問題』っていうことなら、私はもう、何も聞かなくても大丈夫……」

沙織「……。私、みほにちゃんとお話ししようって、そう思ってここまできたの」

みほ「うん」

沙織「だけど、ごめんなさい……今、迷ってる……」

みほ「そっか……」

沙織「『今はまだ、二人だけの秘密にしておこう』って、華と話をしたの」

みほ「……。」

沙織「だから私、今、勝手な事をしてる。華を裏切ってる」

沙織「……だけどだけどっ!」

沙織「華だってみぽりんが心配してるってことは分かってる。だから、きっと同じように悩んでるっ」

沙織「……でも、私も、華も、今、戸惑ってるの……」

みほ「……。」

沙織「だから、この事を誰かに話すのが、まだ、怖い」

沙織「皆なら大丈夫だ!って、思ってはいるよ。だけど、どうしても、不安で……」

みほ(……。)

みほ(みんな、同じなんだ)

みほ(愛里寿ちゃんも、エリカさんも、沙織さんも、華さんも……私も……みんなそれぞれ、いろんな不安があるんだ……)

682: KASA 2017/02/09(木) 20:16:41.48 ID:8gTs/nb4O
みほ(ルミさんみたいに、話さなきゃだめって勇気付けてあげる事も大切)

みほ(お姉ちゃんみたいに、いつでも聞くよって、安心させてあげる事も大切)

みほ(なら、今は──)

みほ(……。)

みほ「……沙織さん、もう、大丈夫」

沙織「え?」

みほ「ありがとうっ、もう心配ないもん!」

みほ「これで……十分だよ!」

沙織「みほ……」

みほ「二人が話してくれるのを、待つよ」

みほ「だから……これからもずっと、私のお友達でいてください……」

沙織「~~~っ、当たり前だよぉ~~~!」

みほ(……今は、これでいい……)


 ……ガサッ!


みほ・沙織「っ!?」ビクッ


華「……。」


みほ「華さん!?」

沙織「華! も、もう脅かさないでよっ!」

沙織「……。」

沙織「聞いてたの?」

華「……お二人が部屋を出ていく音で目が覚めて……」

華「初めは、気が付かないふりをするつもりでした」

華「ですが」

華「やっぱり、どうしても気になってしまいました」

沙織「……。」

沙織「怒ってる?」

華「いいえ。怒ってなんか、いませんよ」

沙織「でも私、勝手な事をしたよ?」

華「そうですが、沙織さんがみほさんにお話しをしてくださるのなら、それでもいいかなと──」

華「そう思っていましたから」

華「沙織さんの言ってた通りです。私だって、隠し事をしてるのは辛いです」

沙織「……なんだぁ、そっか……じゃあ、こっそり抜け出すこと、なかったんだ……」

沙織「……なぁんだぁ……。」

沙織「……。」

沙織「じゃあさ、華」

沙織「もう、言っちゃおっか」

683: KASA 2017/02/09(木) 20:17:13.98 ID:8gTs/nb4O
華「……そうですね」

沙織「──というわけだから、みぽりんっ」

みほ「ふぇ!?」

沙織「お話し、するね。……聞いてくれる?」

みほ「! も、もちろんだよ……!」

華「私も、お隣に座ってもよろしいですか?」

みほ「ど、どうぞどうぞ!」

華「失礼いたします」

 ぎし……

みほ(わ、わ、二人に挟まれてる)

みほ(なんでだろう)

みほ(なんだかドキドキする)

みほ(お月様のせいなのかなぁ……!)

沙織「ふぅー」

華「はぁ」

みほ「……」

沙織「えっと、どうしよっか。私が話す?」

華「……いえ、今回は──やはり私に、話をさせてください」

沙織「……うん、わかった」

華「ええ」

みほ(……)ドキドキ

みほ(……なんだろう……)

華「──みほさん」

みほ「! う、うん」ドキドキ

華「聞いてください、私」

華「沙織さんと──」

華「キスをしたんです」

みほ(え)

華「……一度だけじゃありません」

華「昨日も」

華「今日も」

華「何回も」

華「偶然とかじゃ、ありません」

華「キスをするために──」

華「キスをしたんです」

みほ(……──!)

684: KASA 2017/02/09(木) 20:17:45.61 ID:8gTs/nb4O

みほ(……──!)


  ──しほ「染色体共有者と被共有者の間で──」
    
  ──しほ「ある特別な感情の発生が、あくまで稀に、ではあるけれど、認められる、と。」

  ──しほ「そうした例が、これまでに十数件、国内外で報告されていて」

  ──しほ「ハァ……頭が痛いわね……」


みほ(……現実なんだ……)

みほ(……お母さん……)

沙織「みほ」

みほ「え……」

沙織「気持ち……やっぱり、悪いかな?」

みほ「……!」

みほ「そ──」

みほ「……。」

みほ(……そんなことないよ! って、……大声で言ってあげたいのに)

みほ(どうしてだろう、小さく首をふってあげられることしか、できない)

みほ(私、びっくりしてる)

みほ「ごめんなさい、私──」

みほ「びっくりして」

沙織「そう、だねよね」

沙織「私も……びっくりしたもん……」

みほ「……?」

華「実は、初めにキスをしたのは、私の方からで」

みほ「そう、なんだ」

華「沙織さんは嫌がっていたのです」

華「それなのに私が、ほとんど……無理やり」

みほ「ふぇ」

みほ「そ」

みほ「そうなんですか……」

華「はい……」

みほ(……。)

みほ(びっくりです……)

みほ「二人とも、ケンカとか、しなかったのかな」

みほ「だってその」

みほ「無理やり、だったんだよね」

沙織「……う~……えっと、ね?」

沙織「もちろん、私も抵抗したよ?」

沙織「背中を木に押し付けられて、右手ごと身体を抱きしめられて、左手は握りあげられて……」

みほ(……ひゃあああああ……)

みほ「ど、どこで、したの……?」

沙織「えっと。あっちの、イチョウの木がいっぱい生えてるところ」

みほ「あ、周りからちょっと見えにくいところだ」

685: KASA 2017/02/09(木) 20:18:12.07 ID:8gTs/nb4O
沙織「うん。そこに、華につれてかれて」

華「すみません」

みほ「そ、そこで、いきなりキスをしちゃったの?」

沙織「あー、えっと、いきなりっていうかー……あー……。」

沙織「……うぅ、1からはなそっか……?」

みほ「えっと、えっと……うん……」

沙織「華、いい?」

華「はい。これは私にとっての、懺悔ですから……」

みほ(華さんが、エリカさんみたいな事いってる……)

沙織「みぽりん、気持ち悪いのなら、止めるよ……?」

みほ「う、ううん、そんなことないよっ。ただ、ちょっと……頭の中がくちゃくちゃしてるけど……」
-------------------------------------------------
・華と沙織の独白

[華]
沙織さんの事は、ずっと前から、可愛い人だななって思っていました。
ですが、もちろんそれは、あくまで友人として、同性として、です。性的な意図はあるわけはないくて。
……そのはずなのに、検査入院の少し前から、私、おかしかったんです……。
『この人の赤ちゃんが、私のお腹の中にいる』
『こんなにも可愛らしくて可憐な人の、赤ちゃん』
『妊娠できた事が嬉しい、どうしても産みたい』
衝動的にそう感じるときがあって……
あるとき、ふと気が付いたんです。
私は、沙織さんのふっくらした体を抱きしめてみたいと、思っている。
肩を、胸を、腰を、下腹部を、肌を押し当ててその感触をぎゅっと確かめてみたい。
髪の毛の匂いを感じたい……。
それどころか、一度でいいから、沙織さんの柔らかそうな唇の感触を、確かめてみたい。沙織さんの特別なところ(唇)に、触れてみたい、と
唇に……
おでこに……
ほっぺたに……
眉毛に……。
自分の感覚が異常だと思うよりも、そういった衝動のほうが強かったんです。
けれども、それはいけないこと、沙織さんもそんなことは望んでいないって思って、茶道で培った自制心を総動員して、それを抑えてきました。
──抑えていた、つもりだったんです。。
昨日、検査で疲れた夕方。沙織さんと一緒に、この池のほとりをお散歩しました。
そしたら……ほんとうに、何のまえぶれもなく、です、
一日の検査を終えた安堵で、油断していたのかもしれません。
突然、気持ちがあふれて、もう、気が付いた時には抑えきれなくなっていて……
どうしても一度だけ! 一度だけでいいから抱きしめたい! 沙織さんの身体を感じたい……!

[沙織]
「抱きしめてもいいですか」って、突然華が言うもんだから、びっくりしちゃったけど……。
でも、ハグってすごく落ち着くんだよね。お母さんとはしょっちゅうやってるし。
。むかしは、そのお父さんとも~。
だから、まぁ、いっかなって。華は大変なんだから、甘えたくなるときくらいあるよね~って、そう思って。
だから、「いいよ」っていったら……そしたら、なんていうのかなぁ。血圧検査の機械あるじゃん?
ゆっくりゆっくり腕が圧迫されていくやつ。
あれって、想像以上に強い力で締め付けてくれるでしょ?
え、どこまで絞めるの?うそ、まだきつくなるの!?って。
そんな感じで、華の腕にゆっくりと、だけどすごくぎゅっと抱き強いめられて。
あれ?あれ?って。
それに……華はなかなか抱きしめるのをやめてくれなかった。しかも、華ったら私の頭の匂いを嗅いでるのがわかって、
なんか変だな?っとは思ったんだけ。まさかあんな事になるとは思ってなかったもん。
だから、まだその時はふざけてるんだと思って「やだも~」とか言ってたんだけど。
でね、少して、華はやっと力を緩めて、少し身体を離してくれたの。
だけど、背中に回された手はまだそのままで……。
華がね、じーっと私のことを見つめるの。目つき、普通じゃなかった。
泣きそうっていうか、何かをぐっと堪えてるっていうか……正直、ちょっとどきどきしたよ。
華はカッコイイもんね。美人だし、背も高いし、落ち着いてるし……でも、華の顔がゆっくりと近づきはじめて……
華が仕様押してる事がわかたときは……怖かった。背筋がぞくってしたよ。
何これ!? 何これ!? って。
それで、私は逃げようとしたの。
だけど私の身体、華と木の間に押し付けられてて。必死に身をよじって、なんとか左手は自由になったんだけど、その手もすぐに、華の手に抑えつけられて。
……。

686: KASA 2017/02/09(木) 20:18:44.45 ID:8gTs/nb4O
……。
叫ぼうかなって、思ったよ?
だけど、華、すっごく泣きそうな顔しててるのが見えて。
そしたらさ、何か理由があるのかなぁ、叫んだら華が悪者になちゃう、華はいったいどうしちゃったんだろう、とか、頭の中にいろんな事が浮かんで、もう、メチャクチャで……。
しかたがないから、今は耐えよう、そのあとで、華を問いただして、怒るのはそれからにしようって、思ったの。
華の唇が、私の唇に触れた瞬間のこと、すっごくよく覚えてるよ。私の上唇のさきっちょに、華の唇のどこかが当たった。私の身体、すっごいびくってなって、でも、逃げられなくて……そこから、ゆっくりゆっくり、唇全体がくっついていって。どこまでくっついてくるんだろーっとか、思ってたかも。


ひどい事をしているて、自覚はありました。こんなの、ご……ゴウカンと同じだって。だから、沙織さんが本気でいやがったら、その時は止めようて、そんな風に自分に言い訳をしてたんです。沙織さんがどんなに怖い思いをしているかはわかってる、だから、本気で抵抗されたら、やめようって……最低です、私。

沙織
でも私ね、結局最後まで、本気で拒否したりはしなかったの。
それがどうしてなのか今でも、よくわからない。だから戸惑ってる……。
もちろん、私はレズじゃないよ!
かっこいい男子が普通に好きだし、イケメンと結婚したいし……。
ただ……華なら、いいかなって、ほんの一瞬ね、少しだけ、そう思っちゃった瞬間があって……で、気が付いたら、それがどんどん大きくなって……。
はぁ、……よくわかんない。
私、レズな子なのかなぁ……

------------------------------------------------

みほ「……」

みほ(色んなことがすごすぎて、言葉がでない……)

沙織「それが、昨日の夕方の事」(■4日目)

華「……。」

沙織「もしもさ、他の誰かにこんなことされたら……ビンタして絶交するよ!」

沙織「でも、華の場合は、どうしてかな。そうはならなかった」

沙織「キスしたあとも、なぜか私は華と一緒にいて、一緒に晩御飯を食べてた」

沙織「もちろん、ぎくしゃくはしてたとおもうけどさ」

華「実は昨日の夜も、夜中にコッソリ抜け出して、今みたいにここに座って、沙織さんと二人で話し合ってんです」

みほ「知らなかった……」

沙織「どうしてあんな事をしたの? ふざけてるの?って、問い詰めた。そしたら華は──」

華「ふざけてなんかいません。ただ、どうしても、沙織さんと、キスがしたくて……と、正直にありのままを言いました。……ああ、恥ずかしいです……」

沙織「なんで?って聞いても、華は分からないっていうし……また、すごく辛そうな顔で……」

沙織「それで、どうしたらいいのかなっーって悩んでたら、華が……」

沙織「『だけど、もう一度、キスしていいですか?』って」

みほ「ふぇっ」

華「あああっ……」

沙織「もーありえないよね!? 馬鹿にしてるのかー!ってね!」

沙織「……だけど……」

沙織「一番ありえないのは──」

沙織「『まぁ、いいよ』って答えちゃった私……」

みほ「!? ……!?」

沙織「はぁ……もう、わけわかんないよ」

みほ「い、嫌じゃなかったの?」

沙織「そのはずだったんだけど……今はもう、抵抗ないっていうか、……ていうかむしろ、ちょっと幸せ……うぅ」

みほ「ふぇぇ」

華「沙織さんが受け入れてくれるから、私は許されているだけで……それなのに私は、沙織さんに甘えて、今日だって、何度も……! ああ……っ、私に華道を続ける資格はあるのでしょうか……」

687: KASA 2017/02/09(木) 20:19:13.51 ID:8gTs/nb4O
みほ(……。)

みほ(……『資格』……)


 ──しほ「王道から外れた者に──王者たる資格はありません」


みほ「……。」

沙織「まぁ、それでとにかく、わけわかんないけど、今は普通通りでいようって、華と話あったの」

沙織「だって、こんな感情、誰にも説明できない。自分でも、よく分からないのに」

みほ「……。」

沙織「それに──」

沙織「気持ち悪いって嫌われたら──」

沙織「どうしようって、すごく怖い」

みほ(あ……)

みほ(沙織さんすごく不安そうな顔してる、それに、華さんも……)

みほ(……っ)

みほ「び、びっくりした」

みほ「すごく、びっくりしたよ」

みほ「でも……」

みほ「だ、大丈夫だよっ」

みほ(あ、ちゃんと言えた……!)

沙織「みほ」

華「みほさん」

みほ「男の人が好きでも、例え、女の人が好きでも、沙織さんは沙織さんだし、華さんは華さんだもん! 二人は何も変わらない。私のかけがえの無い友達だもん!」

沙織「……! みぽりぃん……」

みほ「で、でもでも、もっとちゃんと華さんは沙織さんの事、考えてあげるべきだと……思います」

華「みほさんの、言う通りです……」

みほ「沙織さんの事、好き……なんですか?」

華「それは……えと……よく、分かりません……」

沙織「……。それって、なんかさ。体が目当てって、言われてるみたいな気分なんだよねー……」

華「!!」

華「そんな事は絶対ありません!!!」

みほ「わああ、は。はなさん、叫んじゃだめ」

華「あっ! す、すみません」

華「ですが、私、沙織さんにだけは、そんな、身体だけが目当てだなんて思われるのは、絶対にいやです……」

華「私、一日中いつも、沙織さんの事を考えてしまっています。お腹の赤ちゃんは、沙織さんの赤ちゃんなんだって思うと、本当にすごく幸せで、私、ずっと沙織さん感じていたいって、心から思うんです」

みほ(うぅ、これって沙織さんにとってすごく重たいんじゃ……)

688: KASA 2017/02/09(木) 20:19:44.05 ID:8gTs/nb4O
沙織「うー……ごめんね、私言い過ぎた。華の気持ちは、とってもきれいなのに」

みほ(あれ、沙織さんは以外と平気そう……)

華「すみません、私に怒るしかくなんかないのに……」

みほ「あの私がいけないんだ、ごめんなさい。私が余計な事を聞いたから……考える時間が、必要なんですよね……」

沙織「まぁ、それは私も、同じなのかなぁ~……」

みほ「……。」

みほ「あの、あのね、そういえば──」

みほ「えっとね、お母さんから聞いた話なんだけど──」

沙織「?」

みほ(……あ、だけど……この話、二人にしても大丈夫なのかな)

みほ(二人って、この話って、どんな意味合いを持つんだろう……)

みほ(でも、少しでも、二人の力になれるかもしれないなら……)

みほ「実はね……」


 ──────。


----------------------------------------------------------------------

みほの話を聞いて、考える二人。
この気持ちは妊娠のせい?
お医者様に報告するべき?
けれど、ひとまず、自分達が落ち着くのが先。
ゆっくり考えよう。
とりあえず解散。

みほ、布団にもどるもなかなか寝付けず。
半身半疑だった同性愛の実例(?)が、身近に表れたことで。しかも、自分にとって大切な人達。
身の回りにおこっているこの一連の現象は一体なに? 
みははいっそう深く意識するようになっていく。



■6日目
午前中・大ホール・最終合同レク
次回予定の検査入院についての案内、これからの生活における大小さまざまな注意点、等々、皆で説明を受ける。
→次回の予定は二週間、次々回は三週間後
ただし次回次々回については二日のみの入院。今回集めたデータとの差分観測、偏差分析が主な目的。

昼食後・正門
大洗組が最初にセンターを出発する。
すでに広場にはバスが待機している。
別れをおしみつつ、バスへ乗り込む。
出発。


夕刻。
バスは51号線を北上。
そろそろマリンタワーが目視できる。
夕日を浴びる学園艦も見える。
その巨大な艦影を、みなで眺める。
安堵を感じる。

689: KASA 2017/02/09(木) 20:20:15.06 ID:8gTs/nb4O
日没後。
バスが港に到着。
学園艦のタラップが下りている。
戦車道履修者のみんなが待っていた。
各チーム毎に再開を喜ぶ。

柚子、優花里、梓が、きわだって、熱烈に。

学園艦は明日の朝に出航するらしい。

母への電話は、明日にする。今日は疲れた。

■7日目
みほ、朝6時出航の警笛で目が覚める。
久しぶりの学校と、授業。気持ちがふわふわしている。
お昼休み、皆で一緒に食堂。
ゆかりんニッコニコ。
華と沙織の間には、特にぎくしゃくしたものは見受けられない。みほも、特に何も触れない。

夜、母に電話する。
まほとエリカは現在検査入院中とのこと。
一度帰ってこいと言われる。
来週帰る、と明言。
--------------------------------
しほ「なら、エリカも家にお泊りをさせないとね」

みほ「え?」

しほ「色々、話さなければいけないことがある」

みほ「そっか、そうだね」

みほ(……お母さん、エリカさんの事「エリカ」って、普通に言うようになったんだ……)

しほ「ああ、ところで──」

みほ「?」

しほ「『紅はるか』、だったかしら」

しほ「あれは、おいしかった。また買ってらっしゃい」

みほ「……!」
-----------------------------------




■8日目~10日目
学校に通う。
久しぶりの平穏な日々。
ただし、いつもなら始まっているはずの生理が、始まらなかった。
そんな所に妊娠を実感。

■11日目
放課後、
沙織と華が、あんこうチーム戦車道倉庫に集める。
なんの用事だろうと首を捻る麻子と優花里。
みほは、察している。

4号の前で、華が宣言する。
「私は沙織さんの事が好きです。真剣な気持ちです」
驚く優花里。表面上はポーカーフェイスの麻子。
華、これまでの経緯を説明。
沙織→私はレズビアンではないけれど、今は、自分の感情に従う。華と二人でよく話し合って、それで決めた。

麻子も優花里、二人の選択を受け入れる。
沙織と華、ほっとする。
今のところは、打ち明けるのはアンコウチーム内だけということに。
ただし、他チームに対しても積極的に隠したりするつもりはないし、偽ったりもしないと。自然な在り方で。

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華「お母様にどういえばいいのかは、まだ、分かりません」

華「ですが、それでも今はまだ……沙織さんへのこの気持ちを、ありのままに愛でたいのです」

麻子「それでいいんじゃないか。私達はまだ、モラトリアムの中にいるんだ」

優花里「そうですよっ、将来を考える時間は、まだまだ沢山あるはずです! 急いで言う必要なんてありませんよ!」
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690: KASA 2017/02/09(木) 20:20:44.02 ID:8gTs/nb4O
みほも心からおめでとうを言う。
と同時に、姉とエリカを想う。
四号の前にたたずむ沙織と華の姿が、まほとエリカの姿にぼやける。
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みほ(もしも……もしもお姉ちゃんとエリカさんが、同じようにお互いを想うのなら)

みほ(私は)

みほ(二人を応援してあげたい)
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みほ、自分の気持ちの変化に驚く。
なぜだろうと、自問自答する。もちろんすぐに答えはでてこない。
ただ、自分は「同性愛者」とひとくくりにの言葉でとらえているけれど、そこには決して一言では言えない、いろんな気持ちがあるんだ。そしてそれって、すごく素敵に感じられる。
親友二人の姿、みほはそんな事をぼんやりと考える。

--------------------------------
みほ(それに、もしも家元の問題がお姉ちゃんやエリカさんを困らせるのなら)

みほ(だったら──)

みほ(その時は──)

みほ(代わりに私が──)

みほ(……っ!?)
--------------------------------
自分の考えたことに驚いて、言葉にするのをやめてしまう。
どうして自分はそんな事を考えたんだろう。
混乱する。
三日後に、熊本へ帰る。その事を思う。
あんなに帰るのが嫌だったはずの実家なのに、今は、それをおもうと胸の奥が高揚する。
あと数日で、母に会える。

■12日目~14日目
学校、休日。
戦車道はお休み。

■15日目
実家の敷居をまたぐ。
びくびくせずに、堂々とまたぐ。
『紅はるか』は三箱買った。
懐かしい中庭を一人で歩く。
風景のなにもかもが懐かしい。
けれど今日は、前を歩く姉の背中はない。
縁側の障子の奥から、母の声がした。
『みほ?』
緊張が全身を駆け巡る。それにあらがって、凛とした声で返事する。
「はいっ」

まほとエリカは、明日帰ってくるとのこと。
ふたりで晩御飯を食す。
以前よりは、話が弾んだ。
自室に戻る。
自分が飛び出した時のまま、やっぱり何も変わっていない。
夜、ふと目が覚める。壁に掛けられた黒森峰の制服を眺める。過去を振り返る。

おしっこに行きたくなる。
トイレに向かう途中、母の部屋の障子からもれる灯り。
役人から聞いた戦車道の話を思い出す。
けれども、障子を叩くのはまだためらわれた。

691: KASA 2017/02/09(木) 20:21:13.31 ID:8gTs/nb4O
■16日目
お昼すぎ、まほとエリカが帰ってきた。
母はちょうど外出中。
みほ、玄関で二人を迎える。
玄関で、エリカと向かい合う。
油断すると、まぶたに何かがこみあげてきそうになる。
声が震えているような気がして、なかなか口がきけない。
玄関で、しばらく二人して向かい合う。
まほは、エリカの隣で何もいわすにたたずんでる。
唐突に、エリカがみほのほっぺたを軽く叩いた。
ぺちっ! 
はたいた格好のまま、エリカの手はみほの頬に添えられている。
みほが、その手を握る。
(エリカさんの手だ)
ちょっぴりまだ細い気がするけれど、
スカイプで話した時よりは、もとにもどってきてる。
------------------------
みほ「お、おかえりなさいっ……で、いいのかな……」

エリカ「まだ早いわよ、ばかね」

みほ「うっ……お、お姉ちゃんに言ったんだもん」

エリカ「……あっそ」

まほ「ただいま、みほ」
-------------------------
この家の玄関で、みほが私を出迎えてくれる。いつぶりの事だろう。



エリカの部屋が、すでに西住家にはできていた。
みほの隣の部屋。
養子計画は着々と進行中。

みほ、華と沙織のことをハタと思い出す。
まほとエリカの間の様子は、今のところ以前と変わらない。



夕方。
母帰宅。

晩御飯。
しほは、寿司を取ってくれた。
お父さんは出張中でいない。
4人で寿司を囲む。
エリカさんはタマゴ巻が大好き。
エリカとしほ、ずいぶんと接し方が自然になってきている。
入院検査やらの話で盛り上がる。

黒森峰はサンダースと合同であった。
→アリサのパパは、メグミ。ケイはママでもパパでもない。……にもかかわらずケイも合同検査に参加してた。これも隊長としての義務よHEY-!みたいな勢いで、強引に。(センター側:サンプルデータを収集する事はまぁ無駄ではないか……と了承)
ケイさんは凄いなぁ、とみほ感心。

ちなみに場が暗くなりかねない話題は、みんな意図的に避けている。
奇妙な連帯感を肌で感じていた。

食後は、気持ちを切り替えてまじめなお話しに。
養子の件。
逸見家側の了承はとれていること。
逸見家内での意志確認もほぼ終了しているとのこと。
(養子はあくまで合理主義的形式的なもの、等々)
そのたもろもろ、意思確認。
この時点で全員の意思疎通はほぼ完了。
西住エリカカッコカリ。
やったね家族がふえるよ。

就寝。
まほの提案で、三人一緒に居間で寝ることに。
しほは自室に引き上げた。
(お母さんも一緒にとは言い出せなかった。本当は言いたかったけど。なんとなく、姉やエリカの手前、甘えんぼって言われそうで)
三人の語らいへ→




区分け
■1日目~5日目
検査入院編

■6日目~14日目
大洗編(幕間)

■15日目~
里帰り編

706: KASA 2017/02/11(土) 21:26:41.87 ID:5vxbr6hzO
→川の字に布団をならべて、西住三姉妹(仮)の語らい。

布団並び:
[みほ・エリカ・まほ]

まほが少しはしゃいでいる。
→普段よりもいくらか口数が多く、声に弾みがある。
ふとんの上で不自然に何度も寝返りをうったり。
みほ、姐の童心を感じて嬉しい。
エリカさんはちょっぴり困惑しているみたいだけれど、それはけっして嫌な困惑じゃなくて、ドギマギな困惑っぽい。(隊長がなんか可愛いんだけど……)

中学校時代の話、高校一年生時代の話。
三人は様々な記憶を共有している。
幸せ。

思い出話が時を駆け上るにつれ、第九回戦車道大会決勝の記憶がみほの脳裏にちらつきはじめた。
嫌な思い出を閉じ込めている、無意識の蓋。それが開こうとしている。
姉の無表情、エリカの怒声、母の冷たい声、それらが、蓋の隙間から漏れ出してくる。
そんな自分が、みほは嫌。

------------------------------

みほ(はぁ……)

みほ(この感覚、一生消えないのかな……)

みほ(……。嫌だな、何もこんな時に思い出さなくてもいいのに)

みほ(せっかく、お姉ちゃんと、エリカさんと、こうして……)

エリカ「──こら」

みほ「え?」

エリカ「あんたねぇ、露骨に口数、へらしてんじゃないわよ」

みほ「っ……べ、べつにそんなこと、ないです……」

エリカ「ふん、バレバレよ。……だって、私も意識しちゃってるし……」

みほ「え……」

エリカ「……。」

まほ「ふむ」

まほ「そうか」

まほ「やはりまだ、ひっかかるのか」

みほ「……。」

エリカ「……。」

707: KASA 2017/02/11(土) 21:27:34.27 ID:5vxbr6hzO
まほ「エリカ」

エリカ「はい」

まほ「隊列を組み直すぞ」

エリカ「……はい?」


--------------------------------


     みほ エリカ まほ


--------------------------------

--------------------------------

            まほ スッ…
       ?   ?
     みほ エリカ ↑


--------------------------------

--------------------------------

        まほ))) ススス…
        
     みほ エリカ   


-------------------------------- 

--------------------------------

  まほ
      one-tyan…?
     みほ エリカ


--------------------------------


    yoisyo…
  (((まほみほ!? エリカ!?



---------------------------------


みほ「わ、わっ、お、お姉ちゃん!?」

708: KASA 2017/02/11(土) 21:28:08.63 ID:5vxbr6hzO
まほ「エリカ、お前もだ」

エリカ「へ?」

エリカ「……。」

エリカ「……はぁ……」

エリカ「了解です」

みほ「エ、エリカさんっ!?」


---------------------------------


     まほみほ エリカ


--------------------------------

--------------------------------

        !?  sikatanaiwane…
     まほみほエリカ)))


----------------------------------

みほ「ふぇぇええぇぇええぇぇぇ」

エリカ「ねぇもう少しそっちに行ってよ、私のお尻がはみでてんのよ」

まほ「待てエリカあまりみほを押すな、私がはみでる」

エリカ「あぁ、すみません」

みほ「ひゃあああああ」

709: KASA 2017/02/11(土) 21:29:53.96 ID:5vxbr6hzO
みほ「ひゃあああああ」

みほ(私、お姉ちゃんとエリカさんに、もみくちゃにされてるよぉ……)

まほ「さて、みほ」

みほ「な、なに?」

まほ「カウンセリングを始めようか」

みほ「カウンセリング!?」

まほ「案ずるな。私とエリカのカウンセリングは、おそらくは今やすでにプロ級だ」

みほ「そ、そうなの?」

まほ「何度カウンセリングを受けたと思ってる」

みほ「受けたから上手になるって、そういうものなのかな……」

エリカ「五月蠅いわね、私がここまでしてあげてるのよ。文句言うんじゃないわよ」

みほ「えええ」

みほ(お姉ちゃんとエリカさんの吐息が、耳元にあたるよぉ……)

みほ(お姉ちゃんの、テンション、少し変だし……エリカさんも、つられてるみたいだし……)

みほ(……だけど……なんだか楽しいなぁ……)

710: KASA 2017/02/11(土) 21:37:42.82 ID:5vxbr6hzO
『去年のあの決勝戦での出来事、私達はどう受け止めるべきなのだろうか?』
→1年越しの真剣シャベリバ十代。いまならばできるはず。


●西住流ならば過去にとらわれず前を向いて歩くべきでは?

エリカ→たしかにそうかもしれません。だけど辛い記憶というものがどれだけ己を縛るかということ、今回の件で私もそれを体感しています。西住流とひとくくりにして黙殺できる問題ではないでしょう。

みほ→エリカさんありがとう。エリカさんがそう言ってくれて、とっても嬉しい。 前を向いて歩かなきゃって、私も思ってる、でもやっぱり、心の奥でしこりになってる。どうしたらいいのかなぁ。

まほ→考えてみよう。ところで私やエリカにとっては、あの出来事はどうなのだろうか? 私は──みほが戦車道を止めてそれで幸せになれるのなら、それもいいと思っていた。西住流が(というよりもお母様だが……)みほを苦しめているのは分かっていたつもりだからな。
……だが、それではみほの心の問題を解決する事にはならなかったのかもしれない。私は浅はかだったのだろうか。今はそれを後悔している。だからこうやって、改めて気持ちを確認したい。

みほ(お姉ちゃん、そんな風におもっててくれたんだ)

エリカ→私にも後ろめたいところはあります。あの時は私は本当に怒ってました。決勝にまけたか。らじゃありません。みほが黒森峰をやめるといったからです。みほに裏切られたと思いました。だからそのしかえしに、みほを傷つけてやりたくて仕方がなかった。……バカだった。後悔してる。今なら正直に言えます。……ごめん、言っていいわよね?

みほ→うん。

711: KASA 2017/02/11(土) 21:41:52.56 ID:5vxbr6hzO
エリカ→ありがとう。戦車道を止めたいならやめればいいって、あの時は本気で思っていましたし、本気でみほにそう言いました。何日かして、すごく後悔。……結局黒森峰にもどってこなかったし……その事で余計に腹が立って……色々な後ろめたさや後悔を、みほへの軽蔑と怒りに転化させました。はぁ、とうとう言っちゃった……。

まほ→良く言えたな、偉いぞエリカ。

みほ→エリカさん……。

まほ→みほは、どう思っている? あの当時のことを。

みほ→え、えと……あの時の事を思い出すと。辛いです。気持ちが沈みます。

(まほ、みほの顔にゆっくりと自分の顔を近づける)

まほ→ああ、わかっているよ。私達は今、それがなぜかを、探ろうとしているんだ。それぞれ私達にとって、何がしこりなのか、どうすればそれを解消できるのかを。

みほ→う、うん。

まほ→具体的に、何を思い浮かべて、気持ちが沈む?

みほ→……お姉ちゃんの顔、エリカさんの顔、お母さんの顔。みんな、怒ってる。

エリカ→え……。

まほ→……。

エリカ→けどさ、私と、その……仲直りっぽいこと、できたじゃない……できてるわよね? なのに、そういう嫌な気持ちはまだ消えないの?

みほ→そうです……。

712: KASA 2017/02/11(土) 21:43:39.78 ID:5vxbr6hzO
まほ→私達は今、再びこうして一緒にいるじゃないか。それだけではダメなのか?

みほ→私も、そうは思うんだけど、なんでかなぁ……。

エリカ→……少し前のワタシなら、昔のことをいつまでもひきずってんじゃないわよ!って、偉そうに言えたんだけどね。……今はもう、言えなくなっちゃった。あーあ、我ながら情けないわ。

まほ→いや、だがしかしエリカ、私はそれを良い変化だと思う。

エリカ→そうでしょうか? 西住流としてはよろしくないのではないでしょうか。

まほ→そうかもしれない。だが私としてはそういうエリカを好ましく思う。

エリカ→……。(///)

みほ→……。(エリカさんにお姉ちゃんをとられた感)

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その後も、明確な結論はでず。
『こうやって話すことが大事なんだよ』、それっぽくまほが〆た。
たしかにちょっとだけ、蓋の奥のドロドロが和らいだような気がするみほ(語尾ではない)



■17日目
午前中
母の車に連れられて、熊本中央病院へ行く。

しほ「こちらの病院でも一度検診を受けておきなさい。手帳の登録もあるから」

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713: KASA 2017/02/11(土) 21:45:18.96 ID:5vxbr6hzO
家を出発してまだすぐ、ど田舎のあぜ道。
運転席・しほ
助手席・みほ

みほ「……あのね、お母さん」

しほ「何?」

みほ「赤ちゃんの事なんだけど」

しほ「ええ」

みほ「えっとね……」

みほ「私、あかちゃん」

みほ「熊本で産みたいなって──」

しほ「……。」

 ……キキィィィィィイイィイィイッ!!!(急ブレーキ)


みほ「わあ!?」

みほ「お、お母さん!? どうしたの!?」

みほ(タヌキか何かがいたのかな……!?)

しほ「……。」

しほ「車を脇に寄せるから、少し待ちなさい」

みほ「え……は、はい」

みほ(あれ? お母さん、怒ってる……?)


 ブゥゥウゥゥゥン……。


みほ(え? え? 怒らせるようなこと、言ったのかな)

みほ(……熊本で産んじゃだめなのかな……そんな……)


 ……キィッ。


しほ「……。」

みほ「……。」

しほ「叱ろうかと思ったけれど──」

みほ(え)

しほ「考えてみれば、その点についてはまだキチンと話を、していなかったのね」

しほ「……急に止まって悪かったわね。お腹は大丈夫?」

みほ「え、う、うん……」

しほ「では聞くけれど──」

しほ「み、ほ?」(助手席側に、瑞っと顔を寄せてくる。)

みほ(ひっ!?)

しほ「貴方はどこで出産をするつもりだったの? まさか、『大洗』じゃないでしょうね? ……以前にも似たような会話をしたと思うけれど?」

みほ「え、え、え……!?」

みほ(お、お母さん、すっごく怒ってる???)

みほ「そ、そうじゃなくて、なんとなくぼんやりと、熊本で産むのかなーって思ってたけど……あらためて、ちゃんとお母さんにお願いしておきたくて……」

しほ「……。」

しほ「そうですか。そういう事なら、叱りはしませんが」

しほ「国の施設での出産になる可能性も、と、これも以前に言ったわね。けれど、そうでない場合は当然、この熊本で──」

しほ「──まぁ、地に足の着いた考え方を、多少はするようになったのね。あなたも」

みほ「え……」

714: KASA 2017/02/11(土) 21:48:18.78 ID:5vxbr6hzO
みほ(よく分からないけど、褒められちゃった)

みほ(……ほんと……)

みほ(こうやってお母さんと)

みほ(以前なら考えられなかったような雰囲気で、お話しできることが増えてきた)

しほ「まだ他に、何かある?」

みほ「……えと、ないです」

しほ「そう、じゃあ行くわよ」

みほ「……うん」

 ぶろろろろろろ……。

みほ「……。」

みほ(ホントは、他にも聞いてほしい事があったけど……まだ、ちゃんと考えがまとまってない)

:高校は大洗で卒業をしたい。でも大学は熊本でいきたい(かもしれない。)
:それってつまり、黒森峰の大学にいきたい(のかもしれない。)
:もっというと私も正式にもう一度西住流の人間になりたい(……のかなぁ?)
:それと、(子供が施設から帰ってきている間は)お母さんやお姉ちゃんやエリカさん達と一緒に熊本で子育てをしたい……

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715: KASA 2017/02/11(土) 21:51:42.10 ID:5vxbr6hzO
熊本医療センターにて

「あそこの一号分娩室で貴方を生んだ。まほは三号分娩室だったわね」
そんな事を覚えている母を、少し意外に思った。

診察台で股を開くのには、いつまでたっても慣れない。

院内の食堂でお昼ご飯を食べる。今更ながら、沙織と華の件を(名前は伏せて)母に話す。
まほとエリカには、まだ兆候は見られない。
「何も起こらないのならば、このまま話す必要はないのかもしれない、そうも思ってる」
珍しく消極的なその姿勢に、母の苦悩を感じた。

帰宅途中、熊本市内でチ○チ○電車と併走する。
家族で熊本に遊びにきた時に、よく利用していた。

二時頃、帰宅。
まほとエリカは縁側でくつろいでた。
二人は退院(?)直後でもあるから、今日はゆっくり。
みほも混ざり、のんびりすごす。戦車談義。

夕方、三人で犬の散歩にでる。
いぬ、大勢での散歩が嬉しいようで、ハシャグ。
畑の中の土道。
エリカさんが先頭でリードを引き(あるいは引っ張られ)、その後ろを、みほとまほがついていく。
姉に問う。
「お母さんが、なんだかすごく優しくなった気がする」
姉は、一歩、二歩、三歩と歩いたのち、少し口元を緩ませながら、
「お母様も心配なんだろう。みほの事が」
「そうなのかな」
エリカさんが、振り返る。
「『そうなのかな』って、何よそれ、当たり前の話じゃない」
「そうなんだけどね……」
西住のお家にもね、いろいろあるんだよ、エリカさん。……なんちゃって。

夜。
夕食を女4人で食べる。お父さんは──海外出張頑張ってね。

今晩は、三人それぞれの部屋で寝る。
寝る前に少しだけ、エリカさんの部屋へ遊びにいく。
まだ家具があまりなくて殺風景。
写真立ての一つに自分とエリカさんの並ぶ写真を見つける。
少し照れる。
その20分後くらいに、
「……っ!」
エリカさん、その写真の事を忘れていたのか、一人でこっそり照れてた。
まだ完璧ではないけれど、二人の時差が、少しづつ解消されている気がする。

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716: KASA 2017/02/11(土) 21:56:13.09 ID:5vxbr6hzO
■18日目
エリパパエリママが挨拶にきた。
こうやって親戚付き合い(?)をする機会をちょくちょく設けているらしい。
エリママはみほの事をちゃんと覚えてくれてた。とってもうれしいみほ(語尾ではない)

取り立てていう事のない、穏やかに時が過ぎていく。
──という和やかな雰囲気を皆で協力して作りあげようとしている。
みほもそこに加わる。連帯感が心地よい良い。
晩御飯、6人で一緒に外食。
お店の前で、エリママエリパパとは分かれる。

運転席:しほ
助手席:まほ
後部座席:みほ・エリカ

変な感じがして、むずがゆい。

明日の予定を確認しあう。

みほ:朝、家をでて大洗へ帰る。(用事ついでに母が車で駅まで送ってくれる)
まほ&エリカ:お昼頃、家をでて学園艦へ戻る。
姉やエリカと別れるのが少し寂しい。

最後の夜は、またと三人で一緒に寝ることにした。

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717: KASA 2017/02/11(土) 22:04:37.93 ID:5vxbr6hzO
まほ「私はみほの頭を撫でてやる必要があるのかもしれないな」

みほ「……へ?」

みほ(お姉ちゃん、またおかしなテンション……)

まほ「エリカと話し合ったたのだが──」

みほ「う、うん?」

エリカ「前にも言ったけど、私が今元気でいられるのは、隊長のおかげよ」

みほ「うん」

エリカ「私が何か不安になるたび、隊長は必ず私を慰めてくれる。何度でも、いつまでも」

エリカ「頭を撫でてくれたり、お腹を撫でてくれたり」

エリカ「なら……」

みほ「……私にも同じことを?」

エリカ「私や隊長が、あんたのトラウマの一因であるのなら、なおさらね」

まほ「どうだろうか、みほ」

みほ「ど、どうって……」

718: KASA 2017/02/11(土) 22:05:24.54 ID:5vxbr6hzO
みほ「えと、えと、ありがとう、二人がそこまで考えてくれて、私すごく嬉しい。だから……も、もう大丈夫です」

みほ「……は、恥ずかしいし……」

まほ「……。」

まほエリカ」

エリカ「はい?」

まほ「囲むぞ」

エリカ「……はいっ」

みほ「二人とも!?」


---------------------------

     みほ エリカ まほ

---------------------------

---------------------------

            まほ スッ…
       !     ↑
     みほ エリカ  

---------------------------

---------------------------

    まほ))) ススス…
  
     みほ エリカ  

---------------------------

---------------------------

    …。
  まほ
       …。  …。
     みほ エリカ  

---------------------------

---------------------------

   Panzer…
  まほ
      !?   …!
     みほ エリカ 

---------------------------

---------------------------
      

   Vor! kyaaa!? Vor!
(((まほ Σみほ エリカ)))


---------------------------


みほ「わああああ、だ、大丈夫、ここまでしてもらわなくても大丈夫だからぁ!」

エリカ「みほ」

みほ「な、なに」

エリカ「ふざけてると思ってるのかもしれないけど──」

エリカ「私も隊長も、マジだから」

みほ「へ……」

エリカ「ふざけてこんな事するほど、私は酔狂じゃない」

みほ「へぁぇぇぇ……」

まほ「よく言ったぞエリカ……よしっ」

719: KASA 2017/02/11(土) 22:07:01.83 ID:5vxbr6hzO
 ぎゅっ

みほ「ひゃ」

 なでなでなでなで

みほ「わああああ」

まほ「大人しくしていろ、みほ」


 なでなでなでなで


みほ(……あ、あ、何これ……すごい、これ、とっても落ち着く……お姉ちゃんの手、気持ちいい、頭のテッペンがぽかぽかする……)

まほ「柔らかいな、みほの髪の毛は」

みほ「……うぅ……」

みほ(あ、でも、本当に……気持ちいい……)

みほ「……エリカさん、これをいつもお姉ちゃんにしてもらってるの?」

エリカ「ま、まぁね」

みほ「……ずるい」

エリカ「し、しかたないじゃない」

エリカ「あぁ……それとね、これも、すごく気持ちいいのよ」

みほ「え……っひやぁぁぁ!?」

エリカ「ちょっとっ、大きな声ださないでよ!」

みほ「だってエリカさんが私のパジャマの中に手を──!」

みほ「って……あ……」

 くるくるくるくる

エリカ「あんた、子宮の位置ってちゃんと把握してる? おへその下、拳一つ分くらいの……まぁ、このあたりなんだけど」

みほ(あ……これって紗希ちゃんがみんなにやってもらってたクルクルマッサージだ……)

みほ「ふぁ……エリカさんの手、暖かい」

みほ(体がふにゃふにゃになっちゃう、夢ごこちだぁ……)

エリカ「でしょ、人にやってもらうと、すごく気持ちいいのよ」

みほ「これも、いつもお姉ちゃんに……?」

エリカ「……まぁ」

720: KASA 2017/02/11(土) 22:09:55.96 ID:5vxbr6hzO
みほ「……。」

エリカ「何よその目は」

みほ「じつは私ね、エリカさんの事をすこし恨んでる」

エリカ「な、何よ、急に……また黒森峰の話?」

みほ「ううん、そうじゃなくて」

みほ「エリカさんに、私のお姉ちゃんを、とられちゃった……って」

エリカ「っはぁ!?」

まほ「……ふふ、面白いことを言うんだな、みほは」

みほ「ほんとにそう思ってるもん」

まほ「なら心配するな、ほら、私の手は──」

まほ「二本あるだろう?」

みほ「……」

まほ「エリカとみほ、二人の頭を撫でてやるさ」

みほ「……。」

みほ「だけど」

みほ「片方は、赤ちゃんのためにとっておかなきゃ」

エリカ「……!」

まほ「……。」

みほ「エリカさんの赤ちゃんをよしよししてあげるために」

まほ「……みほ……」

みほ「お姉ちゃん」

まほ「ん?」

みほ「エリカさんと──」

みほ「エリカさんの赤ちゃんと──」

みほ「一杯よしよし、してあげてね……」

まほ「あぁ、わかっている」

エリカ「私は……あんたの子供だって、ちゃんと撫でてあげるわよ」

みほ「……。」

みほ「……ねぇ、エリカさん」

エリカ「何よ」

みほ「頭、撫でていい?」

エリカ「……っ、だ、ダメ……調子にのらないで」

みほ「ずるいよ……」

みほ「……」

みほ「えいっ……」

エリカ「あっ……」


 よしよしよしよし

 くるくるくるくる

 なでなでなでなで

みほ(……あぁ、気持ちいいなぁ……)

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721: KASA 2017/02/11(土) 22:20:20.02 ID:5vxbr6hzO
■19日目
午前7時
みほ、目が覚める。
まほとエリカはまだ寝ている。

三人絡み合ってあられのない寝相。

みほはまほに抱き枕とされ、かつ、エリカの手がみほのズボンの中に突っ込まれている(子宮マッサージの名残)

まほの匂いにつつまれて、みほ幸せ。エリカの手の平も下腹部に暖かい。ヘブン状態。
そのまま二度寝──しようかとうつらうつらしていたら、
突然、スーッと部屋の障子があいた。足音に気付かない程度の絶妙な半寝をしていたらしい。
みほ、でぎょっとする。
廊下からこちらを見おろしているのは──エプロン姿の母。顔がこわばっている。。
みほ、母と見つめあい固まる。
体は硬直しているが心臓だけはバックバク。

「……」

しほ、何かを押し殺すように、眼をぐっと閉じ、長い長い一息を吐く。
そしてそのあと、スーッと障子を閉めて、静かな足音が遠のいていった。
みほ、気を失う様に、二度寝。
30分ほどたって、三人とも目がさめた。ごそごそしていると。
母がまた襖をあけ、
「朝食を食べなさい」
と何食わぬ顔で言った。

午前8時頃朝食
4人で食べる。
しほは今朝の事には特に何も触れてこない。
母にみられたこと、まほやエリカには秘密。みほは一人でドキドキしてた。

家の玄関でエリカとまほに見送られる。
口には出さないが、それぞれの顔に、押し殺しきれない心残りが見えた。

母の運転で駅に向かう。
駅に向かう間、大学の事を、ちょっとだけ相談してみるつもりだったが……朝のことがあったので、やめてしまった。

駅に到着。
友人へのお土産を買いなさい、と一万円を受け取る。驚く。
「連絡を欠かさぬこと」
そういって、母は去って行った。

土産には3000円くらいしか使いきれなかった。
贅沢をして、東筑軒のかしわ飯弁当を買う。
列車の中で、一人でのお弁当。寂しい。少し、涙がでた。今朝までは一人じゃなかったのに。
気を紛らわせるために、エリカさんと、沙織さんと、どうでもいい内容のメールをした。
沙織さんから写メが届く。華さんと一緒に、着物姿で並んでいた。華道をやってるっぽい。楽しそうでよかった。

夜、大洗にたどり着く。
学園艦が、夜の海辺で静かに巨大にたゆたってた。

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区分け
■15日~19日
熊本里帰り編

729: KASA 2017/02/15(水) 22:21:37.44 ID:50OD97llO
■20日目
第二回検査入院初日。
(みほはぎりぎり前日の晩に大洗に戻ってきてた)

皆、二回目なので少しだけ気持ちに余裕がある。
つくばへのバス移動中も、ちょっとした旅行気分にさえ。

みほ→熊本ですごした時間を振り返る。
大学の事、西住流の事、将来の事

:……あれ? いまのところ世間にはこの妊娠のことは秘密だけど──お腹が大きくなり始めたら、どうするんだろう?」
今まで通りに学校に通うことも、できなくなるのでは?


今更それに気づく。
会長に聞く。
『上の人達がいろいろ考えてくれてるよ』
デーンと構えてる会長。


昼すぎ、霊長類医科学研究センター到着。
ローズヒップさんの紅茶の飲み方がどことなく優雅になってる。アッサムさんはちょっぴり物足りなさそう。アッサムさんはもっともっといっぱいローズヒップの世話を焼きたいのだ。やさしー。

日暮れまで検査がたて続く。
特に何事もなく、めいめいメニューをこなす。

晩御飯はチハタンによる『すき焼き』。
食堂が宴会場みたいになった。

夜、愛里寿ちゃんと池のほとりでボコ談義──をするつもりだったが、イチョウの林の中に、じっと見つめあう沙織さんと華さんを発見。
みほ、愛里寿ちゃんの手をとって引き返す。
やだもー。

愛里寿ちゃん、お母さんにはまだ本当の気持ちを話せてない様子。
→……とうよりも、ルミのおかげで本当に妊娠がへっちゃらになってきた。『本当の気持ち』とやらはすでに過去のものになりつつある。
ならば、あえて『(数日前までの)本当の気持ち』を話す意味ってあるの?
→むしろ、『お母さん、私を心配をしてくれてありがとう。でも大丈夫、私がんばるよ!』って前向きな気持ちをこそお母さんに伝えたい。
と、明るい声で思いを述べる愛里寿。
みほびっくり。
「時間が解決する、ってこーいうことなのかな……」
もちろん、それってルミさんと愛里寿ちゃんの心の強さあってのこと。

-----------------------------------------
みほ(この先何がどうなるか……私に想像できることって、ほんのちっぽけな範囲の事でしかないんだ)

みほ(黒森峰から逃げ出した時だって、自分が転校先でもまた戦車道を始めることになるだなんて少しも思っていなかった)

みほ(私がちゃんと想像できるのは、あくまで私一人のことだけなんだ。そんな狭い世界の中だけで、私はあれこれ考えて一喜一憂してる)

みほ(だけど現実には、私に想像できないことがいっぱい起る。それってつまり……私が一人じゃないからなのかな? みんな、が私と一緒にいてくれるからなのかな……!)
-----------------------------------------

とっても大切なことに気が付けたような気がして、すっごく気持ちが明るくなれた。
妊娠して以来、こんな風に気持ちがはずんだのは、本当にはじめてじゃなかろーか……。
と思ったら、そうでもなかった、お母さんが振り向いてくれた時、姉やエリカさんにもみもみしてもらっていた時……あれ? もしかして私ってすごく幸せなのかなぁ? なんか、気持ちがドエライぽわぽわした。

730: KASA 2017/02/15(水) 22:22:04.84 ID:50OD97llO
■21日目。
一日検査。
だけどみほはまったくへっちゃらだった。だって私はみんなと一緒。
もう何も怖くない。

昼、屋上で休憩がてら日向ぼっこをしている時、ルミさんと一緒になった。
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ルミ「実は、『隊長の本当の気持ち』、家元には私からこっそり伝えてあるのよね。今のところ隊長は心配ありませんよ、ともね」

みほ「え!?」

ルミ「おっと、愛里寿隊長には秘密だからね?」

みほ「え、えと……でも、それって……良いんですか……?」

ルミ「うーん、良いか悪いかは分からないけどね。だけどそれが、私の役目だわ」

みほ「ルミさんの、役目?」

ルミ「愛里寿隊長と、愛里寿隊長の赤ちゃんを守る事。家元ときちんと連携をとりながらね」

みほ「……。あの、一度ルミさんに聞いてみたかった事があるんです」

ルミ「なに?」

みほ「ルミさんは平気なんですか。急に自分が、赤ちゃんのパパになってしまって」

ルミ「ん……まぁ、それはねぇ。もうちょっと色々遊びたかったなぁって感じはあるかなぁ……」

みほ「はぁ」

ルミ「随分早いうちに人生決まっちゃったなーって、そう思う時は、たしかにあるかな」

みほ「人生が決まっちゃった……?」

ルミ「だってさ、カタチはどうあれ島田流家元の娘さんを孕ませたっちゃんだから、そりゃもう責任とるしかないわよねぇ」

みほ(は、孕ませた……)

ルミ「まぁけど、戦車道やって食べていければいいなぁとは思ってたし、そういう意味では、島田流に骨をうずめる事になってよかったのかもね? 家元の家族ならとりあえず食いっぱぐれはしないでしょ」

みほ「……」

みほ「ルミさんて……すごいです」

ルミ「へ?」

みほ「ちゃんと自分の将来のことも考えてるし、くよくよせずに前向きだし……私なんて、まだまだで……」

ルミ「あはは、私だって、高校生の頃は何も考えてなかったわよ。むしろ今の貴方のほうがよほどたくさん考えてる」

ルミ「ま、ともあれ」

ルミ「そりゃあ、いろいろ真剣になるって」

ルミ「なにせ私は──」

ルミ「隊長を愛してるからね!」

731: KASA 2017/02/15(水) 22:22:38.28 ID:50OD97llO
みほ「ふぇっ」

みほ「あ」

みほ「愛、ですか」

ルミ「そうそう、愛だよ、愛。にひひ」

ルミ「おっと、これも隊長には秘密だからね?」

みほ「は、はい」

みほ「……。」

みほ「……。」

みほ(思い切って、……聞いてみよう……)

みほ「あ、あのっ!」

ルミ「なに?」

みほ「と、ということはその、ルミさんは、その」

みほ「レ」

みほ「レ」

ルミ「レ……?」

みほ「っ……レズビアンさん! なんですか!?」

ルミ「……へ?」

ルミ「」

ルミ「」

ルミ「ぷ──」

ルミ「あははははははははははは!」

ルミ「あは! あはひぇえっへへ!」

みほ「ふぇ!? え、ええ!?」

ルミ「あは、あはは……ひー、ああ、ごめんね笑って……!」

ルミ「あーだけど……ほんっと、面白いわねぇ貴方って」

みほ「?? え、え、えと、えとえと……???」

ルミ「ひー……隊長が貴方を好きな理由が、私も少しだけわかったわ……」

みほ「ふぇ、あ、愛里寿ちゃんが私を……」

ルミ「……ふー、あーやっと収まってきた……」

ルミ「おっほん、あのね、一つ教えてあげるけど」

みほ「は、はい……?」

ルミ「愛にとっては、男も女も関係ないのよ?……なんちゃって」

みほ「え……」

ルミ「いやー、さぁて、気分転換もできたし、私はそろそろ、愛する隊長のところへ戻るかなぁ。じゃ、またね?」

みほ「え……」

ルミ『あー、おかしかったぁ……』


(ルミ、去る)

732: KASA 2017/02/15(水) 22:23:12.32 ID:50OD97llO
みほ「……。」

みほ(……やっちゃった……)

みほ(ルミさんの言った『愛する』って……)

みほ(『大切に思う』って、そーいう意味でいったんだ……きっと……)

みほ(それなのに私は早とちりをして……とんでもない事を聞いちゃった……)

みほ(……うぅ、恥ずかしぃよう……)
---------------------------------------------------

みほ、昨日は自分がなんだかとっても賢くなったような気がしていたけれど、今は、自分がとっても馬鹿みたい。

夜・食堂
今日はアンコウ鍋。

愛里寿の隣に座っているルミが、これ見よがしに愛里寿にあーんをしてあげたりしつつ、みほの方を見てニヤニヤ笑ってくる。
自分の発言を思い出してめっちゃ恥ずかしいみほ。

ほどなくしてアンチョビさんとペパロニさんが絡んできてくれた。
ルミさんの視線を気にする余裕がなくなったので、二人には内心ですっごい感謝。



■22日目。
次の入院は一週間後。
大洗に帰る。
学園艦は明日の夕方出航とのこと。



■23日目。
久々に登校。
華さんと沙織さんが教室で仲良くしてるのを見ると、なんだかドキドキしてしまう……。
(沙織さんと華さんはこの数日間に何度キスをしたんだろう? どこで、したのかな……)
すごく興味があるけれど、本人達にそれを聞ける性格ではなかった。

//////////////放課後。
学校に大きなトレーラーが何台もやってきて、戦車を全て運んで行ってしまった。
物質・材料工学専攻事務室というところに運びこんで、精密に検査を行うそうな。
戦車の積み下ろしを行うために、学園艦はまだ出航せずにいたのだ。
全員で校庭にでて、戦車を見送る。
優香理さんは最後まで、去っていくトレーラーに手を振ってた。

がらんどうになった戦車倉庫がすごく寂しい。
自動車部の4人が、空っぽになった倉庫をじっと眺めてた。

----------------------------
すずき「……。」

ナカジマ「……。」

つちや「……あーあ……」

ほしの「……。」
----------------------------

たたずむ四人の背中と、つちやさんがぽつりと漏らした寂しそうな呟きとが、みほの印象に強く残る。

-----------------------------
みほ(……あぁ、そっか……)

みほ(戦車達と、一番長く一緒にいたのは、私でも優香理さんでもない)

みほ(自動車部の皆さんなんだ)

みほ(本当にありがとうございます、皆さん……)
-----------------------------

ウサギさんちーむとアンコウチームで一緒に下校。

道すがら、

「あ! 戦車はつくばに運ばれるんでしょー? じゃあさ、次の検査入院の時さ、ついでに見に行けないかなー!」

733: KASA 2017/02/15(水) 22:24:07.06 ID:50OD97llO
桂利奈ちゃんが嬉しそうにそうに叫ぶと

「ずるいよ! 私も検査入院したいですぅー!」

と、優香理さんがすごくゴネた。
さすがに潜入は難しいかな。



夜・家でふと心細くなる。
→戦車がなくなったら、戦車道の隊長でなくなったら、いったい私はなんなんだろう?
気持ちがざわざわするので、エリカさんにメールをする。
→黒森峰も一昨日戦車が運び出されたらしい。

『隊長、辛そうだった』



■24日目
登校。

戦車もなくなってしまったし戦車道の履修時間、どうしよう……?
→戦車道倉庫にて『マタニティ・クラス』開設。

講師:杏、河嶋、柚子(よーするに生徒会)
生徒:戦車道履修者全員

おふざけかと思いきやすごくまじめで実践的な内容。
みほ、杏の勉強量とその質の高さに驚く。

みほ(会長はとても真剣に勉強してるんだ……)

*初級クラス、上手なお○ぱいのあげ方!
-----------------------------------

杏「はーい、じゃあこの授乳人形ケンタ君を使って、実際にお○ぱいをあげる練習だー」

杏「ではまずー……つちやちゃん!」

つちや「ええ私!?」

ホシノ「おー、がんばれ、つちや」

杏「じゃ、まずはお○ぱいを出してね」

つちや「へ!? 皆の前でですか!?」

杏「だって授業だし」

つちや「いやいやいや! 絶対嫌だよ!」

杏「でもねー、赤ちゃんがお腹をすかしてるのに、恥ずかしがってらんないよー?」

そど子「そう言えば……私のおばさんも、割と人前で普通に……もちろん、男性がいない場で、だけど」

つちや「ほ、ホントに……?」

734: KASA 2017/02/15(水) 22:26:09.96 ID:50OD97llO
梓「でも確かにこれは大切な行為です、そう考えれば、全然恥ずかしいことなんかじゃ、ないのかも」

つちや「えええええ……ほ、ほしのぉ……」

ホシノ「頑張れつちや! 素敵なお母さんになるんだろ!」

つちや「うぅ……」



 ……ぺろん



桂利奈「わー」

あゆみ「お○ぱいだぁ」

つちや「い、言わないで……」

杏「じゃ、ケンタ君をこーやって抱いて」

つちや「リアルな人形だなぁ……わ、ちゃんと体重も再現されてる……」

杏「上手く抱けたら、口の中に乳首をいれてね。」

つちや「えと……こうかな……」


 きゅぽ


つちや「ん」

みほ(……わ……)

みほ(まるで本当におちちを上げてるみたい)

みほ(なんだかとっても、尊い……)

みほ(みんなも、つちやさんの姿に見とれてる)

沙織「なんか……いいね、こうやってみると……お母さんが赤ちゃんにお○ぱいをあげてる姿って……私、泣いちゃいそう」

つちや「そ、そう?」

(その時、天窓から差し込む日が、こもれびとなってつちやにそそいだ)

カエサル「おー……」

エリヴィン「まるで聖母マリアのようだ……」

つちや「え、ええー……? えへへ、照れるなぁ」


杏「んじゃ、スイッチをいれるよー」


つちや「へ?」


 かちっ

 ……ブィィィィィィィン──


つちや「っ!?」

つちや「ちょ!」

つちや「痛っ!?」

つちや「ああああ痛い痛い痛い乳首とれるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

ナカジマ「つ、つちや!?」

つちや「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! はなしてぇぇぇぇ!」

735: KASA 2017/02/15(水) 22:26:41.46 ID:50OD97llO
みほ「か、会長!? 何ですかこれ!?」

杏「や、赤ちゃんに授乳をするときは、ホントにこれくらいの力で引っ張られるんだよ?」

そど子「うそぉ……」

つちや「助けてほじのぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」

ホシノ「あははは」

みほ(じゅ、授乳ってこんなに大変なんだ……)

杏「じゃ次、西住ちゃんね」

みほ「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

------------------------------------------------------------------

帰宅後、風呂に入るみほ。
左の乳輪がひりひり。
だけど、みんなで一緒に何かをやるのはやっぱり楽しい。
マタニティ・クラスなんてものを始めてくれた会長に心から感謝する。

736: KASA 2017/02/15(水) 22:30:22.71 ID:50OD97llO
■20日目~22日目 第二回入院検査

■23日目~24日目 幕間



738: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/16(木) 03:01:27.79 ID:7Sqz410f0

素晴らしい読み応えだ

739: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/17(金) 00:07:22.16 ID:/b0trNclo
あらすじもわかりやすい上に要所要所はちゃんと会話文になってるから読みやすいし面白い
乙です

740: KASA 2017/02/17(金) 18:33:15.15 ID:YsD6VBpPO


  ☆西住みほのマタニティclassめも☆

  
  ○妊娠1週目
    せいしさんがらんしさんに出会うために頑張ってる→まだ妊娠してない!(それなのに一週目?)

  ○妊娠2週目
    受精

  ○妊娠3週目
    着床

  ○4週目
    子宮の中に赤ちゃんのふくろ?ができる。生理が来なくなる。
    (⇒私達がこの妊娠事件を知ったのが、この頃)

  ○5週目
    体温が高いままになる→赤ちゃんを育てるために、お母さんの身体は一生懸命
 
  ○6週目
    赤ちゃんの心拍が聞こえ始める頃(5週目~6週目)

  ○7週目
    たいのう? たいが?

  ○8週目
    赤ちゃんが、ちょっとずつお母さんと同じ姿に

  ○9週目
    →→→  わたしたちは今ココ!  ←←←


  ○12~15週目
    お腹がおっきくなりはじめる


  ○~40週目
    出産 

}:
 





■25日目~28日目 

「たった四日間だけど、いろいろな事がありました」

 麻子さんとそど子さんが喧嘩。二日間、二人ともお互いに口を聞かず。
 きっかけは些細なこと。

 :そど子「あんた(麻子さん)に無理をしてまで早起きしてほしくない。遅刻の取り締まりについあうのはもう止めてほしい。貴方には貴方の良いところがあるんだから(勉強とか)そっちを頑張りなさい。」
 :麻子「いやだ。私はそど子と一緒に頑張るって決めたんだ」

741: KASA 2017/02/17(金) 18:33:47.31 ID:YsD6VBpPO
お互いに心配をしあっているだけなのに、二人とも変に意地を張ってしまった。
 二人の事がとっても心配みほ。
 とはいえ、もそもが互いへの思いからくるいケンカ。
 沙織さんや会長が間にはいって、ちょちょいと絡み合た糸をほどけば、あっというまに仲直り。
 むしろなんでケンカしてたんだろうって、二人ともほうけてる。
 
 おりょうさんがつぶやいた→『夫婦喧嘩は犬も食わない』とはこの事ぜよ……。

 麻子さんとそど子さん、ケンカの前よりもずっと仲良しになれたみたいです。




「継続高校のミカさんが、私達の学園艦にふらっと現れた事もありました。(ミカさんは妊娠してる!)」:麻子さんそど子さんのケンカと同時進行
 
 そのミカさんを探して、アキさんとミッコさんがやってきたり……(アキさんが、ミカさんの赤ちゃんのパパでした!!)。
 なんで心配ばかりさせるのよ!ってアキさんは泣いていました。ミカさんはひどいです。
 だけどミカさんもちゃんと反省したみたいで、放浪趣味はしばらく我慢するよって、そう言って、三人で一緒に石川県へ帰って行きました
 
 『この子は風にのって運ばれてきたのさ』

 ミカさんのその言葉が忘れられない。ミカさんは、赤ちゃんのことをとっても歓迎しているみたい。
 私はどうなんだろう?
 この子のために頑張ろうって思ってる、でも、この妊娠自体を、私はどう思ってるんだろう。ミカさんや、それにローズヒップさんや華さんのように『私のお腹に受胎しにきてくれてありがとう』って、
 そんな風に、私は思えてるのかな?





■29日目~31日目(第三回検査入院)

「皆であかちゃんのエコー写真を見せ合いっこしました!」

---------------------------------------
みほ「わぁ~! みんな可愛い!」

ダージリン「うふふ、この子の写真が一番よく撮れていると思わない?」

みほ「はい! なんだかもう、うーぱーるーぱみたいですよね!」

ダージリン「……。」

ダージリン「ウーパールーパー?」

みほ「はい、このさきっぽとか! ちっちゃい手の平なのかなぁ……! わぁ~お腹の中でぱたぱたしてるのかなぁ、かわいいなぁ~……」

ダージリン「……。」

オレンジペコ「みほさんはとてもユニークな感性をもっていらっしゃるのですね。とっても、ええと、素敵?……です」

ダージリン「私くしとしたことが、この場にふさわしい格言が一つたりとも思いうかばなくてよ。おやりになりますわね、みほさん」

みほ「?」
---------------------------------------

742: KASA 2017/02/17(金) 18:34:15.15 ID:YsD6VBpPO
沙織さんや桂利奈ちゃんにも怪訝な顔をされたけど、愛里寿ちゃんだけは「わかる! うーぱー!」ってすごく共感してくれた。
 写真で赤ちゃんの姿を間の辺りにしたときから、やっぱり、皆の気持ちがいっそう変化しはじめたように思いう。
 私のお腹にこの子がいるんだって、ホントの意味で理解できたような気がする。
 皆、自分の赤ちゃんんお写真をいつも持ち歩いているみたい。


 暇なときは中庭の池のほとりで物思いにふけるのが、入院中の趣味
-----------------------------------------
みほ(私のパパが誰なのかは、結局まだわからないまま)

みほ(いつか、分かる日がくるのかなぁ)

みほ(誰なんだろうね)

みほ(貴方のお父さんは……)
------------------------------------------

 事件の調査は、あいにくなかなか進展していない。いくつかの仮説?は提示され始めているようだけれど、どれもまだまだ不完全。
 『検証実験』が行えないのが解明を阻む大きな壁。
 本格的な実験をするってことは、『誰かに妊娠のリスクを負わせる』ってこと。 
 出来る範囲の、害のない実験だけを繰り返して、なんとか手探りをしている。大人の人達、頑張ってる。

 麻子さんは研究についての資料やこのセンターにある分厚い本にたくさんを目をとおして、いっぱい勉強してるみたい。そど子さんのためでもあるのかな?

---------------------------------
みほ「ノートをみせてもらったけど、書いてあることが難しくて私にはぜんぜん理解できませんでした。やっぱり、麻子さんってすごい……」

そど子「でしょ? 朝が弱かろうが、遅刻ばかりだろうが、そんな事どうだっていいのよ。冷泉さんは冷泉さんの才能を大切にすればいいんだから。そのほうがよほど人のためになるもの」

みほ(そど子さんは、なんだか「理解のあるお母さん」みたいな事を言うようになりました……仲直りしていらい、なんだか貫禄があります)
-----------------------------------
 勉強をしてる麻子さんの隣で、勝手にくつろいでるそど子さん→入院中によく見かけた風景。


「研究室に運び込まれた戦車たちは、げんざい分解作業中らしいです。パーツをどんどん細かく分解していって、『いったいどの部品の重量(質量)が減少したのか』を、
 突き止めるそうです。気の遠くなるような作業……(この話を聞いた時、つちやさんとホシノさんが、天井を仰いで呻いてました)」
みほ(ちゃんと元通り組み立ててもらえるのかなぁ……)


「関東にいるわたしたちは、出産までの間、立川にある米軍横田基地へ移住させられるかもしれないそうです。妊娠の件を機密にするためだとか。
 優花里さんなら喜ぶのかもしれないけど、私はちょっぴり不安です」

743: KASA 2017/02/17(金) 18:34:47.29 ID:YsD6VBpPO
■32日目~35日目
学校に行く。
戦車道の時間を利用して、杏主催のマタニティ・クラス。

お母さんたち(妊娠組)、皆この授業を楽しんでる。
検査入院中のエコー写真もあいまって、それぞれが、より具体的な将来を意識しはじめていた。
これからお腹が大きくなって、生活はどんどん変化する、そしていずれは、赤ちゃんを産む……それらを不確実な未来の事としてとらえるのではなく、
差し迫った現実として。

不安におののく気持ちもあれば、あるいは希望を持とうと前向きになろうとする気持ちもある。
それをみんなで語り合い、共有する。
そのためのマタニティ・クラス。

仲間と一緒に力を合わせて前進できてる感。

ぼんやりとではあるけれど、未来にたいしとして明るい希望を感じ始めてる。
ダージリンさんの言葉を思い出す。
「あの頃は大変だったねって、皆で笑いあえる日がいつかきっと必ず来る」
たいへんだけど、みんなと一緒でなら頑張れる。
子育てもきっと大変だけど、それだって、力を合わせてやればいい。こうやって、共に学びながら。悩みを打ち明けあいながら。

みほ(そうあるためにこそ、会長は、みんなの輪をつくろうとしてるんですね)

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杏「──よーし、そいじゃっ、今日の授業は赤ちゃんのおち○ち○のとり扱い方についてだぁー!」

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自分と会長の出会い方はあまり良いものではなかったけれど、それでも今はとても会長を尊敬してる。

授業が終わって、皆が戦車道倉庫を出て行こうとする中で、

みほ「わたし、『この人が私の赤ちゃんのパパだったらいいなぁ』って、そう思う人が何人かいて……会長も、その一人です」

って伝えると、会長が、珍しくマジメに照れた。

杏「おおー、西住ちゃんに愛の告白をされちゃった……うぁー、まいるなぁ……」

みほ、ルミさんの口にした「愛」という言葉の意味が、少しだけ理解できたような気がした。

みほ(私は同性愛者じゃないけれど、こういう『愛』なら大歓迎です)


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杏「もー不意打ちはずるいよ。西住ちゃん」

みほ「楽しい授業をありがとうございますって、そう伝えたくて」

杏「ん……西住ちゃんがそういう風にいってくれると……ホント……どうしていいのか、わからなくなっちゃうよ」

みほ「? どうしてです?」

杏「まぁ、あんまりいい出会い方じゃなかったからね。西住ちゃんとは、さ」

みほ「え……」

杏「今更どの口が言うんだって話だけどねー、あはは」

みほ「……。」

744: KASA 2017/02/17(金) 18:35:35.27 ID:YsD6VBpPO
杏「それにね」

杏「私が戦車道に引き込まなければ、皆が妊娠はしなかったんだろうなーって、そんなふうにも、私は思ってる」

杏「いつだったか、冷泉ちゃんに言われた言葉は、こたえたよ。こたえたし……それってやっぱり、事実なんだ」

杏「だから、こうやって私が頑張るのは、当たり前のことなのさっ」

杏「ありがとうだなんて……そんな言葉、私には受け取る資格ないんだよねぇ」

みほ「……。」

みほ(……エリカさんからみた私も、こんな風なのかな)

みほ(去年の黒森峰での事を忘れられない私)

みほ(今年の大洗での事を忘れられない会長)

みほ(同じなのかなぁ)

みほ(……)

みほ(大胆不敵で威風堂々……みんな、会長の事をそんな風に思ってる。)

みほ(だけど、本当は会長だって私達とおんなじ、普通の高校生なんだって──)

みほ(そう気づいたのは、いつのころ?)

みほ(だけど、それに気づいたからこそ、私は会長を本当に尊敬してるんです)

みほ「……。」

みほ「あの、会長」

杏「なぁに?」

みほ「今日の放課後、生徒会室へいってもいいですか?」

杏「ん? どして?」

みほ「会長の子宮を、マッサージさせてください」

杏「……ほぇ!?」

みほ「とっても気持ちいいんですよ、人にお腹をくるくる~ってしてもらうと」

杏「え、ええー……し、子宮を? マッサージ? えー……」

杏「あ、あーっと、ちょっと今日の放課後は、忙しいかなぁー、あははー……」

みほ「じゃあ今晩でいいです」

杏「へっ」

みほ「夜、会長のお家にいっていいですか?」

杏「……に、西住ちゃん、……からかってる?」

みほ「……。」

みほ「……ごめんなさい、ちょっとだけ」

杏「も、もー! 勘弁してよ西住ちゃーん! あ~びっくりしたなぁもぉ!」

みほ「でも、感謝してるのはホントです、ありがとうございます」

杏「わうー、かったわかった、素直に感謝を受け取るよ、はぁ~……ほいじゃっ、またからかわれないうちに、さっさと退散するよ~」

みほ「はい」

杏「ばいば~い」

みほ「……。」

みほ(もしも本当に会長が私の赤ちゃんのパパだったなら)

みほ(きっと私、すっごく嬉しかっただろうなぁ)

みほ(ローズヒップさんの気持ち、今ごろだけど、少しだけ理解できるようになりました)

みほ(『この人みたいに、私の赤ちゃんもなってほしい』って、そう願う気持ちが、これなんですね……)

みほ「会長……」


745: KASA 2017/02/17(金) 18:37:49.92 ID:YsD6VBpPO






みほ「……。」

みほ(……あれ??)

みほ(なんだろう、会長の足に──)

みほ(糸?)

みほ(赤い糸が、垂れてる)




みほ「──?」



みほ(真っ赤な──毛糸のパンツを履いてる?)

みほ(その糸がほどけて)

みほ(それが垂れ落ちて?)

みほ(静電気で太ももにくっついて──)

みほ(なんだかまるで血が流れてるみたいに……)

みほ(……。)

みほ(……違う……)

みほ(糸じゃない)

みほ(……。)

みほ(……。)

みほ(……。)

みほ「血?」




みほ「か──」

みほ「会長!!!」

杏「? どしたのさ、大きな声だして」

みほ「会長、足……」

杏「? 足?」

みほ「……。」



 ──あ

 ──今、むこうで、河嶋先輩と小山先輩が、私の声に気付いてこちらを振り向いた──変なの、どうして私は、冷静にそんな事を気が付いてるんだろう──こんな時に──


杏「え」

杏「何これ」


 ──会長が、指先で太ももをさわった、赤い糸が……こすれて途切れた……指先が赤く……──


 ──あ、河嶋先輩と小山先輩がこっちへ向かって歩きはじめた。距離、5メートル、かな──

 ──あぁ、そんなこと、どうだって──


杏「……」

杏「だめ……」

746: KASA 2017/02/17(金) 18:38:45.13 ID:YsD6VBpPO
 ──どうしよう、私、体が、動かない──


小山「会長? どうかしましたか?」

河嶋「西住?」

みほ「……」


 ちがう、河嶋先輩──私じゃなくて──


みほ「会長が」

河嶋「ん?」

河嶋「会長? どうかしまし──」

河嶋「……え」


 ──二人の視線が、会長の太ももに──


 会長も、まだ固まって──


小山「……!?」


 あ。

 小山先輩の

 表情が歪んで、

 小山先輩が

 口に手を当てて、悲鳴を──



小山「か……!」

小山「かいち──」


杏「──小山っ」


小山「っ!?」

河嶋「!?」

みほ(!?)


杏「叫ぶな」

杏「叫んじゃ、だめだ」


小山「え……」

杏「叫んだら、他の皆が気がついちゃう」

杏「だから、だめだ」

みほ(……!)

小山「で、でも」

小山「血が」

小山「会長、血が……」


杏「小山っ、いいからっ」

杏「大丈夫……私の気はしっかりしてる」

杏「だから、よく聞いて」」

747: KASA 2017/02/17(金) 18:39:20.80 ID:YsD6VBpPO
杏「大丈夫……私の気はしっかりしてる」

杏「だから、よく聞いて」

杏「深呼吸をして、それから河嶋と二人で──」

杏「救急車」

杏「救急車を呼んで。病院に直接電話だ。特事例A,サイレンはならさずに!」

小山「……は、はい……」

杏「二人で一緒に行くな。……一人にはなるな! 一緒にいろ!」

小山「っ……はいっ」

杏「よし、わかったら……行けっ! 河嶋も!」

小山「桃ちゃん行くよ!」

河嶋「え……」

小山「桃ちゃん!!」

河嶋「でも……だけど会長が、血が──」

小山「っ……しっかりして桃ちゃん! 会長を助けなきゃ!!」

みほ(か──)

みほ「河嶋先輩、早く!」

河嶋「……っ!!」

河嶋「っ、あぁ……ああああ!!」


 だだだだだだだ!!!!


杏「……。」

みほ「……。」


杏「……西住ちゃん」

みほ「……会長」

杏「……どうしよ」

みほ(……。)

みほ「……わかりま、せん」

杏「……はは、だよねー」

みほ「……ごめんなさい」

杏「ま、救急車は二人が呼んでくれるし、そうだね、正門へ移動しとこっか?」

みほ「は、い」

みほ(……。)

みほ(会長)

みほ(会長はどうして)

みほ(そんなに平気そうに──)


杏「あー、やれやれまいったなぁ──」


 ふらっ


杏「あぇ?」

748: KASA 2017/02/17(金) 18:40:12.09 ID:YsD6VBpPO
みほ「──危ない!」


 がしっ!


杏「っ……お、おー、危なかったぁ、西住ちゃんありがとう、抱きとめてくれて。ころんでお腹をうつところだった」

みほ「……。会長……」

杏「……あー」

杏「だめだ」

杏「歩けないや」

杏「足に力が……入らないや……」

杏「……うん」

杏「こりゃだめだ」

杏「あぁ情けない」

杏「はは、は」

みほ「会長……」

みほ(……会長の身体……震えてる……)

みほ(……っ)

みほ(落ち着け……落ち着け……!!!)

みほ「あの、ここで座って、待っちましょう、あんまり動かない方が」

杏「あぁ、そだね」

みほ「じゃあ、ゆっくり、腰をおとして……私にもたれかかってくれていいですから……」

杏「うぃ、あんがと……はー、あー、ふー」

みほ(……会長の呼吸、変だ……)

みほ(やっぱる、動転してるんだ)

杏「はー、ひー、あー……おぉー、やばい、身体が震えるわぁ……おー、ほほほ、なんか笑えてきたよ」

みほ「……っ」

 
 ぎゅうううう


杏「あー、ありがと」

杏「いやぁ、おちつくね、ハグは良いね」

杏「はー、あぁー、うぅー、はぁー、あはは……」

杏「うん、落ち着いた落ち着いた」

杏「ふぅー、ふぅー、あー、ふぅー」

杏「あー、まいったね、あー、ははは」

杏「あ、痛、痛つつ……はーっ、はーっ……おー、これは、痛てぇー、」

みほ(会長……っ)


 
梓「──わ、隊長? 何してるんですか?」

エルヴィン「おーい、なんかいま生徒会の二人が血相変えて出て行ったが……」


みほ(……!)


梓「え……会長!? どうしたんですか? ひんけつですか!?」

エルヴィン「おっとっと、いかんな、えっと、水を持ってきたほうがいいかな」


みほ「ま、待って二人とも──」

749: KASA 2017/02/17(金) 18:40:38.42 ID:YsD6VBpPO
桂利奈「なになに、どしたのー?」

エルヴィン「会長が気分悪いみたいだ」

そど子「え? なに?」

沙織「大丈夫? みぽりん」

典子「ありゃりゃ、立ちくらみかな?」 


 どやどやどや


みほ「あ、あの、皆さん待ってください」

みほ(だめ……! 今は静かにしてあげなきゃいけないのに)

みほ(会長)


杏「はーっ、はーっ、はーっ……」


みほ(……っ)

みほ(もうちゃんと周りを見れてない)

みほ(小山さんと、河嶋さんに指示を出すのが、精一杯だったんだ……!)


紗季「……。」

紗季「……!?」


あゆみ「? 紗希、どうしたの?」

紗季「血……」

優花里「ほぇ? ……!?」

優花里「会長、足に血が……!?」

つちや「え……ちょっと、これ……」

スズキ「おい、……まずくないか!?」


みほ(だめ、だめ、このままじゃ、皆が!)


そど子「救急車! 救急車を呼ばないと!」

左衛門座「あ、いや! それはもう生徒会の二人が!」

そど子「呼びにいったの!? 間違いない!?」

エルヴィン「え、えと、たぶん、そのはずだが──」

そど子「多分じゃだめよ!!」


みほ(──会長……!)



みほ「み──」

みほ「皆さん! 静かにしてください!」



『……!?』

750: KASA 2017/02/17(金) 18:41:19.34 ID:YsD6VBpPO
みほ(あ)

みほ(私、無意識に首元に手を当ててた。戦車の上じゃ、ないのに──)

みほ(まぁ、何だっていい。今は、会長を──)



みほ「──みなさん状況を説明します、落ち着いて聞いてください。会長が、お腹から出血をしてます。原因はわかりません。」

みほ「救急車は河嶋先輩と小山先輩が呼びにいってくれています」

みほ「今、私達が騒いでも何にも意味はありません。会長のために、静かにしてあげたほうがいいと思います。」

みほ「各チーム、伝わりましたか?」



典子「……う、うん……」

そど子「え、ええ……」

梓「皆、静かにしよう……」



みほ(……。)

みほ(倉庫が、怖いくらいに静かになった)



杏「はっ……はっ……はっ……はっ……」

みほ(会長の小刻みな呼吸の音だけが、小さく響いてる──)



あゆみ「……かいちょぉ……」

梓「あの、隊長、何か私達にできることは……」

みほ「……」

みほ(そんなの、私にもわからないよ……)

みほ(でも)

みほ(そんな風にいっても、皆を不安にさせるだけ)

みほ(……っ)

みほ「か、考えてあげてくださいっ」

梓「……え?」

みほ「落ち着いて、考えてあげてください。自分が今、会長に何をしてあげられるのか、って」

みほ「私はこうして、会長を抱いていますから」

そど子「……。」

そど子「……血。血を拭いてあげたほうがいいかしら……」

麻子「あ……そうか。そうだな」

そど子「ほ、保健室から、ガーゼを取ってくる!」

麻子「私も行く」


 たたたたた!


ナカジマ「なぁ、門の前で、救急車を待ってようか、早くここまで案内できるように」

ズズキ「そうだな、そうしよう……、みんな、私達は救急隊員をここまで誘導してくる」

梓「お願いします!」

エルヴィン「水……やはり水をもってこよう」

あけび「あ、ポカリのほうがいいかも……私、鞄にはいってるからもってくる……!」

エルヴィン「すまん、たのんだ!」

751: KASA 2017/02/17(金) 18:43:13.60 ID:YsD6VBpPO
優花里「えと……きっと、担架で会長を運びますよね? だったら、倉庫正面の鉄扉を開けておいた方が」

沙織「そっか、そうだね!」

華「行きましょう!」


紗季「……。」

紗季「かいちょ……。」

みほ「紗希ちゃん、会長の手、握ってあげてくれる……?」


紗季「……。」コクン


ぎゅっ


杏「あ……?」

杏「……あぁ、紗希ちゃんかぁ……」

杏「……にひひ」

杏「……あんがとね」


紗季「……っ。」

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■36日目
角谷杏、学園艦内の病院で不全流産を確認。
手術を受け子宮内の残留胎児を取り出す。

みほ、生徒を代表して会長を見舞う。(小山と河嶋は、すで昨日から会長に付いている)
病院のベッドに横たわる杏の姿にショックを受ける。
杏、気丈にふるまう。
河嶋、今だ目がはれている。
小山、表情は沈んでいる
杏の笑顔だけが、異質。

「まー、こればっかりはしかたがないよ、起こり得ることなんだ」

「で、さ。西住ちゃんにお願いしたいんだけどさぁ、マタニティ・クラスの講師役、引き継いでくれないかなぁ」

みほ「私なんかに会長の代わりは務まらない」と固辞する。
けれど、これは西住ちゃんにしか託せない、西住ちゃんは隊長なんだから、と押し切られる。

「ごめんね、結局いつも、わたしは西住ちゃんに頼ってばかりだ」

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病室:ベッドの上で体をおこしている杏。右側にみほ、左側に小山と河嶋


杏「西住ちゃんにもらってほしいものがあるんだ」

杏「出産や子育て関係の本、いっぱい買ったんだよ。西住ちゃんにあげるから、授業に役立ててほしい」

杏「それと、私が書いたノート。こいつで3冊めだ。いつも鞄にいれて持ち歩いてんたんだけど……」

杏「これも含めて、全部受け取ってくれないかな。 私が持っていても、もうしかたがないし……」

杏「しばらくは、妊娠の予定もないしね、あはは」

みほ「……。」


:杏、窓の方に顔を向ける。みほの座る角度からは杏の顔が見えなくなる。窓の外は、気持ちの良い晴れ空。


杏「……見せてあげたかったな……」

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752: KASA 2017/02/17(金) 18:43:49.79 ID:YsD6VBpPO
■37日目
 戦車道倉庫にて、皆に杏の流産を報告。
 命に別状はないけれど、会長はしばらく入院をする。
 生徒会業務は小山が行い、河嶋は会長の元にいる。
 戦車倉庫の空気が重い。

 みほ、自分がマタニティ・クラスの講師を引き継ぐと伝える。
 明日からはまた授業をやる。
 明るい反応は帰ってこない。
 みんな、俯いている。

 会長の代わりに、自分がみんなを繋がなければいけない。
 それは分かっている。わかっているけれど、虚しい。
 どうしても気持ちが落ち込む。
 会長はいったい何のために、妊娠から今日まで、頑張ってきたんだろう?




753: KASA 2017/02/17(金) 18:44:40.96 ID:YsD6VBpPO



■38日目
 マンションに大量の本が届く。段ボール1箱分。小山先輩からだった。
 全部、出産や育児に関する本。それに、杏の書いた大学ノートも3冊。
 会長が譲りたいと言っていた本たちだ。

 ノートはびっしりまとめで埋ってる。
 ものすごい勉強量だ。

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みほ「この、一番新しいノートの一ページ目……日付は、1週間くらい前かな」



『どうだ! 
   母はお前のためにこんなにも一生懸命に勉強をしたのだぞ!? 感謝しろ! 
      ところで、このノートの最後のページは、お前のためにとってある!
         いいか、感謝の気持ちを良く考えて丁寧に書き込み、それから私に提出をすること!
             いつかお前に娘だか息子だがができたら、その時は一緒にこれを見せてやろうじゃないか!
                    母より 』



みほ「……。」

みほ(会長は、誰よりも未来のことを考えてた)

みほ(漠然とした未来じゃなくて、いつか必ずおとずれる本当の明日を)

みほ(……すごすぎます……)

みほ(やっぱり、私なんかにはとても……)



 ぺら、ぺら、ぺら、ぺら……



みほ(ノートは途中で終わってる。最後のメモは……3日前の日付)

みほ「……あ」



 『  続きは頼んだぞ! 西住ちゃん!  』



みほ「ふふ、会長……」

みほ「……。」

みほ(……頑張らなきゃ)

みほ(……頑張らなきゃ)

みほ(そう、思っているはずなんです……)

みほ(だけど、どうしても、力が湧いてこないんです……会長……)


 ぱらぱらぱらぱら……

754: KASA 2017/02/17(金) 18:45:10.83 ID:YsD6VBpPO

 ぱらぱらぱらぱら……


みほ「……?」

みほ「ノートの最後のページだけ、すごくたわんでる……?」

みほ(このページは、赤ちゃんにとっておいてあげるはずのページ……)

みほ(……ん、一番下に何か書いてあ──)





 『 
       ごめんね 
                 』





みほ(……私宛、じゃないよね)

みほ(……)

みほ(河嶋先輩へ、かな)

みほ(……。)

みほ(……。)

みほ(……。)

みほ(違う)

みほ(違う……!)

みほ(違う違う違う違う……!!!!!)


みほ「……っ」

みほ「……あぁ、ああ……ああああぁっ……」

みほ「かい、ちょお……」

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会長が、赤子を抱いて笑っている。どこかの野原の、ありもしない花畑の中で。

目覚めた後、さめざめと泣いた。

ずっと、夢を見ていられたらいいのに。

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755: KASA 2017/02/17(金) 18:45:39.80 ID:YsD6VBpPO



■39日目

朝、地震と地響きで目が覚めた。それに家も傾いているような。
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みほ「地震って……ううん、そんなわけない。ここ、船の上なのに……!?」

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ベランダにでてみるけれど、何が起こっているのかはまだ良くわからない。

学校へ行く。
みんなも地震には気が付いているけれど、何が起こっているのかは分かっていない。

さておき、放課後、気分転換に街へ行こうと沙織や華に誘われる。
気のりしないけれど、二人の気遣いは無下にできない。

あんこうチームで街を巡った後、話の流れで艦橋の展望台へ。
その展望台から町を眺めて、5人は初めて今朝の地震の原因を理解した。

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沙織「が、が、学園艦がもう一隻、隣にくっついてる!?」

華「今朝の揺れと音は、その音だったのですか……?」

麻子「ででででかい船だな」(←高いとこ怖い)

優花里「あれって……プラウダ高校の学園艦ですよ!」

みほ「……カチューシャさん……!?」

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直後、艦外放送が鳴り響く。

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ぴんぽんぱんぽ~ん↑


『こら~!!ミホーシャ一体どこにいるのよ!!!』


みほ「!?」


『カチューシャの命令よ! いますぐ学校にもどってきなさーい!』


麻子「相変わらず元気なお子様だな」

優花里「なんという近所迷惑……」

みほ(だけど、カチューシャさんはいま大変なんだって、以前ダージリンさんが言ってたはず……)



『カチューシャ様そったら大声で叫んだらここさ艦のかたがたに迷惑だべ』

『そもそもカチューシャ、みほさんの携帯に連絡をとればよいのでは?』

『っぐ……ミホーシャの番号知らないのよっ……』

『連盟に事情を離してみほさんのお母様と連絡をとり──』

『あーもー! うるっさいわねチマチマしたのは私の性にあわないのよっ!!』

『そったらこといっても学園艦で体当たりするのはさーすがにやりすぎだじゃー……』

『体当たりじゃないわよ! せ・つ・げ・ん!!』


ぴんぽんぱんぽ~ん↓


沙織「……えっと、とりあえず、学校に行く……?」

みほ「う、うん……」

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756: KASA 2017/02/17(金) 18:46:19.33 ID:YsD6VBpPO
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学校にいくとカチューシャ達4人が大洗の面々と一緒にみほ達を待ってた。
→カチューシャ、ノンナ、アリーナ、ニーナ


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みほ「か、カチューシャさんどうして……(ここにいるんですかandそんなに元気なんですか)」

カチューシャ「……杏の見舞いにきてやったのよ」

みほ「……!」
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カチューシャさん、元気ないんじゃなかったんですか?
→たしかにその通り。当たり前に子供を産むのは難しいといわれて、女性を否定された気分にもなった。自分の子供さえちゃんと産んであげられないなんて、私っていったい何なんだろう。何様なんだろう。
→一時期はだいぶん落ち込んで、ノンナもすごく気を病んでた。
→それを救ってくれたのは、ほかならぬニーナ。落ち込むカチューシャを何とか元気づけてあげようと、八甲田に住む祖母の元へとカチューシャを連れて行った。
でもどうして祖母のところへ?
→ニーナの祖母の身長はカチューシャよりも更に小さい。だけどそんな祖母は8人の子供の母親! 『うっとこのおばーしゃんならカチューシャ様をうまくはげましてくれるはずだべー!!』→その目論見大成功!!!
なんやかんやでカチューシャ元気を取り戻す→ノンナはニーナに大感謝→プラウダ高校におけるニーナの発言力、地位がともにぐっと高まった。ちなみにニーナも妊娠中、パパはアリーナ。

杏も病院から外出をしてきていた。



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杏「西住ちゃん、授業……あんまり上手くいってないんだってね」

みほ「……。」

みほ「……はい……すみません……」

杏「……」

杏「……ありがとうっ」

みほ「え?」

杏「私や、あの子のために、そうやって落ち込んでくれてさ……すごく嬉しい。ごめんね、私、とてもひどい事をいってるよね……だけど本当に、ありがとう……」

みほ「……っ、かいちょお……!」
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夜、カチューシャの提案で水子供養を執り行う。

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カチューシャ「お葬式っていうのはね、生きてる人達のためでも、あるんだから」

カチューシャ「昔の人達は、今よりももっと流産や死産なんて当たり前……その辛さから立ち直る手めに、こうやってみんなで手を合わせるのよ」

ノンナ「カチューシャ……立派になりましたね……」

カチューシャ「へへん! ……ま、ニーナのおばあ様の受け売りだけどね。さ、ちゃんと分かれを言いなさい。……誰にも邪魔はさせないから」

杏「ありがとね、カチューシャ」

杏「……。」

会長は、それから一言も口を開かず、目をつむって、ずっとずっと、海のかなたにむかっててを合わせていました。
その隣で、私も一緒に。そのまた隣では、他に皆さんも、一緒に……。

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757: KASA 2017/02/17(金) 18:46:55.03 ID:YsD6VBpPO


■25日~28日
 ・麻子さんとそど子さんのケンカ
 ・継続高校の皆さん

■29日~31日
 ・第三回検査入院
 ・うーぱーるーぱ

■32日~35日
 ・角谷杏のマタニティ・クラス
 ・杏の出血

■36日
 ・杏の流産

■37日
 ・無気力みほ

■38日
 ・会長のノート

■39日
 ・カチューシャとお葬式

759: KASA 2017/02/17(金) 18:53:07.09 ID:YsD6VBpPO
杏「河嶋ごめん……赤ちゃん、いなくなっちゃった……」

っていうセリフを杏に言わせたかったけど結局上手く組み立てる時間がありませんでした、ちきしょうめ。

760: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/17(金) 19:38:26.50 ID:H9XEmcOmo
やるせない…

762: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/17(金) 21:28:48.56 ID:/b0trNclo
やばいうるっとした


関連SS:【その1】 【その2】 【最終章】